早朝のお茶会
ハルはベットから飛び起きた。目の前に広がっていたのは、いつもの古城アイビーにあるハルの自室の風景だった。
「………ハァ、ハァ…」
全身からは嫌な汗が大量に流れ、息が上がっていた。寝たにも関わらず、身体が鉛のように重く、ひどい頭痛がハルを襲っていた。
「ウッ…」
ハルは吐きそうになったが、どうやら胃の中は空っぽのようで何も吐き出さなかった。
「昨日、何喰ったけ…」
そう考えるが昨日の記憶がハルには全くなかった。
ハルはベットの上から降りると重い体を引きずって部屋の外に出た。そこはいつも通りの城の中で、ハルが出た通路は誰もおらず静まりかえっていた。
「今何時だ…」
ハルは城のエントランスに向かう通路を歩きながら横にある窓を見た。外の景色はまだ薄暗く朝が早いということだけは分かった。
ハルがエントランスに着くとやはりそこには誰もいなかった。
「喉が渇いた…」
ハルはそのままエントランスを横切り城の西館にあるキッチンを目指した。
城のキッチンに着くと、そこには早朝にも関わらず食材の皮むきをしている使用人がいた。
「ヒルデさん…仕事中にごめん…」
ハルのその呼びかけに使用人のヒルデ・ユライユは手を止めて声のする方を見た。
「ハルさん、大丈夫ですか!?」
ヒルデが包丁と食材を置いてハルに急いで駆け寄った。ハルの顔は誰から見ても具合の悪そうな顔をしておりヒルデは心配した。
「あの…水ください」
「すぐに用意します」
ヒルデが慌てて水魔法を使って水を出す。彼女の指先からマナによって作られた丸い水の塊が現れコップに入れられた。
ハルが彼女からコップを受け取ってその水を飲み干した。
「ありがとう」
「いえ、それより大丈夫ですか?」
「うん、今の水でだいぶ生き返った」
しかし、ヒルデがハルの顔を見るが良くなったようには見えなかった。
「白魔導士を連れてきますか?」
「ありがとう、でもいいんだ、最近よくあることなんだすぐに治るよ、それよりヒルデさん紅茶を入れてくれないか、今とても紅茶が飲みたいんだ…」
「しかし…」
「頼む…」
「はい、かしこまりました、その代わり、何かあったらすぐに白魔導士を呼びにいきますから」
「ありがとう、ヒルデさん」
ヒルデは彼の体調がとても心配だったが彼の意見を尊重した。そこには何か執念のようなものを感じ、何を言っても今の彼は聞かない気がした。
「紅茶が出来上がるまで、ここにいてください、見えないところで倒れられても困ります」
「わかったよ」
ハルはそこらへんにあった木の椅子に座って紅茶ができるのを待った。
「………」
ヒルデは黙々と紅茶を作ってる間、何度もハルを横目で見て、体調の変化がないか気にかけた。彼は座ってる間、何か考えている様子だった。ヒルデが紅茶を入れ終わるころには彼の顔色は少しづつ良くなっているように見えた。
「できました、どちらでお召し上がりになりますか?」
「そうだな、風にもあたりたいから中庭でいただくよ」
「かしこまりました、それではお持ちいたします」
「あ、あとさ…」
何か言いたそうなハルにヒルデは彼の言葉をジッと待った。
「ヒルデさんもまた一緒にどうかな?」
そのハルのお誘いにヒルデはすぐに落ち着いた声で答えた。
「もちろん喜んで」
「やったー!」
ハルがわざと子供のように喜ぶと。その様子にヒルデの口角が少しだけ上がった。
「それでしたらカップをもう一つ持ってきます」
ヒルデは紅茶のセットを置いて、ティーカップをもう一つ取って来るために食器棚に向かった。そのときハルには見えなかったが彼女はとても悲しい顔をしていた。
ハルと紅茶セット一式を持ったヒルデが中庭に着くと、ハルがテーブルと椅子を二つ持ってきて適当な場所を見つけてそれらを並べた。
ハルとヒルデは、そこで早朝の紅茶を二人で楽しんだ。
「今回で二回目だね朝のお茶会は」
「ええ、そうですね、最初呼び止められたときは驚きましたけど」
ハルは紅茶を飲みながらヒルデのことを見た。
彼女は、長い黒髪を後ろでまとめており、外にあまり出ないのかとても白い肌だった。目はつり目で瞳は薄い青色の瞳が宝石の様に輝いていた。彼女は、いつもは口数が多い方ではなく、表情もあまり動かないため、とてもクールな印象があるが、話してみれば料理が好きな普通の女の子だとハルは感じていた。
「あの時は誰か話し相手が欲しくてね」
「今日もそうなんですね」
ヒルデの鋭い視線からハルは逃れられなかった。
「その通りだね…」
ハルが照れくさそうに笑う。ヒルデはその彼の顔を目に焼き付けるように見た。
「どうした?」
「あ、いえ…なんでもありません」
ヒルデは紅茶を一口飲んだ。
「それよりハルさん白魔導士協会には行ってみましたか?」
