神獣討伐 世界を巡って7
レゾフロン大陸の魔法災害についての新たな視点。
著者 エイシャン・ホルマー
レゾフロン大陸で起こった大災害は多種多様だ。そのなかでも、今回取り上げるのは、大陸を襲った未曽有の大災害【星の嘆き】について書き記していくつもりだ。
【星の嘆き】は、大陸が生み出した浄化作用という考える研究者たちは多い。大陸で生きる生物たちが長年に渡り地底から湧き出るマナを使って魔法を使い続けたことが原因で、マナ場の乱れを加速させた。マナは星のエネルギーが染み出して来たものだという研究者も多く、これにより星の一部である大陸がマナ場を乱した原因を取り除くために、地上から害ある生物たちを一掃するため、魔法災害の原因となったフェーズ魔法【星の嘆き】を発動させるに至ったとの結論が、魔法学会では定説になりつつある。
だが、本書で記す内容としては、少なからずその考え方、結論にいささか疑問を覚えたという考えを出発点とし、当時、本当は何が起こったのかという点に関して、考察していきたいと思う。
これはある意味で、星の嘆きという未曽有の大災害を新たな視点のひとつと言えるだろう。
本書ではまず、注目すべき点として、【星の嘆き】による被害の規模、そして、首なしの益獣について語っていきたい。
私は当時のことを思いだすたびに、この世には想像もつかないことがあるものだと、それは驚いたものだった。
空から飛来した無数の首の無い触手を生やした化け物たちが、まさか、災害からレイド王国を守ってくれるとは思ってもみなかったからだ。
大陸ではこの【星の嘆き】を境に、土地神を信仰対象とした新興宗教【星命教】が起こったが、レイド王国では、この大災害から守護してくれた首の無い怪物を信仰対象とした新興宗教【無首教】が設立されることになったことは、記憶に新しい。
無首教は現在も根強い人気の下信者を増やし続けている。このように、大災害【星の嘆き】は、レイドのみならず各地に多大な影響を与えた。そして、この大災害の最後、奇跡の時に関していえば、きっと、あの時、あの瞬間、神はいるのだと誰もが思うことになるきっかけだとも思う。我々の傍には神々が付いていると確信したからこそ、新たな宗教がいたるところで乱立することにもなったきっかけになったともいえるのだろう。
信じる者は救われる。という古くからある言葉の重みが増したともいえるのかもしれない。
*** *** ***
過保護だったのかもしれない。ハルはレイド王国にありったけのクビナシをばら撒いた後、中央のレゾフロン大陸へと向かった。各地にばら撒いて来たクビナシはおそらく大国の剣聖たちよりも強い、これだけでだいぶハルがレイドに回した戦力が手厚すぎることが分かる。だからこそ、ハルはレイド王国をクビナシたちに任せて、素通りした。だが、そのクビナシたちの活躍は後に見事なものだったと賞賛があったことをハルが知ることはなかった。
***
レゾフロン大陸中央部に位置する街ガーデラは冒険者の街でもあった。一度訪れたことのある街なだけあり、場所はすぐに分かった。近くにはエルフの森もあり、そこから流れて来たマナがあることで、このガーデラにも大量のマナが溜まっていた。だが、そのせいもあって、冒険者の街ガーデラは、水球の格好の餌食となっていた。冒険者たちはとにかくマナに吸い寄せられて寄って来た水球を破壊しようと魔法を使っていた。しかし、対処法が分からない者たちにとって魔法を吸収して成長する水球は、天敵に違いなかった。
すでにガーデラの街には巨大な水球が浮いており、その水球を這うように水蛇が街を襲っていた。高圧の水を吐き出し、いくつもの家屋を薙ぎ払っては、多くの人々に被害を与えていた。
ハルはすぐさま、水球の破壊に着手した。あっという間に街を窮地から救うと、ハルは多くの冒険者たちから、歓声を浴びた。警戒心の強い騎士団たちとは違い彼らはハルを温かく迎えてくれた。
だが、時間の無いハルは歓迎してくれる冒険者たちに、水球の破壊に魔法は使ってはいけないと助言した。だが、それではどうやって水球を破壊すればいいのか?と問われた。ここには魔法以外の手段である天性魔法の使い手はほとんどいない。大国にはそういったものたちが多いが、ここはあくまで冒険者たちが集ってできた大きな街という印象があった。だから、剣聖のような突出した者もいない。
