神獣討伐 私にだって
地下施設ザ・ワンにて、ライキルは、居ても立っても居られなかった。例え、自分とは関係が薄い街だったとしても、騎士である自分も人助けをしなくてはいけないと思うと、すぐに行動に移していた。
「どうしてですか?今、街は被害に遭っているんですよね、少しでも人手が必要なはずです」
「ライキル様には、現在一切の外出の許可が出ておりません」
ドミナスの兵士に地上に転移させてもらおうとしたが、こうして断られ続けていた。
「私を監禁する気ですか…」
「いえ、保護です」
「でしたら、私をここから出してください」
「上からの許可がない限り、ここから、ライキル様を含めたハル・シアード・レイ様の奥方たちを出すわけにはいきません。地上での争いが治まるまでは」
「それじゃあ、ダメなんです。今すぐにでも私は騎士として役に立たなきゃいけないんです」
「申し訳ございませんが、私は何があっても許可が下りない限りは、ライキル様を地上に上げることはできません」
ドミナスの兵士は頑なだった。これでは埒が明かないと思ったライキルは諦めて、別の兵士に声を掛けた。だが、どの兵士もライキルの要望に応えてくれる者はいなかった。
そこに、ガルナ、ビナもライキルを見つけると駆け寄って来た。
「ライキル、ダメですよ、勝手に出て行っちゃ、ハルにそう言われてましたよね…」
ビナがライキルの手を取るが、その手にはあまり力が入っていなかった。
「ビナ、だけど、私、やっぱり、何もしないのは嫌なんです。今も、誰かが困っているなら騎士として、助けに行くのが普通ですよね?」
「そうですけど、私たちがいってもできることはきっと何もないですよ…」
ビナがそう言うなら、きっとライキルなど本当に何も役に立たないのだと思った。しかし、それは戦闘の面だけの話しであることもライキルは知っていた。
「戦うことだけがすべてじゃない、救助や避難誘導だって立派な騎士の任務じゃないんですか?私は、少しでも困っている人たちを助けたいんです。きっと、私にもできることがあるはずなんです」
だが、そこで黙って聞いていたガルナが口を開いた。
「死んだらどうするんだ?」
「死んだら…」
「私たちだけじゃ、守れないかもしれない。そうなったら、ライキル、あなただけじゃなく、みんな死ぬんだぞ?」
ガルナが酷くまともなことを言っていた。そして、彼女の目にはどこかいつもの彼女とは違う光が宿っているような感じがした。それはたまに現れる理性的な彼女であった。
「だったら、二人はここで待っていてください。私はひとりでも行きます」
「本気で言っているのか?ライキルが死んだらハルがどれだけ悲しむか、あなただって分からないわけじゃないだろ?」
「それとこれとは、関係ないです…」
「あるだろ」
ガルナがまるで母親のようにライキルを厳しい目で見つめる。けれど、ライキルはその眼光に負けず食い下がった。
「私は、今、私にできることをやりたいだけです。それをみすみす見逃してしまうなら、きっと、私は、ハルの前にだって立てなくなると思うんです。だから、何が何でも今ここで自分にできることをしたい、私がハルやみんなにそうして来てもらったように、私も、騎士として、誰かを、助け求めている誰かを助けてあげたいんです…」
ライキルがそこまで言うのだが、ハルの教えを守りたいガルナとビナの反論が止むことはなかった。というよりも、二人も現在地上で何が起きているのか分からない以上、ライキルを守り切れるかが不安だった。それだったら、嵐が去るまでライキルをこの安全な地下に閉じ込めて保護しておく方が極めて安全だった。
「私は行きます」
「ダメだ」
「行きます」
「ダメ」
そうやって水掛け論をしていると、我慢できなくなったライキルが、走り出し、近くにいたドミナスの兵士の肩を掴んで懸命に訴えかけ始めた。
「お願いします、今すぐ私を外に連れ出してください。私、このまま何もできないのは嫌なんです!」
「申し訳ございません、私にはそのような許可がありません」
「お願いよ、私、これ以上何もできないのは嫌なのよ……」
