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神獣討伐 第一フェーズ

 深紅の浜辺のドミナスの要塞に着くとすぐに、ドミナスの兵士たちによって、ハルはすぐに別の場所に飛ばされた。そこは、エルノクスが転移したレゾフロン大陸西部シフィアム王国領内にある西部中央地域にある【センターロイド】平原だった。ハルが到着すると、すぐにドミナスの兵士たちが集まっていた小さな丘の上にいた、エルノクスに駆け寄った。


「早かったですね、もう、世界亀(ワールドタートル)の討伐を?」


「いえ、まだです。それよりもこちらの大陸の防衛が先だとレキさんに呼び戻されてしまって…」


「なるほど、そうでしたか、正直、私もここにハルさんがいればと思っていたところで、とても助かります」


 エルノクスがホッと一息ついたような顔でハルを出迎えていた。だが、すぐにその表情には疑問の色が浮かんでいた。


「レキ?」


「ええ、レキさんという俺の友人です。エルフなのかな?でも背は俺よりも小さいんできっとハーフエルフだと思います」


 ハルがそこまでいうと、エルノクスは酷く真剣な顔で、深く思考を巡らせているようだった。


「どうかしましたか?」


「いや、その人はどうやってハルさんのところまで会いに行ったのかと思いまして…」


「あぁ、彼、たまにふらっとどこにでも現れるんです。そして、いつもどこかにふらっといなくなって、確かにちょっと不思議な人かもしれません。神出鬼没ってやつですかね?ハハッ…」


 ハルはレキという存在を特に気にしている素振りはなかった。だが、エルノクスの方は、そのレキという存在について疑問ばかりが残っていた。

 疑問のひとつにどうやって神獣討伐にむかったハルに追いついたのか?があった。ミカヅチからも、ハルはマナ無しの海域つまり魔法が使えない場所へ行ったと報告があった。そうなると、そのレキという人物はマナ無しでハルのもとまでたどり着いたことになる。何か特殊な天性魔法があったのかは知らないが、考えただけでもそれは非常に困難なことを指示していた。船で近づいた?そもそも、居場所は魔法無しでどうやって特定した?


 エルノクスが頭を悩ませていると、そこでふともっとも根本的で重要な疑問にたどり着いていた。


『レキか、そういえばどこかで聞いたことがある名だ…』


 だが、エルノクスのそのレキに関する記憶はまるで伏せられたカードのように、裏面の表面的な部分しか思い出すことができず、カードの重要な表部分の情報がめくれずにいた。それはまるで呪いのように、その記憶が何者かによって自分の記憶から引き出せないように隠されているかのようであった。レキという人物の名前、つまりは本来なら伏せられたカードの情報のすべてのような、そんな情報を聞いたとしても、エルノクスは、その者が誰で、どの時代のどこに所属していて、どんな人物だったのか、少しも思い出すことができなかった。


『私は、何かを忘れている?長寿のエルフによく見られる記憶の劣化か?いや、違う、この思い出せない感覚は、記憶の劣化ではない…これは……』


 エルノクスは、この現象を何度も経験していた。


『あぁ、そうか、これは……』


「弟の仕業だな…」


 エルノクスが小さく呟いた。


「あの、エルノクスさん…」


 考え込んでいたエルノクスにハルが様子をうかがうように尋ねると、彼も我に返っていた。


「おっと、今はこんなこと考えている暇じゃありませんでしたね、ハルさんにはすぐに動いてもらいたいのです」


 そう言うとエルノクスはこの経緯を話し始めた。


 ***


 エルノクスの説明は、レキが言っていたことをなぞっていた。現在、このレゾフロン大陸全域にフェーズ魔法が掛けられており、この大陸にいるレゾフロン大陸の住民たちは例外なく、その第一フェーズに巻き込まれたと、そして、それが大陸を襲った巨大な蛇のような水の線が始まりであった。しかし、線と言ってもそれは地図上から見た意味に過ぎず、実際にはそれは現在、この大陸上の周辺の海から規則正しく等間隔にマス目のように各地に伸びては、水の壁となって、各国を隔てているとのことだった。水の壁の高さは推定五千メートル以上、横幅が最大五十キロメートルあるところもあった。水の壁は安定しており崩れることは無いとのことだったが、この水の壁が崩れただけでおそらくこの大陸は水没し、人が住める環境ではなくなるとのことだった。


