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神獣討伐 相容れない存在

 エレメイが目覚めると、そこは小さなテントの奥だった。毛布が掛けられており、冬の終わり際の朝の冷気から身を守ってくれていた。

 そして、目の前には昨夜と変わらないハルの姿があり、彼の隣にはルナというレイドのホーテン家と言われる組織のボスである女性が並んで座って、楽し気に話していた。

 エレメイは、一時期レイド王国に潜伏している期間があり、ルナ・ホーテン・イグニカという女性のことを調べ上げたことがあった。彼女はレイドの裏社会を牛耳っているまさに法の執行人でもあった。レイドの諸外国の裏事情を知る者たちからはレイドには魔物がいるという噂があった。レイドに拠点を置くとたちまちに破壊されるという噂だった。しかし、それは噂でもなんでもなく、事実が広がっただけであった。

破壊者(デストロイヤー)』としてその魔物の名がついていたが、その破壊者は紛れもなく、すぐそこでハルとお喋りをしている綺麗な黒髪に赤い瞳の女性のことで間違いなかった。拠点を跡形もなく破壊しレイドの秩序を守る破壊者は、独立した動きで国家を守るレイドの裏組織ホーテン家のボスが自ら、制裁を加えていたというのが、破壊者の噂の真相でもあった。


 そんな強者である彼女もハルの傍では恋する乙女だ。それは外から見ているだけでも分かる。そして、きっと自分もハルと話しているときは、あんな風に可愛らしい笑顔でできるだけハルに好意を抱かれようと必死なのだろうと思った。


 気配に気づいたのかハルがこちらを向いて、にっこりと嬉しそうに笑った。いい笑顔だった。


「おはよう、エレメイ」


「おはよう…ハル……」


 ハルが振り返って、両膝をつきながらエレメイのもとに来る。


「よく眠れた?」


 前髪を軽く避けてハルがエレメイの顔を良く見えるようにした。

 朝、傍に好きな人がいて、話すだけでこれだけ気分が良くなるとは思ってもみないことだった。


「眠れたけど、ハル、あなたはどうなの…まさか、ずっと見張ってたんじゃないでしょうね?」


「俺も、エレメイが寝た後、少しは寝たから大丈夫だよ」


「そう、ならいんだけど…」


 多分、それは嘘だった。エレメイはすでに何回かハルのそのセリフを聞いていたが、彼が眠っているところなど、この前見たのが初めてだった。でも、ハルがこちらを心配させないようにしてくれているのかな、と思うと何も言えなかった。


 エレメイがハルの身体を這いあがるように掴んで、身体を起こした。ハルの肩ごしから見た先にはルナがおり、目が合った。

 夜のような黒髪に、血に染まったような赤い瞳はやはり、どこか人間離れした美を感じさせた。


「エレメイ」


「なに?」


「俺、今からちょっとエルノクスさんに呼ばれたから、あの要塞に行って来るけど、エレメイはどうする?ルナはここに残るって言ってるけど」


 エレメイがそっとまたハルの肩越しにルナを見た。彼女は背を向けており、朝に輝く海を眺めていた。


 エレメイからすれば彼女の戦力はさして気にするほどでもなかったが、それでも、彼女の強さは現代の剣聖に並ぶかそれ以上の実力者だとも言えた。裏組織であればあるほど実戦経験はいくらでも積める。国家の裏で任務に従事している者たちが強者なのはそういった理由もあった。


「それなら、私も彼女と留守番してる」


「わかった、それじゃあ、行ってくるから」


 ハルがエレメイの頬に軽く口づけをした。エレメイは顔を赤らめていたが、ハルがルナにも同じように言ってくると声を掛けて、頬に軽く口づけをしていると、これが自然なんだと、内心はしゃいでいた。


「できれば早く戻って来てね…」


 エレメイがテントから去り際のハルにそう言うと、分かったと言って彼は言ってしまった。


 エレメイとルナが狭いテントで、二人だけになると、しばらくの間沈黙が続いた。


 エレメイがしばらくテントの入り口付近で静かに海を見ているルナの背中を見ていると、突然彼女が振り向いて来た。エレメイは、ルナという女性がどいう女性なのかあれこれ考えているところの急な行動だったので、驚いて肩をびくつかせていた。


「エレメイさんですよね?」


「はい…」


 ぎこちない返事をしたが、自分の方が圧倒的に年上であるはずなのにどこか、このルナという女性には敵わないなと思わされるところがあった。それは貴族のように気品に満ち溢れていたことが起因していたのかもしれない。

 ハルを挟まないだけで、こんなにも人が変るものなのかと、思った。


「少し、あなたに聞きたいことがあったのですがいいですか?」


「ええ、良いですけど…」


「あなたがレイドを襲撃した時の目的って何だったんですか?」


 口の中が一気に渇いた。代わりに額には汗が噴き出て来た。


「それは…」


「あ、別に私はあなたのこと恨んだり憎んだりしてるわけじゃないんで、気楽に話してください、世間話のようなものです。それにお互いハルの妻としてこの際に親睦を深めたいと思っただけです」


