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神獣討伐 静かなる海

 ***


 エルノクスに呼ばれて聞かされた話は、たいしたことではなかった。


 ***


 エルノクスの執務室に呼ばれたハルは高級なソファーに座り、目の前のテーブルにはいい匂いの紅茶と軽い朝食が用意されていた。


「寝ずの番、ありがとうございます。しかし、作戦当日までに体調不良で不参加だけは勘弁してくださいよ?」


「アハハハ…大丈夫です。健康だけは昔から取り柄なんで」


 最初は些細な雑談から始まり、ライキルたちがいるイゼキアの近況報告をされた。イゼキアにはすでに九割の人が戻り、王都の復興も中流階級の貴族たちが金を出すことが決まり、破壊された王城の建設の準備もすでに始まっているとのことだった。

 ただし、現在失踪中の王族たちの行方は不明で、ドミナスの方でもこの四大神獣討伐作戦が終わり次第、本格的に調査を始めるとのことだった。きっと彼等にとっては、王が不在の方が何かと都合がいいのだろう。もしかしたら、王族を見つけ次第始末する可能性もあった。だから、ハルが首をすげ替える気ですか?と問うと、エルノクスは「あの街にはもうそんな価値はありませんよ」と軽くあしらわれた。エルノクスはいわく、この大陸に関してはもう、ドミナスが深く介入するつもりはないようだった。


「この大陸の命運は、この国の人々の自然な流れに任せることにしたんです。イレギュラーは排除される。かつては私たちがそのイレギュラーでした。ただ、対抗勢力は必ず現れるので、私たちはあまり表舞台に干渉しないようにしているんです。それでも、まあ、私たちは必要悪として地下に根を張るつもりではいますが、過干渉はもうしません。経過観察は続けますがね。なにせ、あなたのようなイレギュラーがいると、自然な流れどころじゃないですからね」


「俺が異物ってことですか?」


「おや、自覚がなかったんですか?四大神獣を葬れる法外な力を有しておきながら、自分は周りとは同じだと?」


「いや、すみません、仰る通りです」


「冗談ですよ、あなたはイレギュラーかもしれませんが、我々のように悪ではない。過度な正義、主張を掲げないどころか、やっていることは本当に人類の敵の排除だ。素晴らしいと思います。あなたが一番この大陸に平穏をもたらしている」


 彼の言ったことを少しだけハルは訂正した。


「いや、俺だって悪人ですよ、己が正義のためにたくさん人を殺しました。いくらこの大陸から人類の敵を排除したとしても、善人ではありません」


 エルノクスが小さく笑った。


「ハルさん、人は皆、元から悪人です。無理に善人である必要はないんですよ」


 その考え方は前にもどこかで言われたことがあったような気がしたが、上手く思い出せなかった。それでもハルはその考えに少なからず反骨精神を持っていた。自分が善人でもないくせにだ。


「そうでしょうか?そうなると世の中はますます混乱するばかりになりませんか?平和がいつまで経っても訪れない。違いますか?」


 ソファーに座っていたハルを見下ろすように、執務室のエルフ用の大きな椅子に腰を下ろしていた彼はニコニコと笑みを浮かべながら余裕そうに答える。


「平和の実現は、次の争いの大地に種をまいているようなものです。何事もこの世は循環しているのでしょう。かつて悪かったものも時が経てばマシになり、善い者も時が経てば古びて悪にもなるかもしれない。人も物も常に流れの中にいる以上、変り続けているんです。ハルさんは人を殺したことを悩んでいるようですね?それはマシだったものが少し悪くなっただけで、最悪ではありません。あなたは依然としてこの大陸を救う英雄です。あなたの善に向かう清らかな心は依然として穢れてなどいないということです」


「それは…なんていうか、この大陸を救えば、人殺しが許されるって言っているようなものじゃないですか?」


「あなたを許さない人もいるでしょう、例えば殺された身内などはあなたのことを一生許さないでしょうね。ですが、だからといって、あなたはこの変わりゆく世界に生きている。善や悪に染まりながら、それでも生きているんです。それに実際にこの世に罪や罰などはもとから存在してないんです。それは我々人類あるいは大きな枠組みでいうと生命あるものたちがそれが無いと困るから設けたものにすぎません。きっとこの世の果てには、罪や罰も無く、あるとするなら必ずそこには生命、あるいは何か二人以上の同等の存在がいるはずなんです」


 エルノクスのいったことがハルにはおおよそ理解しきれなかったが、何となく気遣われていることだけは分かった。


「まあ、要するに、あなたはこれから自分の罪と思うものと向き合うのも向き合わないものもあなた次第ということです。だって、本来ならあなたのような存在に罰を与えられるものなんていないんですからね」


 エルノクスは終始笑顔で、ハルの顔は深刻そのものだった。


「………」


 短い沈黙の後。


 それは突然の出来事だった。


 外にいるドミナスの兵士に扉を開けられる前に、エルノクスの執務室の三メートル以上はある大きな扉が勢いよく無礼に開かれた。そんな無礼なことをする者など数少ないのだが、扉を開けた者はその数少ない者だった。


「あ、いたいた!」


 部屋に入って来たのは、アシュカだった。


「おはよう、アシュカ」


「おはよう、ハル」


 アシュカは当然のようにハルを抱きかかえると自分の膝の上に乗せて一緒にソファーに座った。ハルもとくにそのことに触れることなく、アシュカに身を委ねる。彼女はハルが気兼ねなくそういった態度を取ってくれるのが嬉しく終始ニヤニヤと嬉しそうだった。