「すでに、この大陸級フェーズ魔法の解読に、ドミナスの魔法使いたちを総動員して、解析に当たらせています」


「それで、何かわかったのですか?」


 ハルはすでに自分が今すぐにでも動きたい気持ちで一杯だった。


「いえ、まだ、第一フェーズは始まってもいないのでしょう。この水の線、いや、水の壁で隔てられた大陸の洗浄でさえこれから始まる準備に過ぎないのでしょう」


「これが準備なんですか?」


 大陸を横切っている、天にまで届きそうな水の壁を見て、驚きを隠せずにいた。


「きっと我々は盤上に立たされたのでしょうね」


「盤上の駒ということですか…」


「ええ、あくまで私の考察ですがね」


 エルノクスは平原に聳え立つ水の壁を見ながら言った。


「こうしたフェーズ魔法のような術者の独自のルールで動いている以上、他に何か意味があるのかもしれませんが、それを我々が本当に理解できるのは、術の最中あるいは術が終わってからかもしれません」


 魔法とは本来そういうものだった。つねに相手側に有利で魔法の効果が未知があるということが常だった。どんな効果があってどんなことをしてはいけないのか?そんなの術者にしかわからない。だからこそ、魔法は常に研究され、対処法が生み出されて来た。今日にいたるまで魔法対策も時代と共に進化し、防御魔法の代表格である特殊魔法〈守護〉がありとあらゆる魔法から身を防げるようになったのも、魔法を唱えられた時、どんな効果があるか分からないからであった。


 しかし、今回のこのフェーズ魔法は、いってしまえば、そういった対策が全く分からないゼロからの状態から解読していかなければならず、対処法が後手に回っていた。


「たとえば、これは大陸全域を把握する測量のマス目だったり、何か特定のグループに分けるそれこそ仕切りの為のただの壁だったり考えられる様子はいくらでもあります」


「じゃあ、どうすれば…」


「試行錯誤と洞察しかありません。私たちはいま、未知と遭遇しているのですから」


 エルノクスとハルがそう話しているうちに、突然何の前触れもなく、水の壁から水が溶けだすように、一定の方向へと空中に流れ出していた。その流れ出した水は瞬く間に、空に大きなひとつの水の球体を作り始めると、やがて、何事も無かったかのようにその場に留まっていた。

 こちらを攻撃するでもなく、ただ、巨大な水球が平原の上に浮かんでいた。


 ハルとエルノクスがそこに立っていると、気さくに声を掛けて来る者がいた。


「第一フェーズが始まったみたいだけど、エルノクスも、今からあの水球を一緒に調べるでしょ?」


 黒く大きなつばの帽子をかぶっているとんがり耳の小さな少女がそこにはいた。ドロシーだった。


「ああ、そうさせてもらうよ、だけどまずはここからでも試したいことがある。ドロシーあの水球に闇魔法を放ってみてくれ」


「いいわよ」


 そういうと、ドロシーが手を前に翳し、詠唱を始めた。


「闇よ、我が手に宿り、限りある光を……ってえぇ!?」


 ドロシーがハルに驚愕の表情を見せると同時に、ドロシーの翳した手のひらから黒い光が射出された。その小さな黒い光は、遥か遠くの空中に浮かぶ巨大な水球へ向かっていくとみごとに着弾した。


「なんでここにあなたがいるの!!?世界亀の討伐は?もしかしてもう終わったの?」


 戸惑う彼女にエルノクスが割って入ってくれた。


「彼は私たちを手助けするために戻って来てくれたんです」


「でも、そうなると世界亀は誰が?」


 世界亀という驚異の元凶の放置にドロシーは言及していたが、そこはエルノクスが説き伏せてくれた。


「現状、大陸に掛けられた魔法がフェーズ魔法だと分かった時点で、こっちを優先して防ぐことは賢い判断だと思います。それに比べたら、たかが神獣一匹放置していたところで、何の問題もありません。それにこれほどの規模の魔法、必ず反動あるいは再詠唱までの時間があります。いつでも討伐できる亀を相手にするよりも、このフェーズ魔法を止める方が先です」