 エレメイは思った。『最初に切り出す話にしては、内容が重く息苦しい』と。


「それならもっと別の話題何てどうですか?」


「私はあなたとこの話がしたいと思ったんです。それに、国を相手にできるほどのあなたの魔法にも興味があります」


 ルナの視線はとても冷たかった。きっと同族に向ける目だとエレメイは思った。彼女のあの目はライキルたちに向けているところを見たことがなかった。


 それならと、エレメイも心置きなく、化けの皮を剥がすことにした。


「ハルだった」


「ハル…?」


「すべてはハルがレイドにいたことが、私がレイドを三回も襲撃したすべての始まりだった」


「ハルがいたから…」


「そう、私が起こしたレイド襲撃は三回。一回目は、バーストの第二拠点にするためにレイドを襲った。そこであわよくば王を殺して国内の情勢を乱そうとしたんだ。レイドは、昔から他の大国と比較するとドミナスの息があまりかかってなかったから、ちょうどいいと思ったんだ。それにレイドには昔から王家の血筋は関係ないという風習があったからな、確か王位継承戦とかいったやつだ。帝国のように血筋で王を決めない分、レイドにはそういった誰でも国を動かせる王になるチャンスがあった」


 レイドの法には昔から隙があることを知っていた。歴史から来る伝統ではあったが、国のトップを武力で決めるというのはいささか野蛮だった。


「王都を襲撃し、情勢を乱し、頭をすげ替える。簡単だったよ、イレギュラーがなければね…」


「あなたはレイドという国を手中に収めて何をしようとしていたんですか?」


 その問いにエレメイは退屈そうに答えた。


「単に組織の力の増強だよ」


 そう、エレメイが最初にレイドを襲撃したのは、国を手中にするための下準備に過ぎなかった。


「私の相手はドミナスだったからとにかく力が必要だった。それも単に軍事力だけじゃなく、経済力、文化力、技術力、政治力、自然資源、立地条件、国民性に、人材なんかの、組織力の高い、国という規模ほどの組織が欲しかったんだよ」


「そう、じゃあ、あなたはドミナスに対抗する組織を作るために、何度もレイドを襲撃したということなのね?ただ、それがハルに邪魔されて失敗に終わったと」


「いや、私の計画は半分成功したと言っていい、なにせ、あのハルを手元においたんだからな…」


 エレメイの味方にハルがいるこれは紛れもない事実だった。


「手元に置かれたの間違いじゃなくて?」


「………」


 エレメイも確かにそうだと思ったので、ルナの棘のある言い方に反論はしなかった。


「まあ、話しを戻して、もう少し経緯を話すと一回目は、確かにレイドの国内情勢を悪化させるのが目的で襲撃をした」


 国が変る時、それはいつだって国勢が乱れている時だった。誰もが国が平和で満ちていれば、革命を起こそうというものはまずいない。そのバランスを崩すために襲撃は必要だった。


「だけど、そこでハルに初めて出会った。それがすべての始まりだった」


 エレメイが、レイド王国を襲撃するにあたってのイレギュラーはどう考えてもハルの存在だった。


「まさか、一度目の襲撃が失敗に終わるなんて思わなかった…本当にハルは凄いよ、彼一人で私の計画がすべて狂わされたんだからね…」


 エレメイが、ハルを称賛するが、その後ろでルナは平然とした起伏の無い表情で言った。


「あの時、私もいてあなたが襲撃の際に使った神獣に殺されかけました」


「え、ああ、それは…なんていうか……私が全面的に悪い…というか……」


 エレメイの謝罪に一切耳を貸さないルナが意気揚々と語る。


「けれど、その時、私もそこでハルに出会ったんです。彼は紛れもなく私の闇を照らす光でした。あの光景は今でも忘れません。彼は私の命の恩人であり、最愛の人なんです」


「そう、なんだ…」


 急に饒舌に話始めたルナの目は軽く狂っていた。


「やはり、あなたが私とハルを引き合わせてくれた。まさに恋の仲介人だったんですね。この度は本当に私とハルを引き合わせてくれてありがとうございました。おかげで私は今、最高の幸せを手にできています!」


 ルナが急にエレメイの手を握った。


「あなたも、ハルに愛されるべき存在で間違いないと思います」


「あ、ああ、分かってるけど……」


 エレメイから見てもルナは美人だった。顔を近づけられて分かるが、肌に一切傷が無く陶器のように透き通っていた。戦いを潜り抜けて来た猛者の肌ではないのだ。


「エレメイさん、それでは続きお願いします」


「え、ああ、うん」


 エレメイはルナの挙動に戸惑いながらも続きを話した。


「二回目の襲撃は、完全にハルの実力を測るのが目的だった。その前に私はステラとしてレイド王国に潜伏して、ハルの近辺を調査してたんだけど、思ったよりもハルと接触してるうちに仲良くなっちゃって」


