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神獣討伐 大陸洗浄

 砂浜を駆けて行くと、その異変はすぐに起こった。大地が揺れ動き、目の前で穏やかに波打っていた海の水が、何かに引っ張られるように沖合いの地平線の向こうへと潮が引いていく。あっという間に数キロ先まで、ハルたちがいた浜辺の水は海の向こうへと引っ張られてしまっていた。


 ハルが、横たわるエレメイを抱えるルナの元に行くと、彼女はジッと海の向こうを見つめていた。何か悪い予感を察知したのか、彼女はそこから少しも動こうとせずにただ、海を見ていた。


「ルナ、大丈夫か?」


「ハル、海がおかしいよ、こんな潮の引き方普通じゃない…」


「………」


 ハルが不気味に引き下がって行く海の向こうの地平線を同じように見つめている時だった。


 突然。ハルの背後には、大量の人間が姿を現した。静かだった砂浜は一気に人であふれる。それはまさに一瞬のことで、ハルも何が起こったのか理解が遅れたが、ハルの背後にドミナスの隊員たちが、一斉に瞬間移動で飛んで来たことをワンテンポ遅れて知る。だが、そんなハルの元に現れたドミナスの中にはエルノクスもおり、彼がすぐにハルの隣に来ると言った。


「ハルさん、すぐに戦闘準備を!!!」


 エルノクスが酷く動揺した声で叫ぶ。


「何が…」


 ハルが質問する間もなく、ハルの両脇には二人のドミナスの兵士が、ハルの愛刀の弐枚刃が、鞘から抜かれた状態で用意されていた。


「すでに我々は、攻撃されています!!!」


 エルノクスの焦りようにハルもただならぬことが起きていると知ると、すぐに、二振りの大太刀を受け取り柄を握った。


「どういうことか、説明を……」


 ハルがそう言いかけた時、エルノクスが再び叫んだ。


「全員、撤退です!!!」


 彼の叫び声と共に、ハルがもう一度この浜から見える海へと振り向いた時だった。すでに水の山ともいえる円柱状の海の起こりが、まっすぐこちらに向かって来ていた。それはまるで一筋の線であり、まるで神がこのレゾフロン大陸に水で線を引くかのように、とてつもなく巨大な水の線がこちらに迫って来ていた。そして、その水の勢いはとても速く、ハルがどうにか防がなくてはと考えている時にはもう、ハルたちがいた浜辺に到達しようとしていた。


 エルノクスが部下たちに撤退を叫んだあと、残されたのはハルとルナとエレメイ、そして、叫んだ本人であるエルノクスだけは、ハルたちと一緒にその場に残っていた。


 なぜなのか?と思ったが、先ほどの慌てぶりはどこへいったのか?酷く落ち着き払ったエルノクスが、少しだけ笑みを浮かべてそこに立っていた。ただ、それは苦笑いにほかならず、そして、ハルが手にしていた刀を振るう前に確かに彼は口を開いてこう言った。


「おみごとです…」


「え?」


 ハルは困惑していた様子だったが、山のような水の起こりに向かって刀を振るうと、一瞬でその水の起こりは真っ二つに裂けていき、そればかりか、ハルが放った斬撃は海面を押しのけてそこから見えた海の底の地面を抉り飛ばしていた。


 ハルが斬撃を放った後、海水が雨のように降っていた。


「エルノクスさん、今のは?」


 落ち着いた態度でいるハルに対して、それでもエルノクスも少しだけまだ動揺しているのか、とにかく、彼もこの状況を飲み込めていないようにも見えたが、彼はすぐにハルに知っている事実だけを伝えた。ただ、彼も何から話していいのか分からないといった具合で、冷静に勤めようとしてはいるものの、彼の人間らしさが少しだけ垣間見えている気がした。


「ハルさん、今すぐに選んでください。この大陸を守りにいくか、それとも今からすぐに世界亀(ワールドタートル)を討伐しにいくか」


「世界亀は討伐します、ですが、大陸を守るとは?」


 明らかに今、危機的な状況で、時間がないことは分かっていたがそれでもエルノクスもハルに説明の義務があると分かったのか、話しを整理して話始めた。


「いいですか、落ち着いて聞いてください。たった数分前、この大陸には今、ハルさんが吹き飛ばした山のように大きな水の線が、大陸の各地に線を引くように伸びていったのを我々ドミナスが観測しました。それも一本や日本ではなく、この大陸を覆い尽くすほど線がです。それにより、ここ西部だけでなく、中央部、東部、南部すべての地域で甚大な被害が観測され、それは今現在も進行中とのことです」


「はぁ?」


 思わずハルの口から間の抜けた声が出た。

 ルノクスが何を言っているのかハルには、到底理解が追い付かなかった。だが、それは当然だ。気が付いたら大陸全土が水の線を引かれたことで壊滅しました。それもたった数分の出来事ですでは、いくらハルだとしても、開いた口が塞がらなかった。


