神獣討伐 世界を巡って4
指定されたエリアの半分ほどまわると、ハルは、センターロイド平原を戻って来ていた。
ハルが、エルノクスの元に戻ると、彼は言った。
「お疲れ様です。ハルさん」
「こちらは大丈夫でしたか?って、あれは何を…?」
エルノクスがいる時点でここは安泰だろうと思っていた。だが、そこにはなぜか巨大な水球が育成されていた。
「さすがに、この水球が何のためにあるのか、詳しく知りたくて、少しばかり実験をしていたんです。そこで分かったことが、ある程度まで育つと、あの水球は防衛手段を身に着けるようなんです」
「それって、水で出来た蛇ですか?」
「ハルさんも実際に見たんですね?そうです。彼ら、どうやら魔法を使ってくるようなんです。なのでそのことも踏まえてハルさんには立ち回って欲しいと思いまして」
エルノクスたちにとって水球はすでに脅威でもなんでもなく、ただの実験対象になっていた。それでも、彼等は一個の水球を実験対象にしているだけで、他のマナ場に寄って来る水球は徹底して破壊していた。
やはり、彼等は未知であるものに対して、試行錯誤と洞察を繰り返すことで、この魔法の仕組みあるいは弱点を探しにいっているようだった。
「ところでお次の場所は、あぁ、ストレリチア跡地でしたね、あそこは……まあ、ハルさんも一目見ておくといいと思いますよ」
彼にはどこか含みのある言い方があった。
ストレリチア跡地は完全に人の立ち入りが禁止されている場所で、神獣の巣以外で特別危険区域に指定されていた。
【星穿孔】、【青星の奈落】、【西の大穴】【聖痕】など多岐にわたって呼ばれており、みんなが大穴というと真っ先に思い浮かぶものが、そのストレリチア跡地の大穴だった。実際に訪れたことのないハルにとって、そこがどういう場所なのかはわからない。それでも、エルノクスという人間が微妙な顔をするのには何か理由があるはずだった。
ハルは、それからエルノクスに手短に状況を報告すると、すぐにその大穴となったストレリチア跡地へと飛んだ。
ストレリチア跡地の立地としては、過去その土地は龍の山脈を背にしており、前方にはセンターロイド平原が広がり、北上すればイゼキア王国が、南下すればレイド王国パースの街に行きつき、東へ進めば龍舞う国シフィアム王国が広がっていた。そんなストレリチア跡地は、西レゾフロン大陸でも、中央に位置しており、イゼキア王国、シフィアム王国、レイド王国、そして間接的にアスラ帝国の四つの国境に面していながら、かつて栄華を極めたストレリチアという都市国家の建国者はエルフとドワーフというなんとも大陸西部の叡智を結集させたようなそんな特殊な国だった。
だが、かつて大いに栄えた小さな国も今では、ただ巨大な底の見えない穴へと変わり果てた姿をしているようでは、歴史上から忘れ去られたとしても仕方がないのかもしれない。
ハルが、大穴の前に到着するが、そこに、水球や水の壁は一切無く、静まり返っていた。そこにはありとあらゆる存在がその大穴の底に引きずり込まれては、その大穴の中では何もかも存在が許されないようなそんな、暗い不気味さがあった。
ハルはもしかすると、水球が大穴の下でマナを蓄えているかもしれないと、降りようとも思ったが、なぜか、その気にはならなかった。
『ここには何もないような気がする…』
存在の気配が感じられず、ただ、人知れずその大穴は深さと暗さを保ち、この世界にはこういう場所もあるのだと、教えられているような大自然に抱く畏敬の念のようなものも感じられた。だが、それと同時にかつて存在したであろう、栄華に満ちた街の喧騒が底にあるんじゃないかと思うと、ハルは下を覗き込まずにはいられなかった。そんなことはもう無いというのに。
ハルはしばらく大穴の周辺を回り水球が無いことを確認すると、次の場所へと向かった。
『水球どころか、たぶんマナもないんじゃないかな…』
ハルは魔法も使えず、マナも感じられないが、それでもあの大穴には何もないと決めつけてしまえるほど、ストレリチア跡地は異質な空間だった。
『エルノクスさんは、どうして、俺をここに向かわせたんだろう…』
ハルは次の巡回からこのストレリチア跡地は外すことにした。そして、ここには何となく、二度と訪れたくないとそう思うのだった。