最終確認 作戦内容
デイラスが地図の上に三つの小さな城を模して造られた金属の置物を置きながら説明を始めた。
「霧の森には大きな砦が三つある。一つはレイド王国の王都から近い東の砦『イース』二つ目はこのパースの街の南にある中央砦『オウド』三つ目がアスラ帝国が管理する西の砦『ヒル』の三つがあります。どの砦も霧の森に入る直前にあります。要するに注意区域の手前にあるわけです。そして我々のハル元剣聖率いる実行部隊がまず向かうのがその中の一つの砦『オウド』になります」
そこでデイラスがコップの水を飲んで喉を潤して説明を続けた。
「そして霧の森にはもう一つ監視塔という施設があります。これが霧の森の中の注意区域と危険区域の境界線と言っていいでしょう。監視塔から先の森が危険区域ということになります」
デイラスが指でそのエリアをなぞりながら説明する。
「監視塔もそれぞれの砦に対応した形で三つあります。当日、実行部隊はオウド砦の先にある監視塔に移動してもらいます。そこからハル元剣聖には霧の森の中央の濃霧がある白虎の巣、つまり特別危険区域に移動してもらいます」
デイラスがハルを見ると少し怖い顔をしていたが真剣そのものだと彼は思った。
「そして、ここからが重要なことなのですが、皆さんが当日に行ってもらうことです。具体的なことはその場の判断など、指示は状況によって変わってしまうと思いますが、皆さん全員に当てはまることは、霧の森から逃げようとする魔獣の討伐です」
みんながデイラスのその言葉にうなずく。
「当日ハル元剣聖が特別危険区域に突入後、各部隊はそれぞれの監視塔で陣を敷き防衛と討伐に当たってもらいます。イースの監視塔には我がレイド王国剣聖カイ・オルフェリア・レイ現剣聖が防衛に当たってくれます。オウドの監視塔にはここにいらっしゃる帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキア剣聖が防衛に当たってくれます。そして、ヒルの監視塔では帝国の第一剣聖シエル・ザムルハザード・ナキア剣聖が防衛に当たっていただきます」
周りは少しざわつき始めた。
「シエル剣聖も参加するんですね」
ベルドナが意外そうに言った。
「そうだろうな、国総出の一大決戦なんだ。彼女も外に出てくるだろ」
フォルテが言った。
周りのざわめきが静かになるとデイラスは続けて話しを続けた。
「ええ、そして、もし、監視塔が魔獣や神獣に陥落させられそうになったら各砦まで速やかに撤退することになっています。そしてこの可能性が非常に高いです。みなさんも知っていらっしゃると思いますが、霧の森で魔法が使える場所は特別危険区域だけです。他の場所では一切魔法が使えないと思ってください」
そのことには誰もが頭を悩ませた。魔獣は魔法なしでも討伐できる個体がほとんどだが、神獣となると魔法なしで戦えるものはごく一部の精鋭騎士と剣聖のみだった。
それも個体によっては小型の神獣でも驚異的な魔法を所持していたリと、魔法が使えないだけでほとんどの人間は神獣に対しては無力そのものだった。
「そのため、監視塔の兵器や剣聖でも対処できない神獣が出た際は砦まで下がってきてもらい、そこで迎え撃ってもらいます。それでも迎撃できない神獣が出た場合は作戦を中止して、それぞれの国や街にまで戻って魔法で迎撃してもらいます。緊急時の動きは以上です。」
そこでデイラスはまた水を飲んだ。
「連絡手段は伝令騎士と伝鳥と翼竜を使います。作戦期間はその都度更新されます。もしかしたら長期的な戦闘になるかもしれません」
そこまで言うとデイラスはみんなを見渡した。
「皆さんこの作戦は正直何が起こってもおかしくありません、だから緊急の際は冷静に連絡を忘れないようにお願いします。大まかな作戦内容は以上です。何か作戦内容で質問は?」
一人の冒険者が手を挙げた。
「どうぞ」
「すみません無礼を承知でお尋ねします。ハル元剣聖は濃霧の中で戦う手段があるのでしょうか?」
ハルがみんなの注目を浴びた。
「あります」
その質問にハルは短く答えた。
そんな短い答えを補う様にデイラスは口を開いた。
「一つだけ皆様に言わせてもらいます。みなさんもご存じかと思いますが、ハル元剣聖は六大国すべての国からその実力を認められておられます。以後そのような質問は控えていただくと助かります」
みんなにデイラスが言った。
エウスがハルを横目で盗み見るように見ると彼は真剣な面持ちで地図を凝視していた。きっとハルは何か考えていたんだとエウスも思った。
「はい、そして、パースの街では私デイラス・オリアが指揮を執らせてもらいます。霧の森の砦オウドではアスラ帝国のエルガー騎士団副団長ルルク・アクシムさんが指揮を執ります。そしてパースの街では冒険者の皆さんも当日防衛に当たってくれます」
多くの有名冒険者の中に、パースの街の冒険者ギルドの支部長であるディアゴル・オリバーも来ていた。
「そして、こちらに当日前線でけがをした人の手当てを行ってくれる白魔導士の皆さんもいらっしゃっています。ええ、皆さんに話があるんでしたね?」
デイラスが後ろにいた白い服を着た女性たちの一人に声をかけた。
「はい、よろしいですか?」
「どうぞこちらへ」
デイラスとその白魔導士の女性が場所を変わった。
「ええと…」
そこにいた女性はハルたちが医務室であった白魔導士の女性だった。
夜空のような黒い髪に星のような青い瞳、首からは黄金の獅子のペンダントを下げており、相変わらず宝石でできた獅子の目の部分が赤く光っていた。
「私は白魔導協会のクロル・シャルマンと申します。今回は私が白魔導士の代表を務めさせていただくことになりました」
「あ…」
ハルが彼女の名前を聞くと彼の口から小さく言葉が漏れた。
『彼女がヒルデさんの言っていた白魔導士のクロルさんだったのか…』
「皆さんに私たち白魔導士から言いたいことがあります。それは霧の森では白魔法も使えないということです。そのことを頭の中に入れておいて欲しいんです…」
会議室にいる全員が静かにクロルの言葉に耳を傾けていた。
「ですが、私たち白魔導士はエーテルがなくなってから白魔法に頼らないケガの治療の研究も進めてきました。だからある程度のケガの治療には対応できますので、ケガをしたら真っ先に白魔導士の元に来てください。私からは以上です」
そう言うとクロルは自分の席に戻って行った。
その後デイラスが前に出てきて、再びみんなの質問に答えるなどをして、時間が過ぎていき、無事に最後の会議が終わった。