再会
真っ白な人がいた。その姿は何色にも染まっていない純粋な白だけで構成されたおよそ人間とは思えない美しい人ならざる者がいた。見ればその時点で現実を疑ってしまうような姿はまさに、神そのものだった。
白き者は、一瞬でこの世の理である昼夜を逆転させた。それはただの事実として、レゾフロン大陸は、再び隕石の光以外の原因によって、昼間となった。
しかし、全ては止まった時間の間に起きていることであり、人々がその現象を目撃することはなかった。
白き者は、二つの刀をその場に置いて、王都シーウェーブの上空へと浮遊すると、辺りを見渡した。
そこには相変わらず、空が隕石によって埋め尽くされている絶望的な光景が広がっていた。
白き者が手のひらを握ると、そこには眩い白い光が輝き、その手をそっと手前に突き出して離すと、その小さな光が空に向かって上っていった。
やがてその光が空で弾けると、一瞬の閃光と共に空を真っ白にした。
空にあった隕石はすべて、跡形もなく消え去っていた。
その後、さらに加速した隕石やそれを越えた光の線が降って来ることもなかった。
白き者はいとも簡単に世界を救った。
そして、白き者がその場で目を閉じ、再び目を開けると、そこは世界亀がいた海のど真ん中に立っていた。
そこで白き者は、海の底に落ちていく、ひとりのエルフを見た。白き者は彼に手を翳した。するとみるみるうちに、ひとりのエルフが白き者の手の前まで海の底から上がって来ると、白き者は彼をそのまま自分の傍に浮かせたまま、一緒に引き連れて、世界亀の元へと歩き出していた。
白き者が世界亀甲羅に触れる。
その時、ちょうど、止まっていた世界の時間が正常に動き始め、静止した世界は、元の時間を刻み、昼だった空は夜に戻っていた。
白き者は、そこで世界亀に手を翳すと、そのまま、世界亀のことを海底からゆっくりと引きずりあげ始めていた。
慌てた様子の世界亀が、あたりに巨大な水球を形成し、そこから放たれた水の一線で、白き者を攻撃し始めたが、その水が白き者に到達することは決してなかった。
白き者の周辺では常に時空がねじ曲がっており、白き者に近づいた水の線はその時空の歪みに消えさっていた。
どんどんと浮き上がる世界亀は最後まで必死に抵抗したが、その超巨大な図体が完全に海面から上がる。
それはまさに島そのものだった。だが、確かに、世界亀はこの世に存在していた。
だが、持ち上げられたことなど無い世界亀は、自身がどのような状態になっているのかなど、分かるはずもなく、じたばたと暴れていた。一切抵抗できなくなった世界亀は、辺りに様々な海を利用した水魔法を展開しようとしていたが、それらもすべて手遅れだった。そもそも、白き者の前ではこの世の現象のすべてが意味をなさなかった。ただ、唯一意味があるものが、白き者にもあるとすれば、それは…。
白き者が、持ち上げた世界亀の前で、手刀をつくりそれを軽く振るった。
その瞬間、海と天が割れた。
そして、当然、その真ん中にいた世界亀の身体も真っ二つに裂かれていた。
固い甲羅なども一切関係なく、世界亀は白き者によって両断されていた。
世界最古の神獣の最後はあっけないものだった。この世界を滅ぼしていたかもしれない亀は、白き者によってあっけなく狩られた。
白き者にとって、それはとてもぞうさもないことで、そこに持ち合わせる感情なども一切なかった。
やがてその真っ二つになった世界亀の肉体が、海に落ち高い波しぶきを上げると、白き者は、海面に浮かんだ世界亀の死体に、レキを寝かせた。
そして、両断された世界亀の死体を当ても無く歩いていた。
世界亀の死肉の上を歩くこと数十分。
世界亀の死肉の中に倒れている少女の姿があった。
辺りにはなにやら魔法陣のようなものが刻まれており、彼女はその中心にいた。
白い髪に小麦色の肌の少女は何も来ていなかったので、白き者がそっと彼女の身体を光で包むと、白い衣に身を包んであげていた。