「だから、ハルさん、今すぐご決断を…」


 エルノクスがそう言いかけた時、遅れてアシュカ、エンキウ、ドロシーの三人が瞬間移動で同時に飛んで来た。


「ノクス、今のって…」


「あれって、なに…魔法なの……」


 エンキウ、ドロシーの二人ですら今起こったことの意味が分からず、困惑している様子だった。


「ハル……あの………」


 そして、アシュカは進んでハルの元に歩いて行く。だが、その時のハルはすでに戦闘態勢に入っており、並々ならぬ殺気を放って、アシュカでさえも気軽に声を掛けることができなかった。

 その殺気は、ハルの自分の不甲斐なさと、おそらく実際に怒ってしまているであろう悲劇を防げなかった自分への怒りでもあった。


「エルノクスさん」


「なんですか?」


「俺は世界亀を討伐して来ます。大陸のことはドミナスであるあなた方に任せてもいいでしょうか?」


 エルノクスはハルのその言葉の返答に詰まった。


「正直、我々も今何が起きているか分からない以上は……いや、全力を尽くします」


 エルノクスがそう言うと、ハルはアシュカの方を向いて笑顔を見せた。


「アシュカ」


「はい…」


「アシュカも手伝って欲しい、今、この大陸が危機に瀕してるみたいなんだ。君の力が必要だ」


「うん」


「任せてもいいかな?」


「うんうん、まかせて、私、頑張るよ、ハルの為にこの大陸を守るよ」


「ありがとう、だけどハルも無理はしないで…」


 ハルが刀を砂浜に突き刺すと、アシュカを軽く屈ませて彼女の頬に手を当て口づけをした。


「アシュカも、絶対に死なないでよ?」


 そういうと、ハルはアシュカに言った。


「コア、今度はちゃんと割るんだよ」


「うん」


 アシュカが素直に頷くと、ハルは次に傍にいたルナ相手に腰を下ろした。


「ルナ」


「はい…」


 ルナも戦闘態勢に入ったハルを見て緊張していた。いつも優しく包容力があるが、戦う時のハルの変わりようは、いつだって一緒にいると怖さすら感じるほどだが、そんな彼から優しい言葉が贈られるとルナは自分は特別なんだなと、こんな状況でも喜びを感じていた。


「ルナにもエレメイにも渡しておく、二人は安全な場所にエルノクスさんたちに連れていってもらって、おそらく地上がダメなら、地下が安全だから、イゼキアの地下施設に、いいね?」


「うん、わかった」


「エレメイのこと、それとライキルたちのことも見ていてあげて、彼女たちは誰かが守ってあげておかないと、正直神獣のような脅威には勝てないから…」


「まかせて、彼女たちのことは私が命に代えても守るから」


「うん、だけどルナの命も大事にしてよ?俺は、誰かが欠けるのは嫌だからね…」


 すると、そこで砦の方から、ルナの部下であるホーテン家のフレイたちが駆け付けて来ていた。状況が読み込めない彼女たちが、ルナの元に駆け寄る。その中のフレイの名をハルが呼んだ。


「フレイ」


「は、はい!!」


 彼女もルナやアシュカと同じように、ハルの変わりように驚き背筋を伸ばしていた。


「ルナのことを頼む、それと、エルノクスさん」


「何かな?」


 エルノクスがハルの顔を見た。


「みんなのこと頼みます」


「ええ、もちろんです。さあ、ハルさん時間がありません。私の部下を案内役としてついて行かせますので、世界亀のほう頼みましたよ」


 それからハルはすぐにいつのまにか傍にいた、エルノクスの直属の部下のミカヅチの瞬間移動で飛ぶのだった。


「さあ、皆さん、手痛い、不意打ちをくらいましたが、ここからが粘りどころです。始まってしまったからには、やるしかありません。世界亀の方は、ハルさんが討伐してくれるので我々は我々のできることをしましょう!」


「ハッ!!!」


 エルノクスの命を受けたが、すぐに戻って来ていたドミナスの兵士たちが、綺麗にそろった返事をしていた。


 砂浜に残ったエルノクスたちはすぐに、この大陸を守るために行動を開始するのだった。


 しかし、前を向き希望を追い求めるには、大陸を襲っていた絶望の根は深いものだと、この時の彼らもまだ知る由もなかった。


 だが、そんな絶望を前にしても、まだ、ひとり砂浜を駆ける者がいた。


「行っちゃったか…」


 編み込まれた金髪の髪を風に揺らす、ヒスイ色の瞳をした、人族とたいして変わらない背で、金色、赤色、青色の三つのピアスを尖った左耳にしているエルフがいた。


「これも彼が仕組んだことだというなら、いったいどこまで彼はこの現状を掌握しているんだ…いや、今は急いで追いつかないと」


 そのエルフは、砂浜から海の上へと足を踏み入れると、そのまま、荒れ狂う波の中に消えていった。

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