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神獣討伐 未知数

 深紅の浜に、建造された要塞の中の作戦室に主要な人物たちが集められていた。主にドミナスのエルノクスに始まり、三大魔女、エンキウ、アシュカ、ドロシー、そして、和国から来たエルノクスの部下であるミカヅチたち、ドミナスの情報部隊のものたちと、ドミナスの兵士たちを取りまとめる上級兵士、それとドミナスと傭兵契約をしているえりすぐりの傭兵たちなど、実に様々なメンバーが揃っていた。

 ハルからは、当然、ライキル、ビナ、ガルナの三人は連れて来ていない。唯一連れて来ていたのが、ルナとフレイのホーテン家からの二人と、エレメイだけだった。


「皆さん、良く集まってくれました。これから我々が討伐すべき世界亀(ワールドタートル)について説明したいと思います。それでは、説明の方をよろしくお願いします」


 エルノクスは挨拶もそこそこにすぐに白衣を着た研究者と立場を譲った。


「それでは私の方から説明させていただきます」


 白衣の男が大きな板に張られた地図に、杖から出る光魔法で線を引きながら説明を始めた。


「まず、世界亀は、ここから五百キロメートルほど離れた海の底にいます。体長は推定五十キロ」


 そこでドミナスの傭兵のひとりが思わず口を挟んだ。


「待て、今、五十キロといったのか?」


「はい、世界亀の体長はおよそ五十キロおそらくもっとあるとは思いますが、我々が海の上からざっと計測しただけですが、間違いなくそれだけの大きさはあります」


「ちょっと待て、そんな化け物を相手にするのか?普通に考えて無理だろそんなの…だってよ、それって普通に島相手に戦うようなもんだぞ?あれ、俺が言っていること何か間違ってるか?」


「ええ、おそらく我々は世界亀を目覚めさせた時点で敗北すると、我々の研究チームでも予測しています。なにせ、それだけ大きな物体が海で活動を始めようものなら、まず巨大な波が大陸に押し寄せるでしょうから、戦うどころの話ではありません」


「マジかよ、それじゃあ、どうやって、その世界亀を倒すんだ?」


「それは、後から私ではなく陛下が説明いたしますが、まず先に世界亀について説明をお聞きください」


 傭兵の男は黙った。彼の疑問は誰もが抱くもので説明の邪魔などではなく、むしろ言いたいことを言ってくれたと、説明を初めて聞いた誰もが思っていることだった。


「世界亀が大陸で見つけられなかったのは、彼が海の底にいたからなのですが、それではどうやって海の底で生きていたのかというと、世界亀はおそらく現在休止期であり、必要最低限のマナを吸収して生存していると考えられています。しかし、その消費マナは莫大で世界亀は海底に存在するひとつのマナ場を丸ごとひとつ使用していると考えられています。例えるなら、イゼキア国内にあるマナ場をすべてたったひとりの生物が独占しているのと同じ状況になります。それも生命維持のためにです。これが何を意味するかというと、まず間違いなく、世界亀の周辺では魔法が使えないということになります。こうなると居場所の特定は魔法ではできず、目視のみとなってしまいます」


 研究者の口から語られる事実だけで、まず間違いなくこの中でそんな化け物に勝てるわけないと確信する者たちが何人かいるようで、その反応は当たり前だった。世界亀の近くでは魔法が使えないなら、どうやって人類は対処すればいいのかと、考えなければならない。そうでなければ、人類は滅亡してしまう。


「待ってくれそれならあんたらはどうやって、その世界亀とやらを見つけ出したんだ?そいつの周りでは魔法が使えないんだろ?」


「いい質問ですね、しかし、それは我々が緑死の湖で見つけた神話級の山蛇がいたことで解決できました。我々はあれから再び緑死の湖に、おもむき、軽い魔法実験をしました。湖の中央でマナを吸収する山蛇に、特殊な魔力を送ったのです。それは極めて単純で無害な魔法で、マナに近い状態の微弱な魔力を流すことでした。そして、その魔力には探知できるように別の魔力も同時にくっ付けて湖に流し込みました。するとどうでしょうか?その魔力を吸収して体内に取り込んでくれた山蛇が繋がっている先まで、その魔力の反応を辿ることができたのです。これにより、その山蛇がどこまで伸びているか知ることができました」


「それで、緑死の湖からこんな離れた場所の海にまで繋がっていたってわけか?」


「はい、その通りです。我々は世界亀と山蛇は繋がっているという仮説を持っていましたから、山蛇の尻尾の先には、彼等の主でマナの供給先である世界亀がいると判断いたしました。そして、実際に、まったくマナが無い海域の海底で、とても大きな魔力反応があることを、発見しました。先ほどもいいましたが規模にしておよそ五十キロメートルまで伸びておりこれが世界亀体長と推測もしています。ですが、凄いのはここからです」