「ふむ、アシュカとハルさんの関係は実に良好なようで安心しました」


「ああ、私とハルは相思相愛で、親子で恋人だからな、そんじゃそこらの薄っぺらい絆じゃないんだ。運命の糸でぐるぐる巻きなのさ、ね、ハル」


 ハルは出された朝食のパンを口にしながら、そうそうと頷いていた。


「ところで、エルノクスさん、ここに呼び出された本当の意図を教えてもらえませんか?」


「ああ、そうでした。つい本題のことを忘れていました。実はこのレゾフロン大陸の各地に配置している魔法の研究チームたちから送られて来た資料にこぞって、マナ場の乱れが観測されていてですね。少しばかりきな臭く感じていたところなんです」


 ハルは魔法を使えないのであまり詳しくはないが、基本的なことは剣聖時代の教育で学ばされていた。魔法学もその中にちゃんと含まれていた。


「それって、誰かがたくさん魔法を使っているってことですか?」


 マナ場が乱れるということはそこに漂っていた地下から湧き出るマナが誰かの魔法によって使われ、その需要に対して、供給が間に合っていないことを示していた。


「まあ、そういうことになります。ただ、マナ場の乱れは、今の時代エーテルが無い分、よく起こることなんですが、タイミングがタイミングなものでしてね…」


「人が多く集まるところならよくある。国家周辺ならなおさら、とくにスフィア王国なんか魔法に長けたエルフたちだらけで、あそこは常にマナ場の乱れがあるって聞くけど、そんなに気になることか?」


 アシュカがそう言うと、エルノクスも少し真面目に手元の上がって来た資料を見ながら返す。


「ええ、それがこの西部だけではなく、中央部に、東部から南部まで、この大陸全体でのマナ場の乱れが観測されたみたいなんですよ…」


「場所は主にどこなんだい?」


「それがですね、人々が住む大都市から、人里はなれた山奥の秘境まで、ありとあらゆるマナが豊富にある場所で規定値以上の乱れを観測したみたいなんです。つまり、おおよそこの大陸に存在するマナ場から平均的に消費されたみたいな痕跡があったというまでの話しで、何とも断定はできないのですが、まあ、そんなマナ場の乱れを観測したので、今後何か世界亀の方でも動きがあるかもしれないので、ハルさんに一報を入れておこうとおもいまして、こうしてお呼びした次第です。ここから何か結論を導き出すのも難しい状況でしてね」


「だろうね、マナ場が不自然に乱れたからと言って、偶然ってことも十分あり得るからな、とくに今の時代は魔法に対して、教養が備わってる。みんなが魔法を自由に使える時代だからね」


 アシュカがハルの頭を撫でながら言った。


「というわけで、ハルさん、話しは以上です。特にこれといって重要な話でもなかったのですが、ハルさんには作戦の要なので、何でも気になったことはお伝えしておこうとおもいましてね」


「ありがとうございます。どんな些細な情報でも回してくれると私も助かります」


「ええ、それでは、明後日の朝はお願いします。明日にはこちらも準備万全で挑めると思うので」


「はい、こちらこそ、当日はよろしくお願いします」


 ハルが用意された朝食を食べ終わると、アシュカと共にエルノクスの執務室を出た。


「そう言えば、ハル」


「なに?」


「さっき、エレメイと喧嘩して、テントを吹き飛ばしてしまったから、新しいテントを用意しないと、湿った砂浜に座ることになる」


「喧嘩?」


「やっぱり、エレメイの傍にはハルがいないとダメみたい。私と二人っきりになると彼女、理性では抑えられないほど凶暴化するみたいだから」


「二人にけがは?」


「それは大丈夫」


「そうか、ごめん、アシュカ…」


「なんでハルが謝るのさ」


「どう考えても責任は俺にある。二人を引き寄せたのも俺なんだから…」


 アシュカが少し楽しそうに笑った。


「フフッ、まあ、確かに私と彼女が同じ男を愛するなんて正直、昔のこと考えたら想像もできない事態で笑っちゃうよ」


「悪いけど、アシュカは部屋にいて欲しい、すぐにまた顔を見せに行くから、今はエレメイの様子を見に行ってくる」


「ハル…」


 そこでアシュカがハルの腕を取った。


「分かってるよ、ちゃんとアシュカの元にも帰って来るから、そう、落ち込まないで、なんだったら、今夜はずっと一緒にいよう」


「うん、それなら、行っていいよ…」


 アシュカが慈愛に満ちた聖母のように微笑む。しかし、その下にはとても欲深い情念が渦巻いているようにも見えた。


「じゃあ、また、後で、すぐ戻って来るから…」


「うん、待ってるから」


 そういうとハルは要塞のロビーから、砂浜が広がる外へと走っていった。


 アシュカは、そんな彼の背中を見送ると、少しだけいじけた。


「私も、エレメイみたいに癇癪を起せばよかったかな…あ、でも、私が起こしたところで、ただのわがまま女か、はあ、私もエレメイみたいな弱者が良かった…、そうしたら、もっとハルに甘やかしてもらえたかな……」


 アシュカはハルが来るまで要塞内にある二階の自室に戻った。


 そして、自室の窓際の椅子に座り外の様子を眺めた。


 ハルが砂浜を歩いて、ルナとエレメイの元に向かっている最中だった。


「いいな、そうやって慰めて貰えて、私も、今夜はハルにたくさん慰めてもらおう…」


 そんなふうに窓の外の静かで穏やかな海が広がる景色をアシュカが見ている時だった。


「…あれ………?」


 その時は突然、なんの前触れもなくやって来た。


 ***


 しかし、エルノクスの話したことは見方によれば、それはとても重要なことであった。

 だが、その視点はやはり神様のように天から見下ろすものにしか気づけないことでもあった。


 最後の神獣討伐が始まる。


 ***

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