霧の森へ
陽光を浴びながらハルたちの乗った翼竜は空を飛ぶ。彼らの下には黄金に輝く雲がところどころに浮かんでおり、朝に吹く風で流れていた。
「気持ちいい!!!」
両腕を広げて身体いっぱいに風を浴びるビナが言った。
「ビナ姉さまつかまってないと危ないですよ!」
ベルドナが心配して言うと前から大きな声が飛んできた。
「おおう、嬢ちゃんたちもみんなも、もう手を離して大丈夫だ!立って歩き回ってもいい、風がきもちいぞ!」
ヨルムが両手を腰に当てて、立って風を浴びていた。
「立派な竜ですね、アスラにも翼竜はいますがここまで大きい種類はいませんよ」
ルルクが赤い翼竜を見渡しながら言った。
「だろう、こいつはシフィアムにしかいない竜だからな!」
ヨルムは嬉しそうに言って続けた。
「それにな、こいつがいるだけで空の飛行が有意義で安全なものになるんだ。野生の竜なんかこいつがいるだけで視界にすら入ってこないからな!ガハハハハハ!」
ヨルムが自慢げに笑いながら言った。
「それが本当なら空の番人としてアスラにも一匹欲しいですね…」
「そうだな、こいつはいい竜だ」
フォルテとルルク意見が珍しく一致していた。
そんな彼らの後ろでは、ライキルが翼竜の背中のふちから顔を出して下を覗いていた。
「ハル、すごいですよ、雲の上です。いつも見上げてる雲が私たちの下にありますよ!」
「どれどれ」
そう言うと座っていたハルも立ち上がりライキルの隣に行って一緒に下を覗いてみた。
そこには早朝の日の光で黄金に染まる雲が流れており、ハルもその景色を見て綺麗だと思った。そしてハルが空を見上げると、そこにはまだ少しだけ星の輝きが残っており、彼の青い瞳に星の光が映っていた。
「…………」
「空も綺麗です、まだ、星が見えますね」
「うん…」
ライキルの隣でハルが空を見上げたまま、心がどこかにいってしまったみたいに、呆けてしまっていた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ちょっと見とれてた」
「ハル、星を見るの好きですもんね!」
「うん…」
ハルが頷いた。
「おい、二人ともそんな端にいたら落っこちるぞ」
エウスが二人にそう声をかけると、それを聞いていたヨルムが三人の元に走って来た。
「その言葉待っていたぞ!」
「!?」
ハル、ライキル、エウスは駆け寄ってきたヨルムにビックリした。
「え?どうしたんですか急に?」
エウスが困惑した様子で言った。
「我がバハム竜騎士団の竜は軍馬同様、よく訓練されているんだ!」
「おい、おっさん、無駄なことして竜たちを疲れさせるなよ」
この赤い翼竜の手綱を握っていた竜人の女性が後ろを振り向いてヨルムに声をかけた。
「そう言うな、ナターシャ、我々シフィアムの竜のすごさを見せるチャンスなんだぞ!」
「…まったく」
ナターシャと呼ばれた女性は呆れた様子で前に向き直り竜の手綱を握り直した。
「諸君、見ていてくれ我が優秀な竜たちを!!」
赤い翼竜にいたみんながそのヨルムの声で彼に注目した。
そしてヨルムは背中から倒れるように赤い翼竜の外に飛び降りた。
赤い翼竜から離れた場所ではクロルの乗る翼竜が飛んでいた。
「…うああ!竜から人が落ちましたよ!」
茶色い竜に乗っていたクロルが自分たちの乗る翼竜の操縦車の竜騎士に慌てて言った。
「ああ、あれはうちの団長ですね」
翼竜を操縦していた竜騎士も目視で確認した。
「助けなくていいんですか!?ここにはもうマナがありませんし飛行魔法も使えませんよ!」
「そのことでしたら心配ございません、見ててください」