それならとハルはここで人型のクビナシを十体ほど召喚した。
みんなハルがクビナシを召喚したことに驚いていたが、皆、冒険者たちであったため、奇妙な者には見慣れていたようだった。
ハルはこの十体のクビナシを街を守るために誰かに指揮して欲しかった。誰か信頼できる者にコアを渡し、指揮権を譲ることで、この街を守ってもらいたかった。この十体のクビナシ、ハルが生み出したこともあってか、扱いを間違えばとんでもない兵器になることは明らかであった。
『誰か…良さそうなひとは、ドミナスの人とかでも紛れてたりしないかな……』
ハルはすでにドミナスがどこにでもいるものだと思っていたが、その場にはいないようだった。
だが、ハルがその時ちょうど、人だかりの先にあった小さな酒場でひとり酒を飲んでいた男を見つけるとすぐに、その酒場に走って男の背後に立った。
誰もいない酒場で盗人のように、酒をかってに飲んでいたその男はハルが立っていることにも気づかず酒を飲み続けていた。
「たく、どいつもこいつも肝が据わってない奴ばかりだ。こうして酒を飲みに来たお客様がいるのに、店主すらいないとはどういうことだぁ…」
男はグチグチ言いながら、顔を赤くしていた。
「ルーカス」
「あ?誰だ俺の名前を呼ぶのは…」
そこで男が振り向くとそこには、ハルがいた。
「おめぇ…」
「頼みたいことがある」
「ちょっと、待て、お前、本当に…」
ハルはそういうと、酒場の外に十人のクビナシを膝をつかせて待機させた。
「彼らを率いてこの街を守って欲しい」
「はぁ?何だってんだよ、ていうか、今までどこほっつき歩いてたんだよ!!」
「あなたにしか頼めないことだ、まかせましたよ」
ハルはそういうと酒場を出て、十体の人型のクビナシたちを、この街で一番信頼できる人物に預けることができた。
「おい、ちょっと待て!!!」
ルーカスと呼ばれた男がハルを呼び止めた。だが、ハルは歩みを止めなかった。
「待てよ!!!あいつは、あんたを待ってる…」
足元をふらつかせながらも男は酒場から這い出て来ていた。
「あんたのことを失った今も、ずっと、あいつは、お前さんを求めてずっと森の奥で待ってる。俺は、あいつの代わりにここに残った。それもあんたがいつかまたここに戻って来ると思ったからだ…」
ルーカスが、なんとかハルに追いつこうとするが、酒を飲んでいたせいで視界が歪んでいるのだろう、まともに歩けるような状態でもなかった。
それでもハルは、傍に一体のクビナシを呼んで、コアを預けると、ルーカスのことを指さした。
「彼に、これからお前たち十体は彼の指示に従え」
ハルがそういうと、一体のクビナシがルーカスの元にいき、彼の前にコアを転がした。黒く禍々しいコアが彼の前に転がる。
「そのコアで、彼等のことをよろしく頼みます」
「よろしく頼みますじゃねえ、人の話をきけよ!!!」
ルーカスが駆け出すと転がっていたコアを踏み砕き、名前を叫んだ。
「ジョン!!!!!」
酔いの冷めたルーカスがハルの襟を掴んだ。
「お前は、ゼロのことが大切じゃなかったのかよ!!!」
その言葉にはもう意味がなかった。ハルにとって彼女のことはもう存在しない人だった。
「短い間だったけど、俺は、お前たちの間には確かに絆のようなものがあったと思ってる。それを、それをよ!!ジョン、お前は裏切った!!!」
そう言いながら掴みかかって来ていたルーカスのことを、ハルは弾き飛ばし地面に転がした。しかし、彼はまた立ち上がり掴みかかろうとしたが、ハルがクビナシたちに命令して彼を抑え込ませた。彼は地面に押し倒されて拘束され、身動き取れなくなった。だが、彼はそれでもまだ叫ぶ。
「ジョン、よく聞け!!!あいつは、お前を失っても、まだ、お前のことを愛してると言っていたぞ!!!」
ハルはルーカスに背を向ける。彼はクビナシたちに押さえつけられながらも、まだまだ叫んでいた。
「ジョン!!!あいつは、ラタの村でずっとお前のことを待ってる、俺は伝えたからな!!絶対に会いに行けよ!!!!」
ルーカスの叫び声を最後に、ハルはガーデラの街を後にした。