神獣討伐 世界を巡って2
エルフの森の上空に到着すると、そこには思いがけない光景が広がっていた。聖樹近辺に聳え立つ水の壁のそうなのだが、それよりも異常事態がハルの目の前に広がっていた。
紅。そこには紅が広がっていた。エルフの森は紅に侵食されていた。まるで森に紅い塗料をぶちまけたかのように、エルフの森の隅々が紅く染まっていた。ハルは一度この紅しかない世界に放り込まれたことがあるので知っていたが、これはどう考えてもアシュカの仕業で間違いなかった。
エルフの森でもひときわ大きな聖樹の傍で広がり続ける紅い森。人命の被害が出ないのをいいことに、アシュカは手段を選ばず、彼女自身の〈紅〉を広げていた。そして、ハルは、紅い森の中央に聳え立つ当然紅一色の塔を見つけ、その上に立っているエルフを見つけた。
その塔の上の彼女は言うまでもなくアシュカだった。
ハルが塔の上にいた彼女のもとまで行くと、とても嬉しそうに出迎えてくれた。
「ハル!ああ、私に愛に来てくれたんだね」
アシュカにハグされるが、それよりもハルは彼女に素早く尋ねた。
「ここら辺に水球があるはずなんだけど、見てない?」
第一フェーズの要となるマナを吸収する水球。ハルはそれを破壊することで、フェーズ魔法を止めようとしていた。ただ、それで実際に止まるのかは分からなかったが、マナというエネルギーを吸収している以上、破壊しないわけにはいかなかった。何が起こるかも分からないフェーズ魔法ではあるが、何か手を打ち探り探りでその魔法の弱点を知る。それは昔から魔導士たちが繰り返してきたことでもあった。
「あったよ、大きな水球が、だけど私がもう壊したよ、それで、今その水球が再生しないように、私のこの〈紅〉でエルフの森を保護していたところなんだ」
保護というよりかは侵略に見えた。
「じゃあ、ここはアシュカにまかせるからね、頼んだよ」
「え、もういっちゃうの…」
アシュカが名残惜しそうな顔で、抱きしめていたハルを離す。
「まだまだ、回るところがあるんだ。ここはまかせたよ。困った時はコアを砕いて俺を呼んでね」
ハルはそう言うとすぐに次の場所に飛んだ。
*
エルフの森を抜けてすぐに、スフィア王国の王都エアロへと到着した。かつて神を名乗るミルケーというエルフたちとの戦闘で滅茶苦茶になったエルフの国のスフィア王国の王都だったが、現在は復興が進んでいるようで、その戦闘でハルがこじ開けた大穴も埋め立てが進み、半分近く埋め立ての方が完了していた。
そんな復興が進んだ街に、不幸が続くかのように、巨大な水球が宙に浮いていた。エルフたちは、誰もむやみやたらに魔法を放っておらず観察と議論を続けていた。
そんなエルフの中には、スフィア王国剣聖アルバーノ・セレスティアルド・ウェザリングの姿があった。
高貴な雰囲気をその身に纏い、議論するエルフたちに耳を貸し、最善の手が出るまで静観しているようだった。
そこにハルが現れて、水球を一刀両断し、ただの水へと戻すと、アルバーノが目を開けた。
「アルバーノ剣聖」
「貴殿は、確か、この前の……」
アルバーノは少し眉間に皺を寄せ、ハルに対して疑り深い表情を見せていた。
しかし、ハルからしたら、彼に自分のことを思い出してもらうことよりも、水球に対しての対策を説明する方が先だった。
「時間がありません。皆さん、現在この大陸にはフェーズ魔法が掛けられました。そのせいで、今、大陸には水の壁ができ、あらゆる場所で先ほど浮かんでいた水球が出現しています」
ハルが大勢のエルフの前でそう言うと、みんな疑わしい目でハルのことを見た。
「お前は誰なんだ!?」
「お前が、水球を斬ったせいで街中水浸しになったぞ!!」
「隊長命令だ、あいつを捕まえろ!!!」
エルフの騎士たちが一斉に声を上げた。
ハルはどうしてそうなる?とは思わなかった。街中に浮いていた水球は王都エアロに漂っていたマナを吸って大きく成長していた。静観はある意味では正しい判断だったかもしれない。しかし、それでは問題の先送りで何の解決にもならない。
ハルが水球を斬ったことで確かに街には大量の水が流れ込んだ。それでも、民家を潰す勢いでもなく、人的被害は最小限で済む程度のものだった。
それでも、突然現れては観察対象だった水球を破壊されたエルフたちは怒りを露わにしていた。
「アルバーノ剣聖、我々が奴を捕まえて見せますのでしばしお待ちを」
エルフの騎士が、アルバーノにそう言うと、彼は、騒ぎ立てるエルフの騎士たちを無視して、上空にいたハルに呼び掛けた。
「水球はどうやったら破壊できる?我々の魔法では両断できないどころか、魔力が吸われた」
「魔法はダメです。水球は魔法を吸収します。だから、マナを用いない天性魔法が一番有効です」
アルバーノがハルに対して周りの目も気にせず話していると、自然と周りの騎士たちも怒りを治めてアルバーノと対等に話しているハルに対して何も言わなくなった。
「アルバーノ剣聖、彼と知り合いなのですか?」
エルフの騎士たちを束ねていた隊長がアルバーノに質問するが、それを無視したアルバーノがハルとだけ話しを進める。
「貴殿の話しが本当なら、今、この大陸は危機に陥っているということなのだな?」
「はい、信じてもらえないかもしれませんが」
「いや、信じよう。貴殿にはこの国を救ってもらった恩がある。やり方は醜悪にしろ、セウスのように亡国とならなかっただけこの国にとっては救いだったのだからな…」
アルバーノはハルという人間に一切気を許す様子はなかったが、それでもすぐに周りにみんなを率いて、ハルの言われたとおり、あたりにまだいくつか浮いていた小さな水球の破壊を始めた。
ハルがスフィア王国を離れようとしたとき、アルバーノが去り際にハルに言った。
「私は、貴様を英雄だと認める気はないからな」
ハルはそんな彼の言葉に、とても安らかな表情で頷いていた。
「あぁ、もちろん、それでいい」
スフィア王国は現在、レイド王国の、いや、ホーテン家の、それもまた多少の誤認であるのかもしれない。スフィア王国はルナの支配下にあった。それもすべてハルが誘導したものだとアルバーノも気づいていたのだろう。彼のような観察眼のあるものからしたら、ハルとルナの主従関係の逆転の演出は滑稽に見えていたのかもしれない。
彼もハルの記憶が無い人物ではあるが、前と同じようにやはりハルは彼と友好的になれることはなかった。
ハルは次の場所へと足を進めた。