竜騎士は慌てる様子もなく冷静にその光景を見ていた。
すると竜の群れの外側にいた誰も乗っていない竜の数匹が落ちているヨルムの元に素早く飛んでいき、彼を優しく背中でキャッチしていた。
「すごい…」
クロルが翼竜たちの行動に素直に驚く。
「ああやって外で飛んでいる護衛の竜が落ちた人を保護してくれるんです。だから安心してください」
「よく訓練されていますね」
「シフィアムは竜の国ですからね」
竜騎士は誇りをもっていった。
「どうだすごいだろ!うちの竜たちは!」
ヨルムが腕を組みながら茶色い翼竜の背中に立って、再びみんなの前に現れた。
「ここにいるみんなが空中に放りだされても全く心配ないぞ、ガハハハハハ!」
「なんかすごい豪快な人だな…」
エウスが苦笑いしながら呟いた。
ヨルムはずっと楽しそうに笑っていた。
それから日が昇ってきてライキルとルルクはバックから朝食を取り出すとみんなでそれを食べ始めた。
朝食はパンと干し肉の簡単なものだったが空の上で食べるパンと干し肉はいつもよりもおいしく感じ、みんなで分け合って食べた。
それからヨルムとルルク、フォルテの三人が竜についてなどで談笑していたリ、ビナとガルナとベルドナの三人がナターシャと呼ばれる竜人の女性と楽しげに話していたリ、翼竜の背中ではそんな自由な時間が長らく続いた。
「なんかこれから危険な場所に行くとは思えないな」
エウスが隣にいたハルとライキルに語りかけるように言った。
「そうだね、でも変に緊張するよりはずっといいよ」
ハルも少しだけ笑って言った。
「まあ、そうだけどさ、ハルはどうなんだ?」
「何が?」
「調子とかそういうの大丈夫なのか?」
「問題ないよ絶好調だね」
「そうか…」
エウスから見てもハルはいつもと変わらない様子だった。
「…………」
「どうした?エウス、深刻そうな顔して、腹でも空いたのか?」
ハルが冗談めいて言った。
「ああ、いや…ってさっき食ったばっかりだわ!」
「エウス、もうお腹空いたんですか?食いしん坊ですね…」
ライキルがハルの冗談に乗っかってきた。
「おい、ライキル、分かって言ってるだろ」
「フフ、え?なにがです?」
「ちょっと笑ってんじゃん!」
「アハハハハハ!」
エウスがライキルに指摘するとハルが楽しそうに笑っていた。
そんな彼を見てエウスの心配は少し和らいだ。昨日の会議中の怖い顔のことがちょっと気になっていたからだった。
「………」
そしてエウスはキャミルからもらった手紙のことを少し思い出していた。
「…………」
エウスは頭の中でいろいろ考えながら、ハルのことを見る。彼はライキルと楽しそうに笑い合っていた。
『本当のハルか…』
エウスが考えこんでいると前から声がした。
「見えてきたぞ」
ナターシャがそう言うとみんなが翼竜の前の方に集まってきた。
雲で見えずらかったが遠くには広大に広がる森が見えて、一瞬、オウド砦と思われる、砦のようなものも確認できた。
翼竜たちは霧の森に近づくたびにどんどんその高度をゆっくり落としていった。
そして、砦の前に到着すると茶色い翼竜たちはその上空で旋回しはじめ、赤い翼竜が着地するのを待った。
ハルたちの乗った赤い翼竜がゆっくり羽ばたきながら砦の前に降り立つと、周囲の茶色い翼竜たちも順番に降りてきた。
「よし、到着だ、みんな気を付けて降りてくれ!」
ヨルムが叫ぶと、みんなが翼竜の鎧の脇についている足場から順番に降りて行った。
翼竜から降りるとそこには巨大な要塞がそびえ立っていた。
「いよいよだな…」
エウスが言った。
「ああ…」
エウスの隣でハルが呟いた。