 研究者の世界亀への情熱は熱く、彼の口は止まらない。


「寿命はおそらく我々が想像もできないほどの長寿。千年どころか、何万年、何十万年と生きていたかもしれません。さらにその長い年月をかけて海底のマナ場のマナを吸収し、成長した身体には、想像を超えた量の魔力がため込まれている事でしょう。ああ、一体どんな魔法を見せてくれるのでしょうか?イゼキアに降らせた巨岩も間違いなく、彼の仕業で間違いないでしょう!そんな怪物に抗う我々にできることなど、怯えて逃げ惑うだけでしょう。我々は最古の神獣に喧嘩を売ろうとしているのですから、これは人類史に刻まれる獣と人の大戦争になりますよ!!」


 ひとりみんなの前で興奮気味の研究者の熱を冷ますのはやはり、研究などには疎い傭兵だった。


「そんなことよりも、早く、その世界亀とやらの討伐方法を教えてくれよ、今回はどんな規格外の手段で、ドミナスさんたちは、目標を達成する気なんだ?」


「あなたは世界亀に興味がないのですか?」


「神獣みたいな害獣は狩ってなんぼだろ?これから殺す奴に対して、殺せるだけの必要な情報があればいいんだ。それ以外はすべてゴミだろ」


「あなたは相手を知ることがどれほど重要か理解していないようですね?」


「理解してるから、有用な情報だけさっさと寄こせっていってんだよ、何年生きているとか、私たちがこうやって見つけましたはいらねえ、どんな魔法を使うか?どこが弱点か、どんなことに注意すればいいかだけ、研究者であるあんたの見解を聞かせてくれればいい、みんな、たかがバカデカいだけの亀にそこまで情熱を注いじゃいねぇんだよ」


 ドミナスの傭兵がそこまで言うと、研究者はその傭兵を侮蔑した目で見た後、酷く退屈そうに必要な要点だけをまとめて話始めた。


「世界亀はおそらく超広範囲の魔法で攻撃して来るはずです。イゼキアの王都シーウェーブの上空に現れた巨岩を降らせる魔法。あの規模の攻撃が、絶え間なく来ると予想されます。それと、巨岩に張ってあった結界から、世界亀は自身の身体を強力な結界で防御している可能性も考えられます。あともちろん忘れてはいけないのが、召喚魔法です。世界亀は山蛇を使役していることから、より強力な山蛇を召喚してくる可能性もあります。と、この通り、まず世界亀は人間である我々から見ても規格外すぎて手の出しようがありません。

 そして、なんといっても最大の難点は、世界亀の近くではマナがすべて世界亀に吸われてしまっているので、世界亀の周辺では魔法が使えないということです。これに関してはマナがある場所からの攻撃あるいは、天性魔法の攻撃が有効でしょう。ですが、それと同時に魔法による肉体強化への恩恵がないため、世界亀と戦闘する際は生身で戦うしかありません。これは無謀と言って差し支えないでしょう」


 人類では勝てない相手ですよ、と研究員が説明する。そして、今話していることは想定であり、現実はこれを越えてくるかもしれない。そう考えると、世界亀を討伐しようとする気力さえ無くなり、手を出さない方がいいのではないかとすら思ってしまう。


「じゃあ、俺たちは何をどうしろと?天性魔法だけで、世界亀に突撃しろと?そんなの死に行くようなものなんじゃないのか?さっきの説明だと、相手は魔法を使って来るが、こちらは天性魔法だけで、俺たち傭兵は無駄死にだけはするつもりはないぞ?」


 傭兵たちはドミナスの兵士たちと違い、ドミナスの教育を受けていない。そのため、命を捧げろといって喜んで捧げる者たちではない。従えない命令も彼等にはあった。


「よくもまあ、陛下の前でそんな口を叩けますね?ドミナスの傭兵となったからには、命を捧げてもらう時もあるというのに、お前さんのような傭兵はここで処分しても構わないのだが?陛下、いかがしましょうか?」


