神獣討伐 呼び声
一体どれほどの時間が経っただろうか?何度、過去に戻ってやり直しても、大陸が救われる未来が来ない。
ハルが時を止め、大陸中の隕石を止める。しかし、その後すぐに、その隕石群よりも速い隕石が降って来る。ハルはそれも時を止めて対処する。そうすると、それよりもさらに速く地上に到達する隕石が降って来る。やがてそれは隕石という姿かたちを取るのをやめ、ただ、星を破壊する光となって、地上に降り注いだ。ハルが時を巻き戻してでも守りたい世界はいつまで経ってもやってこなかった。
ハルが失敗しては過去に巻き戻るたびに、ハルの身体の【白化】の侵食はどんどん進んでいった。
『どうやったら、止まる?どうしたら、この世界を救える………』
ハルは一秒も進められない現実にいた。だからこそ誰かの力を借りることもできず、ただ、崩壊しては巻き戻すを繰り返すことしかできなかった。
ハルの時間だけがひたすらに進んでは巻き戻ってを繰り返していく。それでも、時間を蒔き戻してもハルの【白化】は時に関係なく進んでいった。
ただ、ハルは自分の身体が白くなっていくたびに、戻れる時間も時を止めておける時間も長く伸びていた。ハルが本当に自分が自分でなくなる感覚に恐れを抱いていた。
それでも、ハルは止められなかった。
この世界を救えるならと、ライキルたちのいる、この世界が続くなら、ハルはこのさきたとえ自分がいなかったとしても、それでいいと思えるほどには、この世界を人を愛していた。
『なあ、ハル。お前はいったい何のために産まれて来た?いったい何のためにここにいる?いったい何のために………なあ、お前は、本当にここにいて良かったのか?この世に存在していて良かったのか?本当は、お前がいない方が世界は、もっと平和で、混乱も争いも無かったんじゃないか…お前のせいで死んだ人たちが犠牲になることだってなかった……お前がいなければ幸せになれた奴の方が多かったんじゃないか……』
時間を巻き戻し戻った世界で、隕石を破壊し、それでも最後には失敗し続け、そして、また時間を巻き戻している間にも、ハルは自問自答する。自分の存在理由を問い続ける。
『なあ、ハル、お前は、結局この世界で何がしたかったんだ?力があるからみんなを救って、その先にあったものはなんだった?みんなを、人類という大きすぎる器を救うことに固執したあまりに、お前はこうして破滅を呼び寄せた。ハル、お前がすべての元凶なんじゃないか…』
ハルが最後の隕石を破壊する。そして、今度は大陸中を闇で、それよりももっと広げて星半分を闇で纏うために、ハルは自身の天性魔法を空一杯に広げた。すると、星々はやがてその輝きを失い、空には真の闇が広がった。しかし、それは大陸を貫く光から星を守るためでもあった。
宇宙から無数に、このレゾフロン大陸めがけて降る光線を、ハルは闇で受け止めた。
時間が止まっている為、この闇が人の目に触れることは無いが、それでも、ハルが世界の半分まで広げた闇は、確かに、空から降り注ぐ光線を食い止めていた。
「だけど、俺は、そうだったとしても、今、目の前に困っている人がいるなら…、たとえそれが偽善だったとしても……』
ハルは常に、身体から闇を放出し続けていた。
身体が限界を超えても内側にある闇をすべて吐き出す勢いで、ハルは大陸中の空を覆う闇を、宇宙から降り注ぐ光の線から守り通す。
『なあ、ハル、お前はいったい何のためにここに居るんだ…』
「生きるためにここにいる。生きて生き抜いて最後までみんなと一緒に居られるように、ここに…」
星の半分を覆う大陸の闇の外側では際限なく上がる光の衝突によって、もはや、ハルの闇でも防げない一閃が落ちる。
光が闇を貫き、大陸は愚か、その一撃は、星を一瞬にして粉々にしてしまった。
宇宙空間に放り出されたハルは、すぐに時を巻き戻した。
*** *** ***
ハルが時を巻き戻す場所は、隕石が降り始めた直前で、イゼキアの王都を出たところからだった。そこから、止まない隕石をすべて破壊し、最後防ぎきれなくなるまで、必死の抵抗をし、最終的には時を戻してやり直していた。
「はぁ、はぁ……」
すでに身体の至るところが白化してしまったハルが取れる手段は、自分が自分でなくなることだけ、しかし、それから先がどうなるのかはハル自身にも分からなかった。もしかしたら、全身が白化したら、自分ではなくなったハルが、この大陸を救うことを止めるかもしれない。そう考えると、ハルは何としてでも意識を保ったまま、この星を破壊する結末に終止符を打ちたかった。
『何か、何かないのか…』
ハルはもう何度目だか分からない時を戻り、時間を止めた時だった。
ふと、声が聞こえた。
「ハル」
「だ、だれ……いや、違う、俺は、君のことを知ってる………」
ハルが辺りを見渡したが、そこには誰もおらず、止まった世界の中で声だけが聞こえていた。それでもその声には確かに聞き覚えがあった。何度だって聞きたい声でもあり、懐かしさに襲われる声でもあった。
ただ、その声の持ち主についてハルは一切の記憶を持ち合わせていなかった。
まるでハルが世界から自分の存在を切り離したことを、彼女もそっくりそのままハルにだけそうしたように、ハルは彼女のことを何も知らなかった。それでも、ハルの抜け落ちた記憶以外のすべてが、彼女を知っていると訴えかけていた。
「ハル、身を委ねていいよ」
「いや、それだと俺が戻ってこれなくなる…」
「大丈夫、私がハルのことを守ってあげる。だから、一緒にこの世界を救おう。そして、私に逢いに来て…」
「…逢いに来てって、君、ここにいるの?この世界に……」
「うん、だけど、この世界が無くなったら元も子もないよね、だから、この世界を一緒に救ったら、世界亀のところに来て、私はそこにいる」
「だけど…」
ハルはその声を信じていいかも分からなかった。ただ、その声の懐かしさだけが酷くハルの心を揺さ振っていた。
「私はあなたの敵じゃない。これは絶対に嘘じゃない。ハルの存在は絶対に私が守るって誓う。だから、ハル、身を委ねて、この世の神になって」
ハルはその声には絶対に抗えない何かがあった。その声は確かに聞き覚えのある声で、忘れられない声となってハルのどこかにずっと溜まり眠っていた。
「君の名前を教えてもらってもいいかな…」
そこで、その声は何かを言いかけて止まった。
「…それは、きっと、私たちが出会えば分かる。ハルは私を見れば、絶対に分かるよ…」
「そっか…」
ハルはそれだけいうと、すぐに体を白化させた。みるみるうちにハルは人の姿をやめて、真っ白な恐怖心を抱くほど純粋な存在へと生まれ変わっていった。
ハルはそこで、自分が自分じゃなくなる感覚があった。
やがて、何もかもが静かになった後、遠くで声がした。
『それでいい』
それはとてもおぞましい声だった。