「まあ、たしかにそうか…」


 あの時、ハルがエルノクスに選ばされた時点では、大陸で起きている魔法の種類が何なのかも特定できていなかったが、こうして、ちょっと時間が空いただけで、魔法の種類や状況を把握するのはさすがだと思った。


「それよりも、皆さん、見てください。ドロシーが放ってくれた魔法が吸収されてしまいましたよ?」


 皆が話しに夢中になっている間に、エルノクスだけが放たれた魔法の行方を追っていた。

 ドロシーが詠唱途中でも放った魔法の威力は底知れない。だが、それでも、着弾した闇の塊は、水球の中に留まりみるみる内に解けるように小さく分解されていた。


「あれは魔力を吸収する魔法のようですね。どうやら仕組みは魔術の解体と、魔力をマナへの再変換までやってるみたいですね……」


 エルノクスが水球に囚われた闇魔法を見ながら、そのようなことを言っていた。


「それに、ここらいったいのマナも吸われ始めたようですね」


 エルノクスたちがいた場所はセンターロイド平原で唯一マナが残っている場所で、なおかつ一番マナの濃度が濃い場所に陣取っていた。エーテルの消失により魔法が各大陸で自由に使えなくなった今、マナがある場所は限られている。大陸の西部は比較的他の土地と比べたらマナの産出場所が多いが、他の地域だとこうはいかない。


「どうするんだ?エルノクス…」


「さて、どうしたものか…」


 そこでエルノクスがハルを一瞥した。


「ハルさん」


「はい」


「あれに斬撃を与えてもらってもいいですか?それも結構強めのものをです」


「ええ、かまいませんよ」


 そこでハルが大太刀を二振り持つと、そのまま、刃を地面に下ろした状態で構え、一切の動きを止めた。


「それじゃあ、斬ります」


 ハルがそういった時には、もうすでに遠くに浮かんでいた水球には、二つの線がクロス状に斬り離されていた。

 すると形を保てなくなった水球は、一度ただの水に戻ったのか、その下に大量の水を流すと、巨大な水たまりを作っていた。

 だが、再び、大陸全土を区切っていた水の壁から、同じ手順で水球が復活すると、何事も無かったかのように空気中のマナを吸い取り始めていた。


「ひとつわかったことは、この水球は大量のマナをまだ必要としている点にある。そこから私たちが動ける行動としたら、この無限に復活するであろう水球を破壊し続けることが、このフェーズ魔法の未完成を成立させることに繋がるかもしれない。ただし、魔法以外での手段でです…」


 最後のセリフは、もっとも効果を発揮できる身近な戦闘手段が奪われたことを意味していた。


「そうなると、天性魔法と体術ということですね?」


 ハルが尋ねると、エルノクスも水球を眺めながら頷いた。


「ええ、ただし、体術に関して言えば、おそらく、魔法での強化はダメでしょうね、身体に込めたり、纏った魔法はすべて剥がされて吸収されてしまうでしょうから…」


「そうなって来ると、ますます、俺の出番ですね」


「はい、ハルさん、申し訳ないのですが、この大陸中に発生しているであろう。この水球を時間の限り破壊してもらえませんか…とりあえずはそれで、第一フェーズは突破できると思います……」


「わかりました。それじゃあ、今すぐに始めたいと思います」


 ハルはそれからエルノクスの元に届いた他の地域にいたドミナスの兵士たちからの情報をもとに水球の位置を特定し、破壊作業へと移ることになった。どうやら、エルノクスの予想通り各地でマナを吸い上げる水球が出現したとのことで、それはすべて、マナが濃い場所の近くで発生しているとのことだった。


 準備が整うと、ハルはすぐに二振りの大太刀を持って、飛ぶ準備をした。


「ハルさんどうかお気をつけて、フェーズ魔法は時間と共に状況が変化します。これほどの規模になると何が起こるかわかりません。私たちも引き続き情報を集め続けますので、状況が変わったらここに戻って来てください」


「分かりました、それじゃあ、行って来ます」


 そういうとハルは、すぐに持ち前の異常な身体能力でその場から消え去った。

 エルノクスたちの前に現れた水球を去り際に、跡形もなく破壊した後、別の水球がある地域へとハルは行ってしまった。

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