神獣討伐 夜にきらめく月
夜。星々が煌めく中、ハルは、砂浜に簡易的なテントを張り、その中にいた。みすぼらしいテントで風が吹けば飛ばされてしまう。おまけに、周りにはハルのテントがポツンとあるだけで、後は何もない。ハルのいる小さなテントの背後では、ドミナスが魔法で建てたのであろう立派な要塞があった。
最初は、ハルにも立派な部屋が用意されたが、あくまでみんなを守る盾として作戦開始までの三日間は、みんなの前で海を見張ることにした。不意を打たれてみんな死んでましたでは、立つ瀬がない。
そして、何より、ハルがこの浜に来てからやけに嫌な気配が漂い続けていた。それが拭い去れないことからも、寝ずの番をすると決めた。
眠らいないことには慣れている。いつからか自分は眠らなくても生きていけるのだと、気づいた時から、眠れなくなることが多くなった。必要じゃないと分かった途端身体はその行為を止めるものだとは思うが、眠らなくなった自分のことが、それは人としてどうなのだろうかと、ハルは不安に思うこともあった。
そして、夜は常に長く、ハルと共にあった。
夜の海を見ていると、なぜか落ち着いた。それはずっと波が絶え間なく動いているからだろうか?自分以外にも意識を保ったまま夜を越える存在があると、この世界で自分はひとりじゃないのだと再認識させられる。そうやって切れ目なく日々を過ごしていると、ふと、思うことがあった。それは人の寝顔を見るたびに思うことだった。人の寝顔からはどうしても死を連想してしまう。眠ることが少ないハルにとって、人の寝顔がときおり死人のように思えてしまうことがあった。
ライキルの寝顔などがそう見えてしまった時などは、ついつい起こしてしまうこともあった。悪いとは思っていても、夜がハルを不安にさせるのか、夜、ハルはみんなに囲まれていても孤独であった。
砂浜を歩く足音がした。こちらに向かってくるのかその足音はどんどん大きくなっていった。
「こんばんは、ハル…」
「ルナ」
そこにはどこかよそよそしいルナ・ホーテン・イグニカの姿があった。
「こんな遅い時間にどうしたの?」
「えっと、まあ、なかなか寝付けなくて…」
「そうか、おいで」
ハルに手招きされた、ルナは小さな笑みをこぼし、ハルの胸へとダイブした。
「ごめんなさい、今日は私の日じゃないのに…」
「もう、日付は変わったからいいんじゃない?それに、今は別に気にしなくていいよ」
ハルがいたテントの中には、後ろでエレメイが眠っていた。彼女はドミナスが取り仕切る場所では気が休まらないと、常にハルの傍にいた。彼女にとってハルだけが心の支えだった。
そんな彼女をハルも片時も離さず傍に居させた。エウスのことがあったが、ハルにとってエレメイという女性が大切なことに変わりはなかった。
ハルはルナを膝の上に乗せると、一緒に夜空の月を見上げた。
「ハル」
「なに?」
「私、これからもハルの傍にいていいんだよね?」
「うん、もちろん、傍にいてくれたら俺はとっても嬉しいよ」
ハルはルナを逃がさないように、後ろからぎゅっと抱きしめると、彼女もその圧に嬉しそうにして、ハルに安心して寄りかかる。
「私ね、ハルが急にみんなを分けちゃったから、もしかしたら、このまま捨てられるんじゃないかって思ったの」
「そんなこと絶対にしないよ」
「そうかな、ハルは、ライキルのためなら何だってするでしょ?私たちだって平気で裏切る違うかしら?」
ルナが意地悪そうに笑いながらハルを見上げる。
「そうだね…」
「否定はしないのね?」
「多分、俺はルナが思っているような善人じゃないからね…平気で人を裏切るよ……」
実際にハルは平気で親友のことを裏切っていた。気づかぬうちに、気づくべきだったのに。
「そっか、まあ、別にハルに裏切られたところで私には関係なんだけどね」
「どうして?」
「私はもうあなたを追いかけるしかないから、私の人生はもうハルしかありえないのよ、分かるでしょ?この半年ぐらいで私がどれくらい重い女かっていうのが、身に染みてるんじゃない?」
「うん、ルナのそういうところ嬉しいし、俺も好きだな…」
ハルは嬉しそうに微笑みながら頷いた。