必至な願いも虚しく、ライキルはドミナスの兵士に振り払われてしまう。
「何してるの?」
だが、そこでライキルたちのもとに現れたのは、ルナとエレメイだった。
「ルナさん、それに、エレメイも…」
ライキルは二人に事情を話すと、当たり前のように二人にライキルの意見は却下された。平常時ならハルの威光ばりばりで二人のことを従えることもできるライキルだったが、現在は非常事態の為、みんな、ハルの一番であるライキルのことを守ることしか考えていなかった。あの支配下においたはずのエレメイでさえも、ライキルに危険が及ぶことに反対していた。
「ライキル、残念だけど、私もその意見に賛成はできない」
エレメイが言った。
「どうして?今も助けを必要としている人たちはいるんですよ?」
「そうかもね、だけど、自分の身も守れないような騎士が、今、外に出ても無駄死にするだけ、上はね、今、混乱の真っ最中なの、騎士たちの統率も取れてないで、指揮系統もバラバラ、今、外に出ても確実に混乱の中に振り回されて無駄に死ぬだけ」
「じゃあ、どうすればいんですか!私は大人しくすべてが終わるまでここでジッと待っていればいいんですか?これでも騎士の端くれなのに、誰かのために役に立つことも許されないんですか?」
ライキルはそう叫ぶがそれが自分の弱さを惨めにもさらけ出していることを知っていた。それでも、ライキルは今すぐにでも誰かの力になりたかった。そう、ハルならそうしたし、実際にハルはすでに動いていたからだ。彼の傍に立っていられるためにも自分にできることを少しでもライキルは行動に移しておきたかった。
「ライキル、そこまでいうなら、ここは私とルナにひとまず預けてくれないか?」
「どういうことですか?」
「ある程度、街の混乱を鎮めてから、ライキルたちにもできることをしてもらう。確かにライキルの言う通り、こういう緊急事態の時はどうしても人手が必要になる。だから、私たちがまず地上の安全を確保してくるから、ライキルたちは、その後に来て欲しい」
エレメイがライキルを説得に掛ると、ルナも彼女の意見に賛成していた。
「エレメイさんと私で、地上の安全を確保します。ライキルは、私のホーテン家の医療班と一緒に行動してもらいたいです。護衛でも手伝いでも人手が必要になりますから」
ルナがそこまでいうと、ライキルも抗議する口を止めて静かに頷いた。
「ガルナさんとビナさんも、ライキルと一緒に行動してくれますか?」
二人は当然とルナの言葉に頷いていた。
***
それから、ルナとエレメイが地上に出てから、少し時間が経つとライキルたちの出番もすぐ回って来た。ホーテン家の医療班として、ライキルたちも地上に転移してもらうことができ、イゼキア王国王都シーウェーブの街に立つことができた。
医療班はすぐに王城の近くに、ドミナスが提供した物資をザ・ワンから運び出し、テントとシートを張り、患者の収容所を築いた。その場所は、防衛の観点から兵士が集う建設中の城の傍がいいとの結論の結果だった。
だがそこで、ザ・ワンに患者を運ぶことを提案する者たちもいた。しかし、ドミナス側はあくまでザ・ワンは一般公開をしていないとして、要人以外の者たちの受け入れは拒む結果となってしまった。それでも、ドミナスは医療に必要な物資を潤沢に分け与えてくれるどころか、ドミナスの白魔導士たちまで出動させてくれた。
その結果、すぐに簡易的な医療施設が完成し、街で負傷した者たちが次々と王城跡地へと運び込まれて来た。
ライキルたちもその医療テントの設営に協力していた。そして、重症人たちの傷の加減を見て、次々と重症者たちを特定のシートへと誘導していった。怪我の酷い者は腕を切断されたという者までいた。彼等が震える声で口にしていたのは、「水、水が襲ってくる」「蛇がいた、蛇が俺の腕を…」であった。水と蛇という単語をもうろうとした意識で重症のものほどそう呟いていた。
街では至る所で、激しい戦闘音が鳴りやまなかった。ライキルはこの街で何が起こっているのか、全容を把握することはできなかったが、この街がすでに戦場であることは理解していた。
