神獣討伐 寝ずの番
「彼女はもう寝た?」
ルナが眠ったところでハルの後ろからエレメイが姿を現す。
「起きてたんだ?」
「うん、ここだとあまり寝付けなくて…」
ハルたちが今いるのは、浜辺に敷かれただけのテントで寝心地も良くなかった。
「要塞に部屋があるから、そこを使ったら?エルノクスさんに言って部屋を借りてこようか?」
「ハルは私をあんな敵地のど真ん中にひとり置いていくんだ」
「敵ね…エレメイにとってはそうか…」
エレメイはドミナスに命を狙われていた。とある人物の魔法で身を隠し、ずっと力を蓄えて、生き延びていた。しかし、それもハルが仲介役に入ることでドミナスはエレメイに手が出せず、その反対もまたしかりであった。
「私は、きっと、一生ドミナスのことは許せない。私から大切な人たちを奪った奴らだから、とくにアシュカのことは、本当は憎くて仕方ない…」
エレメイがうつむき野犬のように歯ぎしりをする。けれどすぐに顔を上げるとそこには驚くことに聖女のような清らかな娘の顔があった。
「だけど、ハルのことだけは信じられる。信じられるんだけど…」
そこでエレメイが少しだけ言葉に詰まった。
「…だけど、ハルは、ライキルのためなら私のことを裏切るって、さっき言ってたよね…」
「さっきの話し聞いていたんだ」
ルナとの会話は、後ろで寝たふりをしていたエレメイには筒抜けのようだった。
「ねえ、ハル、私がライキルよりも優先されることは、この先もないのかな…なんていうか図々しいっていうか、後から来た私が言うのはあれなんだけど……」
ハルがそこで膝の上で眠っていたルナをそっと地面に寝かせると、エレメイの方に座ったまま向き直った。そして、まっすぐ彼女の目を見て言った。
「エレメイは俺にどうして欲しい?」
聞くことが大切だった。ハルは一人しかいない。だから、ハルの女性のひとり、ひとり意見を丁寧に聞いて対応していくしかなかった。ハルにとってはもうみんな大事な人で、選べないのだ。それでも、選ぶということになれば必ずハルの選択肢にはライキルという女性が出て来るのは仕方のないことだった。
「私は……私のことをもっとよく見て欲しい。私のことをもっとよく知って欲しい、私もハルのことをもっとたくさん知るから、いつか私もライキルみたいにあなたの深い愛情で愛して欲しい…ようやく、見つけた私の愛だから、私もあなたに溺れたい…」
エレメイが聖女のように手を軽く胸の前で合わせていた。
「もしあれだったら話し方も聖女っぽくします。性格もおしとやかにします。ハルが思う理想の女性になって見せます。それくらい私もあなたに本気なんです」
エレメイが膝の上にあったハルの両手を握り、精一杯懇願するような目でハルのことを見つめていた。
「別に心配しなくても俺は、エレメイのことも好きだよ、だけど、それと同じくらいここにいるルナも、君が憎いと思っているアシュカのことも好きだ。大切にしたいと思ってる」
「私は、できれば、アシュカとも関わって欲しくないと思ってるけど…」
「エレメイ、君の話しを聞いていれば、そう思うのは当然だよね。だけど、もう愛してしまったから、後戻りはできない。俺はエレメイの為にアシュカを嫌いになれないし、アシュカのためにエレメイのことを裏切ることもできない」
エレメイとアシュカが相容れない存在だということはよくわかっていた。それでも、ハルは二人のことを受け入れた。そこで二人が仲良くなって貰うつもりもない。ただ、二人にはハルがいる。それだけが事実でもう変えようの無い結末だった。
それに、双方ハルに入れ込んでしまっている。そして、またハルも二人のことを受け入れた。時間が経てば経つほど離れられなくなり、すでに、どちらも、何があってもハルという存在から受け取る愛を得なければ物足りなくなっていた。それはハルがただものではない何かを秘めているからなのか?彼からもらった刺激はエレメイのことも、アシュカのことも精神的にも肉体的にも、骨抜きにしてしまった。
一度溺れたハルという欲から二人が逃れることが極めて難しくもなっていた。
だからこそ、エレメイは悔やんでもいた。
「俺は二人にとっての鎖みたいなものだね。外すのは自由だけど…いや、まあ、俺はどっちにもこれから先もずっとその鎖を繋いでおいてもらいたいと思ってはいるけど…」
やはりハルは二人のどちらかを選ぶことはできなかった。
「私も、その鎖を自ら外す気なんてない。だけど、だけどさ…」
エレメイがそこで何か言おうとしたが思いとどまったのか、黙ってしまった。
「うん、ありがとう。だけどエレメイには、そう言った意味ではこれからたくさん苦労を掛けると思う。だけど、安心して、別に無理して一緒に暮らせなんて言わない、そこはもう考えてある」
「それって、私たちを別居させるってことでしょ?」
薄々エレメイも感じていたようだった。ハルが突然みんなをバラバラの部屋に移したことを疑問に思っていたようだった。
「それが一番いいと思った。エレメイにとっても、アシュカにとっても…」
「私は賛成だけど、ライキルとかはいいって言うの?ライキルは、ハルとの時間が奪われるの嫌ってるはずなんだけど?」
「ライキルは賛成してくれた」
半ば強引だったが、ライキルからの許可は得ていた。ライキルを中心に考えてしまうハルからすればライキルの許可が絶対でもあった。
「そう、ライキルがいいって言うならいいんだけど…」
その時のエレメイの顔にはどこかうっすらとした笑みがあったが、彼女はこちらに悟られまいとすぐに隠していた。
それから、しばらく、ハルはエレメイを膝の上に乗せながら、寝ずの番をしていると、彼女が言った。
「ハル」
「なに?」
「死なないでよ?」
エレメイはハルのことを心配していた。それは当然ハルはエレメイにとって命綱でもあった。ハルがいなくなれば、ハルとドミナスとの間の友好関係も消え、そうなるとエレメイの立場も危うくなる。
しかし、彼女はそれだけじゃないようだった。
小さなテントの入り口の前に座る二人は、星が輝く夜空を見上げる。
エレメイの手はハルの手の上に重ねられていた。
その手は温かく、彼女にもちゃんと人としてのぬくもりが残っていた。
「死なないよ」
ハルがそう言うと彼女は安心したようにハルの肩に頭を傾け目を閉じた。
「もう寝る…」
「おやすみ、エレメイ」
「おやすみ、ハルも寝なよ……」
エレメイが睡魔に負けて夢の中にダイブする。
ハルは再び孤独になった。
夜空の星がただひたすらに美しく輝いている。
視線を夜空から夜の海へと向けた。
波は穏やかに揺れていた。これから、争いがあるなど微塵も感じさせない穏やかな海だった。
そして、結局ハルは一睡もせずに夜を明かした。