白き者は、その召喚体である少女のことを抱きかかえ、彼女が目を覚ますまで、ただ、ジッと待った。
やがて夜が明け始めると、少女が目を開けた。
ピンク色の瞳が、白き者を見つめていた。
「はあ、本当に長かった…この時をどれほど待ったことか………」
その白髪褐色の少女が、白き者の腕から離れた。
するとなぜか白き者は、その場に崩れ落ちるように膝をついて、そして、その瞳からは大量の涙を溢れさせていた。
「それは私を見て泣いてるってことでいいのかな?」
「…………」
ハルは何も答えずただ、美しい涙を流して彼女のことを見つめていた。
「そうだとしたら、あなたはやっぱり、何も変わってないんだよ。その姿になったとしてもね…」
その少女が、膝をついていたハルの頬にそっと触れた。
「悪いけど、あなたのこと信じるからね…」
白き者はただじっと彼女のことを見つめている。
「あなたがまだ、その私のことをさ…その、まあ、いいや………」
そこで、その少女はハルの唇にキスをした。
その時、少女も気が付けば泣いていた。
短いキスが終わると、彼女はその時が来るのを待った。
「戻って来て…」
やがて、白き者の身体の表面が崩れ始めた。ボロボロと白い外皮のようなものが剥がれては空に舞って消えていった。その中からは、少女がずっと逢いたかった人がそこにいた。
くすんだ青い髪に、青い瞳。どこにでもいそうな優しい青年がそこにはいた。
「ハル」
ハルの目には確かに、白い髪に褐色の肌でピンク色の瞳の愛らしい女性の姿があった。彼女は涙目になりながらも嬉しそうに笑っていた。
どうして今まで彼女のことが思い出せなかったのか?どうしてこれほどまで大切な人を忘れていたのか?そんな悔しさと、計り知れない後悔があったが、それよりも、その何倍も今こうして彼女と出会えてしまっていることが、嬉しくてたまらなかった。
「本当に、君なのか………」
「そうだぜ、本物だぜ?」
涙声交じりに彼女がそう言った。
ハルは知っていた彼女の名前を。
かつて何度も呼んだ彼女の名前を。
「アザリア!!!」
そう、ハルの目の前にいる少女はアザリアだった。彼女はどこからどう見てもハルがかつて愛したアザリアだった。
ハルは彼女の胸に飛び込んでおいおいと情けなく泣いていた。それはもう子供の様にハルは彼女の胸の中で泣いていた。そんなハルをアザリアはそっと抱きしめてあげていた。
「覚えてくれてたんだね、嬉しいよ」
「俺はだって、ずっと、君のこと忘れてたんだ…なんで、俺は……」
震える声でハルは彼女に後悔の念と共に訴える。
「それは、なんていうか、私のせいでもあるんだけど…それよりもさ…大事なことを言うの忘れてた…」
そこでアザリアがハルの泣き崩れる顔をそっと自分の方に持ち上げた。ハルとアザリアの顔が近づき向かい合う。
「ただいま」
アザリアが優しい笑顔でハルに言った。
「おかえり」
ハル、もそこでようやく泣き崩れながらも無理にでも笑顔を作って彼女に言った。
二人は海の上でしばらく、抱きしめあっていた。
「また会えて嬉しいよ、ハル」
本当にここにお互いが存在していることを確認するように、ずっと、ずっと時が経つのを忘れて、二人は抱きしめ合っていた。
潮騒。
地平線の向こうから太陽が昇り、世界に新たな光が降り注ぐ。
「アザリア」
「何?」
「話したいことがたくさんあるんだ」
「うん、私も聞きたいハルのこれまでのこと」
二人の頭上に広がる朝焼けの空には、どこまでも、深い、深い青空が広がりそれはさらにその奥に広がる宇宙へと繋がり、そこではまだ星が輝いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。【元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記】はこれにて終幕となります。長い間、読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。