「ハルって、男は本当にずるいと思う。そうやって、私みたいな女にたくさん幸せを振りまいて、最後はみんなを不幸にするんだ」
「だけど、ルナは傍にいてくれるんでしょ?」
「そうだけど…、ハル、最低、でも、好き……」
「矛盾してない?」
「してないわよ、最低だろうが私はあなたのことが好きなの。ていうか、そのほらハルはとっても優しいから、私みたいな日影の者も照らしてくれるから…すき……ねえ、だから、本当に捨てないでよ…私、ハルのこと好きだけど、嫌われたら名にするか分からないかも…ハルのこと殺しちゃうかも……」
ルナは自分が影の者だということを十分理解しているようだったが、彼女はすでに人を容易に殺せるような精神状態ではなく、日に日に裏側の世界から表の世界へと飛び立とうとしていた。だから、こうして冗談も言えるようになっていた。
「ルナに俺が殺せるの?」
「頑張ってみる」
「そんなこと頑張んないでよ」
「フフッ、そうね」
話していると、ルナの方がだんだんと眠くなっていた。そこで、彼女が言った。
「ハル、そういえばどうして私までここに呼んだの?私、多分ここに居ても戦えないよ…」
「ああ、その、ルナに関して言えば、ここに連れてこれるような人だったから、ついて来て欲しかっただけ」
「え?」
「だから、本当はライキルとかも連れて来たかったけど、多分、巻き添えくらったら、彼女たちは死ぬ…」
「私は死んでもいいってわけ?」
「ルナの転生魔法はたぶん、このドミナスの中でも屈指の強さだと思う。魔法が使えない状況でも、危機を逃れられると思ったんだ」
ルナがまたしても首を傾げる。
「でも、そしたら、そもそも、私もライキルたちとお留守番で良かったんじゃない?私のこと大切に思ってるなら、そもそも、私みたいな戦えなくなった役立たずいる意味ないよ……」
「いや、だから、戦えなくても自分の身は守れるでしょ…」
「そうだけど、私、今、血見るだけでダメなんだけど?」
「えっと、なんていえばいいのかな…」
ハルは戸惑いながら、ルナに伝えたいことを形にしようとしていた。
「好きだから、ルナのこと…そうだから、好きな人にはできれば傍にいて欲しくて…だから、無理やりついて来てもらったみたいな…」
そこでルナがハルが伝えたい気持ちを察したのか、心のそこから嬉しそうに笑ったあと、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「え、待て、そういうこと?それはめちゃくちゃ嬉しいけど、あれだよね、死んでもいい奴だけど好きだから連れて来たってことでしょ?」
「あの、言い方…いや、でも、そう捉えられても仕方ないけど…」
「でも、嬉しいな、ハルは私に傍にいて欲しいから、何の意味もない私をここに連れて来てくれたんだ」
「まあ、何かあってもルナなら大丈夫でしょ…」
「あたりまえじゃない!」
ルナは今、戦えるような精神状態にない。それでは死地に彼女を無理やり連れて来たようなもので、けれど、それでも、ハルは少しでも傍に居られるなら傍にいて欲しかった。ライキルたちを連れて来ても良かったが、彼女たちはハルが近くにいるとハルの為に何をしでかすか分からない。そんな彼女たちは物理的に遠くに置いておくことで、安全を確保したつもりだった。だが、ルナに関して言えば、完全にハルの私用でここに居てもらっていた。もちろん、レイドの裏組織としてドミナスとの交流を深めるねらいもあったが、そんなのこんな時じゃなくてもいいのだ。
ただ、身を守る手段があって、下手に暴走しない、彼女に傍にいてもらいたいと思ったからハルは彼女を連れ出していた。
それに今回の神獣討伐に関しても、ハルは一切の頭数を必要としていなかった。
「ねえ、確認なんだけど、ハルは私に傍にいて欲しいからここに呼んでくれたんだよね?」
「だから、そうだって」
「最高、結婚して」
「もう、してるでしょ」
「本当だ。超最高」
その後もルナが照れるハルにダルがらみをして来るが、いつしか、重たい瞼に逆らえずにルナはハルの膝の上で眠っていた。そして、選手交代するかのようにエレメイがハルの背中にすり寄って来るのだった。