「ステラ?あの雌の子供がエレメイ様だったんですか?」


「え、知ってたの?」


「ええ、ハルの周りをウロチョロしてるガキがいたなと思って」


「ハハハッ……そう、ちょっと私の魔法で肉体を改造して姿を変えてたんだ…」


 あの時、あまり深くハルという人物に関わらなくて良かったと思った。行くところまでいっていたら、二重尾行されていたルナに消されていたかもしれないと思うと、少しだけエレメイは今ぞっとしていた。


「それで、まあ、仲良くはなったんだけど、私もドミナスやバーストのことがあったから、いつかはイゼキアに帰らなくちゃいけなくて、まあそれで二回目の襲撃の時、ハルの実力を測るのと同時に、ステラの役は終わったから、私、ハルの前で死んで見せたんだよ、そしたら、まあ、ハル凄い泣いてくれて…」


 今思えば、エレメイはステラでいた時、ハルのことを俯瞰的に見ることができていたが、今はとてもじゃないがそうはいかない。恋は盲目完全に、ステラの時のような他人行儀な目でハルのことは見れなくなっていた。


「それで、まあ、ハル、私が神獣に殺されちゃったから、四大神獣討伐まで始めちゃって…」


 エレメイは少しだけ自分のためにハルが、そこまで動いてくれたという事実を思い返して頬を赤らめていた。


「私、もしかしたら、あの時から、ハルと結ばれていたんじゃないかって、今になって思うと、こうして結ばれたことは運命だったんだなって思って……」


「よくそんなことが平気で言えるね」


 その時テントの入り口に、顔を横にして二人を覗いていたアシュカの姿があった。

 突如、小さなテントはエレメイの身体から生成された肉によって跡形もなくはじけ飛んだ。


 その中心には、ルナを守るように庇っていたエレメイの姿があった。


「おいおい、私を殺す気か?私を殺したらハルが黙ってないぞ?」


 少し離れた場所に、二メートル越えの紅いエルフが立っていた。海を背に、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。


「アシュカ、何しに来た…」


 エレメイは、肉の地面から生えた肉の触手をうねらせながら、アシュカを睨みつけていた。


「君が私のことを憎んでいるのは当然だけど、そうやって癇癪を起して暴れるの良くないと思うけど?」


「黙れ、私たちに近づくな!!!」


「ハルがいないとこれか…まあ、予想はしていたけど、エレメイ、君は今すぐその触手を降ろすべきだ。私は別に君たちに危害を加えに来たわけじゃない」


「じゃあ、何しに来た!!」


 エレメイが興奮状態で吠えるが、アシュカは呆れた顔で言い返す。


「ハルに会いに来ただけだ」


「嘘つけ…」


「ハハッ、嘘なわけあるか」


 アシュカは呆れた顔をしていた。


 そこでこの争いに意味が無いと分かっていたルナが、エレメイの元から離れ二人の仲介役に入った。


「エレメイさん、落ち着いてください。アシュカさんの言っていることは本当ですよ」


「いや、ルナは、あいつのことを知らないからそう言えるんだ。隙を見て私を殺そうとしてるんだ……」


 エレメイの目は完全に怯え切っていた。ハルが傍にいないことで完全に不安定になっていた。

 しかし、混乱しているのはエレメイだけで、アシュカとルナは極めて冷静だった。


「私が悪かった、驚かせてしまったのは確かに私だ。砦に戻るとするよ、ところでルナさん、ハルはどこにいるか知っているかな?」


「ハルなら、エルノクスさんに呼ばれたって、砦に行きましたよ」


「ありがとう、悪いけど、彼女のこと頼めるかな?私、昨日の夜、ハルに会ってないから会いたくなっちゃってさ…」


「気持ち、分かります。それなら、私に任せてください」


「ありがとう、後でルナさんには何かお詫びをします」


「いえ、そんな、いいです。それより、早くハルのところに行ってあげてください、彼女の怒りも収まらなそうなので…」


 エレメイは今に肉の触手をこちらに伸ばし攻撃して来そうだった。


「悪いね、私と彼女との間に何があったのかは、彼女の口から聞くといい、こればっかしはどうしようもないことだけど、私と彼女には深い溝があるんだ。ルナさんたちにも私とエレメイの関係を知ってもらっておく必要はあると思うからね」


 それだけ言うと、アシュカは瞬間移動でその場から離脱していた。


「どこに行った!!」


 エレメイは血なまこになって辺りを見回しながら叫んでいた。


 そんな彼女にルナは堂々とまっすぐ歩いて行くと、エレメイのことを抱きしめた。


「エレメイさん」


 ルナのことは視界に入っていたが見えていなかった。それでも攻撃をしてこないということは傷つけてはいけないという認識があるのだろうと勝手にルナは判断した。


「少し痛くしますよ」


 そして、そのまま、ルナは得意の体術でエレメイのことを地面に叩きつけると、彼女のことを気絶させていた。


「白魔法は使えるので安心してください」


 ルナは気を失ったエレメイを膝に乗せた。


「あとで教えてくださいね、二人に何があったのか」


 そうやってルナは、彼女が目覚めるまで不気味なほど静かな海をずっと眺めているのだった。

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