 ドミナスの研究者が酷く表情を曇らせ傭兵に眼を飛ばす。その傭兵も負けずと眼を飛ばし返す。

 そして、研究者がエルノクスを横目に見る。エルノクスがその視線に気づくと首を横に振って前に出た。

 するとさすがの傭兵もエルノクスの存在感に圧倒され先ほどまでの威勢は無くなっていた。


「今回世界亀の相手をするのはここに居るハルさんだけで、他の者たちはサポートに回ってもらいます」


「ハル…ちょっと、待て、すると、そこにいる彼がハル・シアード・レイだというのか?」


 傭兵にとってハルを見ることはこれが初めてだったようだ。まあ、レイドに来なければハルを見る機会は今までなかったから当然だろう。


「ええ、彼がレイドの英雄、四大神獣の討伐者で、今回、世界亀を討伐する主戦力になります」


「嘘だろ…始めて見た……こんな若かったのか……」


 威勢の良かった傭兵がハルを見つめながら驚きを露わにしていた。

 驚く傭兵をよそにエルノクスがみんなに説明を始めてた。


「世界亀は先ほど彼から説明もあった通り、我々のような魔法に頼って来た者たちでは刃が絶ちません。最低でもマナ無しで発動できる天性魔法が無ければ太刀打ちできません。だからこそ、我々はハルさんに今回の難しい任務をこなしてもらおうと思っています。我々にできるのはせいぜい彼の周りの環境を整えてあげることだけです。ですので、戦地にはハルさん一人で赴いてもらいます。皆さんには、後で私から上官たちに命令を下すので、それに従ってください。ただ、忘れないで下さい。世界亀の力は未知数、ハルさんでも苦戦するとなると我々の出番もあるかもしれません。それだけは肝に銘じておくようにしておいてください」


 エルノクスがみんなを見渡す。


「なにせ今回の討伐は、この大陸の命運をかけた戦いでもあるからです。ここで我々が負ければおそらく、世界亀が活動期に入り、誰の手にも負えなくなるのは確実です。なぜならここに揃っているメンバーが、人類の最高戦力だからです。我々は勝って、大陸の安寧を取り戻さなくてはなりません。そのために、最後の四大神獣世界亀を討伐するのです」


 エルノクスの言葉に、ドミナスの兵士たちは感極まっていた。


「何が平和だ…」


 エレメイだけが不服そうに、ハルの隣で零していた。


 作戦会議はそれからも数時間ほど続いたが、世界亀という未だに未知の脅威に対して推測の域を出ず、それでも、最初から想定の範囲を広げておくことを目的に会議は進んで行った。


「被害は最小限に抑えたい…」


 戦闘による被害の余波についても議論するべきだと、ハルが発言したが、ドミナスの者たちには渋い顔をされた。結局のところ優先事項は世界亀の討伐であり、その戦いに勝たなければ結局のところ被害は計り知れないものになり、被害を気にして勝率が狭まるなら、世界亀を狩ることだけに焦点を当てるべきだと反対意見は多数だった。


 その点についてはアシュカにも咎められた。


「争いに犠牲はつきものだ」


「それでも、守るべき人たちの安全は確保するべきだ。ここら一帯に避難勧告は出してないのか?」


「ここで行われることは一切の極秘事項として扱われるから、避難勧告もしてない。それに、ここら辺は街も村もほとんどないから、平気だよ」


 前までの自分なら一切の犠牲を出さないことにこだわっていたが、アシュカのその人が少ないから平気という考えに流されてしまう。本来なら完璧に誰一人として民間人が犠牲にならないように避難勧告を出し、安全な場所まで誘導させるのだが、今回主導権がハルではなくドミナス側にあるため、ハルは手出しができなかった。

 声に出して主張することはできた。ただ、ドミナスとハルの価値基準はずれており、人命よりも目標達成に重きを置いているドミナスにハルの声は届かなかった。


「特に今回の件は人類史上おそらく最強の神獣だ。ハル、だって安全かどうか分からないんだ。他の人の心配よりも、自分のことを心配して欲しいよ…」


 アシュカがハルの肩に手を置く。


「そうだね…気遣いありがとう、アシュカ」


 ハルがその方に置かれた手に手を置いた。


「ううん、いいんだ…ハルが無事であればなんだってね…」


 結局のところ、作戦会議として集まっていたが、最後はハルの判断に任せるとエルノクスが言うと、作戦会議はその結論を持って解散となった。

 しかし、それもまた当然で、戦場に行くのは他の誰でもない、ハルただ一人なのだ。最終的な討伐方法の決定はハルに委ねられることになった。それが一番いいかどうかはさておき、相手の実力を測れるのは同じくらいの相手かあるいは格上じゃなければ難しい。適任者はハルを除いて他に誰もいなかった。


 最後にエルノクスがみんなの前でハルにだけ語り掛けた。


「作戦遂行は、今日から数えて三日目の朝でいいですか?少しばかり人員配置やら物資の運搬やらこちらも気休め程度の準備が必要でしてね」


「構いませんよ、俺はいつでも出られるので」


「ありがとうございます。それでは何もなければ三日目の朝に討伐開始で、皆さんもよろしくお願いします」


 ドミナスの兵士たちは敬礼し、会議は幕を閉じた。

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