神獣討伐 無海
ミカヅチの瞬間移動で飛んだ先は当然海の上だった。
「なッ!?」
だが、そこで彼が海面すれすれで空中に留まったことで、瞬間移動した先に放り出されたハルは、青々と広がる海に落っこちそうになるが、すぐに足元から天性魔法で黒い闇を広げることで足場を創り、事なきを得た。
「ミカヅチさん、どうかしましたか?」
「ここから先を越えて、飛ぶことができません…」
ミカヅチは海面の上に立っていた。おそらく、水魔法か何かなのだろうが、彼はそこから一歩も先に進めない様子で、その場にしゃがみ、少し前の空間に手を伸ばして、何かの状況を探っていた。
「マナがない…というより、吸い寄せられている……」
ハルにはマナを感じるどころか魔法が一切使えないほど、魔法に関しての才能がなかったので、彼の感じている感覚を理解することができなかった。魔法が使えないものでもマナを感じることができる者も中にはいるが、ハルには一切魔法という存在に対して酷く鈍かった。まるで身体が魔力というものを受け付けず反発するかのように、ハルには何も感じなかった。
「ということは…」
「私がお役に立てるのはここまでのようです」
ミカヅチはそのマナが吸い寄せられるという境界から向こうには足も踏み出せないようだった。魔法が使えないエリアとなると、海面を歩いている魔法も使えず、そして、そこから先に進んでしまえば、瞬間移動も使えなくなり、彼も帰れなくなってしまう。
「ありがとう、ちなみに、あとどれくらい進めば世界亀の場所なのかな?」
「すみません、途中で転移が打ち切られてしまったので…」
「そうですか…」
彼も不測の事態の連続に、困惑しているようだった。
「こんなこと転移を使っていても、一度もありませんでした…」
「確か、この転移の魔法って、マナが無い場所にも飛べるんでしたよね?」
瞬間移動できる魔法についてハルが尋ねる。
「はい、限界の転移距離はありますが、一度規定値の魔力を消費すれば、目的地までは必ず飛べるはずなのですが、ここから先の海にはなぜか、飛べなくなっていて…おそらく、結界か何かの魔法の可能性もあります。それこそ罠かもしれません…」
ミカヅチは目の前のマナのない空間の海面に手を入れて何かを感じ取ろうとしていた。
「わかりました。ミカヅチさんはここまでで、ここから先は俺ひとりで行きます」
ハルが前を向いて、海に浮かんだ闇を、まっすぐ、マナのない海域へと広げた。
「しかし…」
「大丈夫です。何も心配いりません。それよりも、ミカヅチさんも早く戻って、エルノクスさんたちを助けてあげてください」
ハルが余裕の笑みでミカヅチを見ると、彼もそれ以上は何も言わず素直に一歩下がり、頭を下げた。
「ご武運を」
「ありがとう、行ってくる」
ハルが黒い大地を駆け出す。そして、黒い大地から海に変わる端でハルは大きく飛躍した。ミカヅチが最後まで見送ろうと見ていると、突然辺りに霧のようなものが掛かり始め、ハルの姿はすぐに見えなくなってしまった。
「ハル様、どうかご無事で…」
ミカヅチも、これ以上は自分にできることはないと、霧が迫る前に、その場から去ろうとした時だった。後ろを振り返ると、そこには金髪のエルフが立っていた。
「なにやつ!?ハッ!」
ミカヅチはすぐさま、腰の刀の鞘に手を当てたが、瞬きを一度したその瞬間、そこにいた金髪のエルフの姿は跡形もなく消え去っていた。
「幻か………」
ミカヅチは、直後、ハルが進んだ霧の奥にから嫌な気配を感じ取ると、一歩また、一歩とマナもない無の海からあとずさり、ゆっくりと忍び寄って来る霧に飲み込まれないうちに、転移の魔法で、一瞬でその場を後にした。
全てを秘匿するかのように、霧が立ち込める。マナも、視界も、方向もすべてが隠され無に集約される中、それでもハルは先へ先へと進み続けた。