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神獣討伐 砂海の王国

 南レゾフロン大陸にある孤高の砂漠の国である【オーア王国】。

 南部はサバンナ、砂漠、などの乾燥した地域が多く分布しており、雨が全く降らず、乾いた不毛の土地が多かった。

 その中でもオーア王国は、あたり一面砂の丘陵が続くような場所に国の中心である王都があった。

 オーアの王都は、西部のような恵まれた四季があり涼しく快適な気候になれた人々が出歩けば、命に関わるような猛暑に日々晒されていた。王都の周りでは生物が人間以外存在しないと言ってしまえるほど、オーア王国の日中の温度は高温に熱せられるような土地だった。

 さらに、季節によっては暑さが酷いのはもちろんのこと、強い風と共に現れる砂嵐のせいで一切視界が見えなくなることもあった。これはオーア王国を孤立させる要因のひとつでもあった。だが、まだ孤高のオーアと呼ばれる理由がこの国にはあった。


 西部にあるレイド王国の国境を南下し、まだ比較的人間が生活しやすい地域ともいえるサバンナ地帯を抜ける。ここにはまだいくつか国がある。だが、そこからさらに南下し砂漠地帯に入ることでようやく、オーア王国の領内へ入ることになるのだが、その手前のサバンナ地域では、盗賊やならず者たちが溢れていることもあり治安が良くなく、そこを通り抜ける危険を考慮することからも、西部の人々はオーア王国がある地域にまでは足を運ぶことは少なかった。それはオーアを孤立させ閉鎖的な国としている決定的な要因でもあった。


 だが、問題なのはそこから先にあった。


 砂漠地帯に生息する【魔蟲(マムシ)】が一番の原因だと、考える人たちは当然多かった。

『魔蟲』それは、砂漠地帯に現れる魔法を使う巨大な昆虫たちのことを指していた。これは南部にだけ見られる生き物で、他の大陸だとそれは魔獣であった。おそらくは、砂漠地帯のような過酷な環境下で生きていくのが不利な獣たちに変わって、砂漠地帯にあったマナ場を独占したのが、魔蟲たちなのだろう。彼等にとってマナのある砂漠地帯は、楽園となっていた。


 そう、つまり、オーア王国には巨大なマナ場があり、蟲たちはそのエネルギーを目当てとして、砂漠地帯に集まっていた。


 オーア王国はそんな、魔蟲たち相手に縄張り争いで勝ち抜いて来た人類きっての魔蟲ハンターの集団でもあった。


 そして、現在、大陸に広がっていた災いである、フェーズ魔法によって引き起こされた水害が、このオーア王国のある砂漠地帯にも多大な被害を広げていた。


 宙に浮くいくつもの水球が大地から湧き出るマナを吸い、水蛇を這わせ始めると、脅威に気付いたオーアの騎士と魔導士たちはいっせいに、魔法や魔法の宿った武器で攻撃を始めた。

 水球は放たれた魔法を分解しマナに還元し吸収し、このプロセスを繰り返すことで、その数と規模を拡大し、オーア王国のマナが溜まるマナ場に一挙として押し寄せた。街が水魔法で破壊されていく中、街の人々は魔蟲が生息する砂漠に逃げ込むしかなかった。


 そして、魔蟲もマナ以外の餌である人間たちが自分たちの住処に駆け込んで来たのを知ると、巣から顔を出し、縄張りに張って来た人間たちを襲い始め、オーア王国の王都は混乱状態に陥っていた。


「うあああああああああああああああああああああああ!!!」


 砂の大地を絶叫して走るのは、街を水球と水蛇による水害で追いやられた、少年と少女とその二人の母親だった。

 三人は、街を出て逃げ切ることまではできたが、魔蟲の縄張りに入ってしまっていた。


「はやく、走って!!!」


 砂の丘から突如、砂飛沫を上げ、魔蟲の【サンドワーム】が、捕食者として二人に襲い掛かる。砂の海を自由自在に泳ぐワームが、三人の元にたどり着くのは、もはや秒読みのところまで来ていた。たった一体の魔蟲のワームでも、熟練された騎士の力が撃退には必要だった。当然、何も有効な手段も持ち合わせていない彼らは、そのワームの丸い口内の鋭い無数の牙でかみ砕かれるのが、目に見えていた。


 それでも少しでも命を先へ伸ばそうと、走らせる母親は、二人を先に行かせると、突然足を止めた。


「お母さん!!!」


「走りなさい!!!この先に行けばみんなと合流できるから!!!」


 その母親は迫りくる体長十メートルは超えるワームに向かって、炎魔法を放った。小さな火球がワームの口に直撃する。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ」


 さらに母親は何発も火球を放ちながら、子供たちとは別の方向へと走り出していた。


「お母さん!!!」


 子供たちが泣きながら叫ぶと足を止めそうになるが、そこで母親が叫び返す。


「いいから走りなさい!!!」


 怒鳴られた二人の子供たちの片割れの男の子の方が、小さい少女の手を取って、皿に走り続けた。少年の方はもう、振りむかずに走っていた。


「お兄ちゃん、お母さんが……」


「走れ!!!」


 そこには救いが何もなかった。母親を犠牲に逃げ延びなければならない現実が、ただただ、まだ幼い少年に運命として与えられていた。少年は少女の兄として、そして、家族の長男として母親の言うことを最後までちゃんと聞いて走りぬくことを、生き抜くことを決めた。


