神獣討伐 霧の声
海上に立ち込めた霧がどこまでも続くと、分かった時、ハルが何か魔法の術中にはまったことに気付いた。行けども、行けども霧が晴れず、ハルは一度レゾフロン大陸の深紅の砂浜まで戻ることを決意し反対方向に一瞬で進んだが、その先も霧が晴れることはなかった。すでに砂浜に到着していてもおかしくはない距離を移動したのにも関わらず、ハルはずっと霧に囲まれた海の上だった。上に飛んで霧を抜け出そうとしても、結局、何も変わらなかった。上へ上へと天性魔法の闇を踏み台に飛び上がっても、一向に霧が晴れることなく、下を見ると常に一定の位置に海面があり、ハルは完全に無限という空間の中に閉じ込められてしまっていた。
時間がなかったハルは、ひとまず、手に持っていた刀を振るうことにした。何か仕掛けがあるなら、それもろとも崩壊させればいい、ただし、最初から全力でやると霧の外の状況が分からないため、リスク回避のためにも、手探りでまずは海面に向けて斬撃を放ってみた。
海が真っ二つに割れる。大量の水しぶきが舞い上がり、雨となって辺りに降り注いだ。残念ながら何かが変わった気配はなかった。
しばらく、さらに高速で霧を抜けようと動いたり、海や空に向かって斬撃を放っては様子を見たがどれもダメだった。ハルはこういったある特定の条件下に強制的に置かれる魔法に弱かった。ただし、弱いというだけでハルを拘束できるほどの魔法を行使することは人間では非常に難しい。なぜなら、ハルには常軌を逸している怪力があり、まずはそれを制御下に置くことを念頭にしなければ話にならないからである。大陸ひとつ程度なら壊せるかもしれない力を持つ者に対し、まさか誰も鉄でできた鎖で拘束すれば大丈夫だとはならない。つまり、今、ハルを拘束しているこの、魔法の結界と仮定した空間には、膨大な魔力で形成されているといってもよかった。実際にハルは魔力を感じることはできないが、自分を閉じ込めておくとなると、そうとうなエネルギーが必要であるということは、前提に置いておくべきで、この現象を引き起こしている者が、まずハルを拘束できるほどの魔法を用いれる神獣クラスの化け物であり、そして、それが世界亀であると断定できるほどには、ハルもここまで来ると、きっちりと敵を見定めることができていた。
『あとはどうやって、脱出方法を見つけるかだな…時間もないし、もうこの時間軸ごと破壊して、なかったことにするか……』
ハルが最終手段に踏み切ろうとしている時だった。
「ハル…」
唐突に近くで声がしたから振り向いたが、深い霧は相変わらずでそこには誰もいない。
「誰だ?」
「ハル」
近くにいるが、ハルが声のする方向に駆け出すと、声も一定の間隔を保って遠ざかった。
「ハル」
「誰なんだ……姿を現してくれ…」
ハルが周囲を見渡しながら言うが、その声の主は現れることはなかった。
「ハル」
「なんだよ!!!」
ハルが気づかないうちに、ハルの目からは一筋の涙が頬を伝って流れていた。
「誰だ、誰なんだ!!お前は!!!」
何かがハルの感情を激しく揺さぶっていた。自分の知りもしない空白の箇所からそれは鳴り響いているような、そんな、ありえもしないが、聞き覚えのある懐かしい声。そんな声が、ハルの身体を激しく揺さ振っていた。
「頼むから、出て来てくれ……」
「ごめんね」
「謝らなくちゃいけないのは、俺じゃないのか……なあ、そうだろ……」
ハルは自分でも何を言っているか分からなかった。それは自分の意識の内にある知らない部分が勝手に自分の口を使っているかのように、ハルはその霧の中からする声に必死に答えていた。
「ハル」
「なんだよ!!!」
「もうすぐ会えるよ」
霧の奥にいる誰かの声が、そう言うと、やがて、ハルの周りにあった霧がすっと晴れ渡っていった。
青い空の下の海面にひとり。
ハルは無気力に立ち尽くしていた。
そして、それから、すぐの出来事だった。ハルの後ろから、先ほどまでいた霧の奥の声とは違う、中性的な声がしていた。
「間に合った…」
ハルが振り向くと、そこには。
「レキさん…」
「やあ、ハルくん、久しぶりだね!」
ハルの前には、エルフのレキが立っていた。