そして、ライキルの視界にも少しずつ、傷を負った兵士たちが口にしていた水というものが、空に見え始める。球中に浮いた球状の水が王都シーウェーブに吸い寄せられるように、いくつも近づいて来ていた。その何とも言えない光景に不安が込み上げてきていたが、そんなことに構っている時間がないほど、負傷者は増える一方で、ライキルは必至に腕を動かして、怪我人たちを、怪我の度合いによって振り分けていった。
街中で轟音が連続して鳴った。王都シーウェーブ中の至る所で、まるで砲撃のようは激しい破壊音が響き渡るようになると、至る所で火の手が上がっていた。
ライキルが何が起きているのか、ガルナに調べて来て欲しいというと、彼女は近くの高台に上がって様子を見て来てくれた。
「海から、攻撃されてる…」
「海?」
「ああ、海にいくつも巨大な水球があって、そいつらが街に向かって、水の弾を飛ばして来てる…」
「いったい何が起きてるの…」
混乱する最中、それでもライキルは自分にできることをした。街の守護は、エレメイ、ルナ、そして、おそらく姿を見ていないが、イゼキアの剣聖ゼリセもここに居るはずで、そして、なにより、ハルもどこかで戦っていると考えると、ライキルは落ち着いて自分のやるべきことに集中することができた。というよりもそれしかライキルにできることはなかった。
ライキルの隣ではビナもライキルと同じように、怪力を生かして怪我人たちを運んでいた。ガルナにはできる範囲で、この医療場に、脅威が迫っていないか監視を任せた。
怪我人たちはドミナスの兵士とルナが率いていたホーテン家の白魔導士たちによって、次から次へと傷が癒されていた。それでも癒された人たちは皆、驚異的な回復力のある白魔法の副作用によって深い眠りに落ちていった。それによって、医療場では、ベットの数や場所もどんどんと増やしていかなくてはならなかった。
「場所が足りなくなってきたわね…」
そういった直後、近くで建物が水しぶきを上げて吹き飛んでいた。
海から飛んでくる水弾だった。
ライキルはすぐに、ドミナスの兵士たちと連携をとって、どこかいい場所がないか探してもらうように頼んだ。すると、海から離れる街の南側の被害は極端に少ないことから、この医療場を海から遠ざけることを決めた。ライキルたちがいた城の跡地からは海が見えることからも、水弾が飛んでくる可能性も無いとは言い切れなかった。
ドミナスの兵士たちとホーテン家の医療班の者が協力して先に、街の南の被害の少ない広場に医療場を設けたとのことだった。
移動の際、ドミナスの兵士の瞬間移動は重症人たちだけに使った。動ける人たちからより安全な場所に誘導を始めた。
「慌てないで指示に従ってください」イゼキアの騎士たちにも協力を頼んで、医療場にいた人たちの避難誘導を始めた。
街の海岸沿いでは正体不明の水球とイゼキアの騎士たちとの間で激しい戦闘が起きていると誘導に協力してくれた騎士が教えてくれた。
「ゼリセさんも戦っているんですか?」
ライキルが騎士に尋ねる。
「ああ、もちろん、ゼリセ剣聖は今も最前線で戦ってくれている。ありがたいことに、街の中心まで水球が来ないのは彼女のおかげだ」
ゼリセもやはり街を守るために奮闘しているようだった。ライキルも自分を奮い立たせできることを精一杯務めた。
医療場の避難が南側へ完了した。ライキルたちは最後まで残っており、やはり、戦闘が激化したことによって、街への被害は拡大していた。途中この城跡の医療場に飛んで来た水弾を、エレメイの肉壁や、ルナの重力が防いでくれていたが、その余裕もなくなるほど、海から押し寄せる水球の猛攻が激しくなっており、戦場から負傷者たちを運び出して来た者たちも数が少なくなっていた。
「ライキル、そろそろ、私たちも行こう、ここは危ない」
「うん、でも、あっちにはまだ人が…」
だが、そこでガルナがライキルの手を無理やりにでも取って、城跡から離れるように街の南側へと歩き出した。
「ダメだ、これ以上はいくら命があっても足りない。それに助けに言って私たちが死んだら元も子もないだろ」
「分かっています。分かっていますよ…」