『母さんの次は俺が、時間を稼いで、妹を救うんだ!!!』


 少年は心の中でそう決めていた。逃げ遅れた自分たちより先には護衛をつれて逃げた街の人たちがいるはずだった。


「もう後ろを振り向くな、走れよ!!!」


 最後まで母の姿を見ようと後ろを向いていた妹の腕を引っ張り走り砂の坂を下った。少年は思った。どうか、もう、縄張りをでていますようにと、そして、この先に本当に自分たちより先に逃げ延びた人たちが待っていますようにと。


 少年が坂を下り次の砂の丘を登ろうとした時だった。いくらその丘の上へと上ろうとしても上れないことに気付いた。足元の砂が踏めば踏むほど崩れていく。


「お兄ちゃん!!!」


 そこで手をとっていた妹がいた後ろを振り向くと、坂の下で待ち構えている魔蟲の姿があった。こんどはワームではなく、坂の下で顔だけだした、鋸の刃ようなハサミを口に持った【砂地獄(すなじごく)】という魔蟲の姿があった。砂ワームなどを捕食するさらに上位の魔蟲に、少年は絶望していた。


「嫌だ、私たち、食べられちゃうよ!!!」


「………」


 泣き叫ぶ妹。少年はどうにかして妹を助けたかった。そのためにあらゆる可能性を探った。

 少年はそこで、妹だけでも上に押し上げれば上りきれるのではないかと思い、妹を前にして一生懸命その背中を押し始めた。


「上れ、お前だけでも上に上るんだ」


 少年が思いついた必死の努力も虚しく、二人はみるみるうちに砂地獄に流されていく。


『ダメだ、くそ、でも、妹だけは!!!』


 少年の後ろにはただ獲物が落ちて来るのを黙って待つ、砂地獄の姿があった。

 正直、少年も怖かったけれど、すでに母親の覚悟を目の前にして、自分も自分のできることを果たそうと必死に崩れる坂の上でもがいていた。


「上がれええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 その時だった。妹の背中を押していた少年の両手から、風が起こり、妹の身体が坂の上まで吹き飛ばされていった。


「え………」


 少年にはまるでその妹の背中を押した風が自分の身体の一部だったかのような不思議な感じを覚えていた。


 そして、少年もすぐにもう一度その不思議な力を使って、自分も砂地獄から脱出しようとしたが、すでに少年は立っていることもやっとであることに気付いた。


「お兄ちゃん!!!!」


 妹が坂の上で必死に手を伸ばしていた。少年もその手を掴もうと腕を伸ばすが、遥か先にある妹の手は遠のいて行くばかりであった。


「逃げろ…」


 すでにへとへとになってしまった少年は、そのまま、気を失うように全身の力が抜け倒れると、砂地獄がいる坂の下まで真っ逆さまに落ちていった。


「ダメ!!!!」


 妹の声が少年の閉じかけた暗闇の中で響いていた。

 少年の闇の中には自分の母親の姿があった。


『ああ、母さん、僕はやったよ、妹を助けたよ…だから、褒めて、もっとたくさん…』


 そして、次に現れたのは少年の父親だった。


『父さん、僕は、立派な騎士になれたかな…』


 少年に砂地獄の牙が迫る。


 一瞬の出来事とはまさにこのことだった。


 少年は、砂地獄に食べられる直前だったが、なぜか、少年はすでに砂の丘の上におり、そして、傍には妹と母親がいた。


「え?」


 三人は状況が呑み込めず、束の間、放心状態でいたが、すぐに自分たちが助かったことを知ると、少年とその妹は母親に抱きしめられていた。


「ああ、良かったよ、無事でよかった!!!」


 母親に抱きしめられながらも、少年が砂地獄がいた坂の下を見た。そこには、紫色の血をまき散らして死んでいる魔蟲の死体があった。


『でも、なんで、助かったんだろう…』


 少年がそう思いながらも、坂の下にあった砂地獄の死骸を眺めていた。そして、辺りにまだワームやら魔蟲がいるんじゃないかと警戒して周りを見渡した時だった。

 気付いた時には、少年たちの周りには、そこかしこに魔蟲の死体が、熱い砂の地面に打ち上げられていた。


「何なんだよ…」


 少年が大量に築かれた魔蟲の死骸の山を見つめていると、遠くに立っている一体の化け物の姿があった。化け物と呼ぶには相応しく、そのシルエットは邪悪な格好をしていた。

 片腕。頭が無く。身体からは大量の触手が垂れ下がっている化け物。

 少年だけがその化け物の存在に気付いて眺めていると、その首の無い化け物はものすごい速さで、砂漠を移動し、どこかに消えてしまっていた。


「さあ、サーマル、フラー、早くここを離れるわよ」


 母親に手を引かれた少年サーマルと妹のフラー。妹は助かったことに困惑しながらも母親が生きていたことを心から喜んでいた。だが、少年サーマルは、この確かに自分だけがみた首の無い生き物、あるいは神の使いが自分たちを助けてくれたのではないかと考え、今日の出来事を奇跡と思い、忘れることはなかった。

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