「あ、それがさ、最近、夢見てなくてさ、大丈夫かなって思ってたら、今日見てしまった感じで…」
ハルは申し訳なさそうに視線を落としながら言った。
「だからさっきあんなに気分悪そうだったんですか?」
「そういうことになるね」
「今は大丈夫なんですか?」
「今はなんともないよ、おいしい紅茶も飲めたし!」
「それならいいんです…」
彼女はハルのその言葉と彼の顔色を見て少し安心するが、それでも彼女の中の彼へのある心配が消えたわけではなかった。
「そういえばさ、ヒルデさんはこの城の花園に行ったことある?」
ハルが話題を切り替えた。
「ええ、あそこには私の小さいときからの友人がいますから、よく行きますよ」
「え!もしかしてマリーさんのこと!」
ハルの口からマリーの言葉が出てきたことでヒルデは一瞬で理解した。
「ということはもしかして、よく花園に来るようになった男の人ってハルさんのことだったんですか?」
「え、たぶんそうだと思う…俺以外に男性が出入りするのを見たことなかったから」
「やっぱり…」
ヒルデが何かを思い出しながら静かに呟く。
「あれ、でも俺しっかりマリーさんに名前言いましたよ」
「あの子、私にその男の人の名前全然教えてくれなかったんです!なんでだと思いますか!?」
ヒルデの口調が彼女も知らないうちに怒気が含まれていた。
「え、あの、わからないです…」
彼女の凄みにハルの口調も丁寧になっていた。
「ヒルデちゃんには取られたくないって言ってたんですよ、相手はあなた、ハル・シアード・レイ様ですよ、レイドの英雄なんですよ!」
ヒルデの顔はすごい剣幕で怒りの感情がにじみ出ていた。
ハルは苦笑いでヒルデの怒りを受け止めていたが、自分も悪いことに気づき一つ訂正した。
「ヒルデさん、それは俺にも非があります」
「え、絶対、ハルさんには非がないように見えますが?」
ヒルデの冷ややかな目にハルは少し怖気づいてしまう。
「違うんです、俺そういえばマリーさんに名前しか言ってないんです、だから彼女は何にも悪くありません、悪いのは俺なんです!」
ヒルデがそれを聞いて少し納得したのか、怖かった顔もさっきよりは和らいだ。しかし、それでも彼女は居心地が悪そうにムスッとしていた。
「それでもですよ…まったく…あの子は……」
彼女は少し下を向いてぶつぶつ呟くとカップの中の紅茶を飲み干した。
「彼女とは仲がいいんだね」
ハルがヒルデをなだめるように言った。
「ええ、マリーとは小さいころからの仲で、前にも言ったクロル・シャルマンっていう私たちのお姉さん的な人と三人でよく遊んでました」
「たしかそのクロルさんって白魔導士の人だよね?」
「はいそうです、彼女はとてもやさしい方で私もクロル姉さんのことは尊敬しています」
「そっか…いいねそういう関係」
「ハルさんにもいるんじゃないんですか?」
「いるよ、昔からずっと一緒にいる親友が二人」
ハルがそのとき一番嬉しそうに笑う、その笑顔はヒルデの心も動かしてしまうほど、純粋な笑顔だった。
「…………ハッ…」
ヒルデが彼の笑顔に一瞬見惚れていると、すぐに我に返り元の冷静な表情に戻した。
「大丈夫?」
「はい、なんでもありません」
「そっか、それでね…」
ハルは自慢げに二人の親友のことをヒルデに話した。ヒルデもその話を聞いていくと、ハルという人間がその二人のことをとても大切に思っていることが伝わってきた。
それと同時にヒルデはとても悲しい気持ちになった。
『ハルさんは明日…』
ハルとヒルデが話していると、次第に太陽の光が城の中庭に入りはじめ辺りが明るくなってきた。
「あ、ちょっと話しすぎたかな、ごめんヒルデさん」
「いえ、構いませんよ、私の仕事は本当はもっと後ですから」
「それならいいんだけど…」
ハルがヒルデのことを気にかけていると。
「ハルさん!」
ヒルデがハルを見つめて言った。
「どうしたの?」
「私、短い間でしたがハルさんに会えて本当に良かったです」
ハルは急にそんなことを彼女に真面目に言われてびっくりした。
「うん、俺もヒルデさんに会えてよかったよ」
「だから…」
ヒルデは一呼吸おいて息を吸うとハルに言った。
「必ず生きて帰ってきてください!」
「………………!?」
ハルは忘れていたわけではなかった。このときヒルデが言っていることをハルは完全に理解していた。だが、夢を見るとハルはいつも調子が狂った。そして、今日、彼は今までで一番幸せで悲しい夢を見た気がしたことを思い出した。
「………!」
ヒルデが少し俯いた顔を上げるとそこには優しく微笑むハルがいた。
「ありがとう」
ハルは一言ヒルデに言った。
二人の朝の、お茶会はそこで終わった。
そして。
神獣討伐作戦、四大神獣白虎討伐開始日まであと三日。




