神獣討伐 第二フェーズ
ハルが、西レゾフロンの中央部に、広がるセンターロイド平原に戻ると、すでにそこには、南部オーア王国で見たものと同じ天高く聳える塔が平原のど真ん中に立っていた。
「ハルさんですか」
ハルがエルノクスの背後に現れると、彼はそう言った。
「エルノクスさんこれは一体どういうことですか?」
「おそらく…」
ハルとエルノクスは二人で、平らな大地に聳え立つ塔を見上げていた。
「第二フェーズに入ったのでしょうね…」
エルノクスが苦い顔をしながら呟いた。
「第二フェーズって、そうすると俺たちは、第一フェーズは防げなかったということになるんですか?」
その質問にエルノクスは相変わらず知恵を絞りだして答える。
「どうでしょう。そもそも、魔法は解明されるまでは、その効力は未知のベールに包まれている。水球を破壊することが正解だったのか、それともそのままにすることが正解だったのか?それは術者本人に聞いてみないことにはわかりません…」
「そんな…」
「ですが、水球がマナを溜めると水蛇を召喚する。これは紛れもない事実でした。水球を壊して回るだけの価値はあったと言えます」
エルノクスの言った通りだった。ハルが大陸中を回って、水球の破壊と警告を促したことで被害を抑えられた場所はたくさんあった。飛び回った結果得たものはちゃんとあった。
そして、第二フェーズに入ってしまった以上、ハルたちはまた手探りでこの大陸を未知の脅威から守らなければならなかった。
そこでエルノクスとハルの背後にひとりのドミナスの兵士が現れる。その者は報告者であった。
「状況はどうなっていますか?」
「ハッ、現在、レゾフロン大陸の各マナ場に巨大な塔が出現している状況です。水球の方は塔の出現によって現れなくなりました。ですが水の壁は以前として健在です。それとアシュカ様のいらっしゃるエルフの森で【紅化】が完了したようです」
「そうですか、ならばすぐにアシュカに水壁の対処を始めるように伝えてください、エルフの森にはドロシーを送り経過を見守ります。それから出現した塔の解析班を各現場に送ります」
「承知いたしました」
「引き続き何かあったら私の元に連絡をください、以上です」
「ハッ!!」
膝をついて首を垂れていたドミナスの兵士が一瞬にしてその場から消えた。
「エルノクスさん、アシュカに水壁を?」
「ええ、あの子の中には【紅】という異界があります。その彼女の異界に大陸中を分断している水壁を吸い取ってもらおうと思いまして、エルフの森というマナが豊富にある場所で、彼女の異界の入り口を広げてもらっていたんです」
ハルも一度そのアシュカの中にある異界を見ていた。どこでも紅い世界が続いており、まさに別世界であった。
「あの、俺にも何か彼女を手伝えることはありますか?」
「アシュカのことについては大丈夫です。むしろあなたがいると気が散って作業がはかどらないと思うので、ハルさんは第二フェーズが本格的に始まるまで私の傍にいて貰えると助かります」
「そういうことなら、しばらくはここにいます」
ハルも現在大陸中の情報を素早く把握できる場所は、このエルノクスの近くしかありえないと思っていた。
「ですが、エルノクスさん、ひとついいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「イゼキアに残して来たみんなのことが気になります…」
「ああ、そういうことでしたら、ここに呼びましょう」
エルノクスがドミナスの兵士に伝言を伝えると、すぐにドミナスの兵士が瞬間移動でその場から消えた。ライキルたちをここに連れて来てくれるのだろう。転移の魔法があるなら、すぐに彼女たちをここに連れて来てくれるはずだった。イゼキアのドミナスの『ザ・ワン』という地下施設に彼女たちは保護されていた。だから、すぐに会えると思っていた。
ドミナスの兵士がすぐにその場に戻って来た。だが、ハルが期待したように彼女たちは一緒ではなかった。
「ライキルたちは?」
エルノクスが尋ねるよりも先に、ハルがドミナスの兵士に尋ねた。
「それが彼女たちは、王都シーウェーブで避難民たちの救助活動に当たっていたようで、ザ・ワンにはいらっしゃいませんでした」
ドミナスがそう言い切ると、エルノクスとドミナスの兵士の前からハルの姿が消えていた。
「行ってしまったか…」
エルノクスがそう呟くとドミナスの兵士が深々と頭を下げていた。
「申し訳ございません。私が勝手に答えてしまったばかりに…」
「構いません。それよりも、すぐに各地域の塔に解析班を呼んでください。あの塔からは何か嫌な感じがします…」
塔は不気味にただ何かを待つかのように何もせずに佇んでおり、それがエルノクスには気味が悪くて仕方がなかった。
『大陸規模のフェーズ魔法…その第二段階……思ったよりもこの魔法は質が悪いかもしれない……』
ドミナスの兵士が去ると、エルノクスはひとり、丘の上から、遠くの塔を眺めていた。
不気味な塔が静かにその時を待っていた。