それでも、ライキルが名残惜しそうに、海岸沿いに広がる街を眺めている時だった。
突然、巨大な地鳴りが辺りを包み込んだ。何かと思った時にはもう、ライキル、ビナ、ガルナの三人は、地面からせり上がったのは巨大な塔を見上げていた。
「な、なんですか…」
空を飛行していたルナが、ライキルたちの元に降りて来る。
「大丈夫?みんなけがは?」
「大丈夫です、それよりも、あれはいったい…」
突如として現れた塔は、建設中だった城を破壊して、イゼキア王国の王城フエンテ跡地である城跡の地中から天に向かって真っすぐと伸びていた。
「分からない、でも、とにかく、一旦ここから離れた方が良さそうよ、あの塔、何かよくない…」
ルナはその塔を見た時から何か嫌なものを感じていた。命のやり取りを長年交わして来たルナが、何か、その塔に関して非常に強い危機感から来る嫌悪感を覚えていた。
『この嫌な感覚は何…強い魔力?いや、そんなんじゃない。もっと何か別の嫌な感じだ……』
ルナが塔から感じる違和感の正体を探っていたが、その嫌悪感は、ライキルたちも同じであった。塔が現れた瞬間得体も知れない恐怖にその身を包まれていた。それは塔に刻まれた刻印がそうさせていたのかもしれないし、計り知れない人智を越えた存在として塔が存在していたからなのかは分からなかったが、気分が悪くなり今にも叫び出してしまいそうになるくらいには、その塔が放つ異質な存在感は、ライキルたちを恐怖に駆り立てていた。ビナもガルナもライキルと全く同じ反応で、むしろその恐さから塔から目が離せないでいた。
そこでビナが当然気分を悪くしたのか吐き出すと、続いて、ライキルも同じように吐き出し、ガルナだけは何とか耐えているようだった。
「だ、大丈夫!?」
ルナが慌ててみんなの顔色をうかがうが三人ともとても苦しそうだった。
「とにかく、ここを離れよう!!」
ルナは天性魔法の重力を駆使して、三人を塔と海岸から離れた新設した医療場へと移した。
塔から離れると、ライキル、ビナの二人はなんとか持ち直していた。ガルナの顔色もよくなったが、視界にあの塔が入るたびに、顔をしかめていた。
「あの塔、なんなんですかね?見ているだけで気持ち悪くなったのですが…」
ライキルが医療場の片隅の建物の壁にまだ気分すぐれない様子でぐったりとしながら、ルナに尋ねた。
「分からないわ。だけど、おそらく、第二フェーズに入ったんでしょうね」
「第二フェーズ?」
「今、この大陸にはフェーズ魔法という、段階的に魔法の効果が表れる魔法に掛かってる。第一フェーズは、水害、そして、第二フェーズがあの塔なんでしょうね」
「フェーズ魔法…」
「そう、だいたい儀式魔法と一緒ね」
そこでビナが横から口を挟んだ。
「そのフェーズ魔法って、何段階まであるんですか?」
「やり方によっては、無限に続くわ」
「え…」
「街を襲っていた水球はマナを吸っていた。ああ、やってね魔法そのものを成立させる魔力の元を吸い上げる仕組みが魔法に付与されていると、永遠に同じ魔法を回し続けることができるのよ。だからマナを吸収する供給元を絶たない限りは、おそらく、この水害はずっと続いていたでしょうね」
ルナがそこまで言うと、そこに、仮面を付けた肉の塊を纏った女性が空から降って来た。
「みんな、無事だった?ライキル、怪我は?」
それは言うまでもなくエレメイだった。王都シーウェーブは彼女の過ごして来た街であり、肉の姿である彼女が、この街の聖女であったことがばれるとそれはそれで面倒だったので、それを隠す意味でも素顔を隠していた。
「ありがとう、エレメイ、ここにいるみんなは無事よ」
「そう、良かった」
エレメイはくたびれていたライキルの頬に優しく触れた。そして、まるで聖母のような穏やかに満ちた微笑みで彼女は続けた。
「ライキル、あなたたちにもお客さんが来てる」
「お客さん?」
すると、すぐにエレメイが現れた空から、ひとりの青年が降りて来ていた。
その青年が姿を現すと、ライキルは気だるかった表情を一気に、喜び一色に染めて、その青年に走っていった。
「ハル!!!」
ライキルは彼の胸の中に飛び込んでいた。