議論白熱
エウスの部屋を訪ねると、返事は無かった。ハルは白い通路をぶらぶらと歩きながら、エウスがどこに行ったのか探した。
すれ違う人にエウスという人に会わなかったと聞くと何人かが、彼の向かった方角を示してくれた。ハルはエウスを夕食に誘うために歩き回った。早くしないと夕飯が冷めてしまう。今夜は温かいシチューなのだ。
ハルが白い通路を歩いて行くと、白い広場に出た。そこはちょっとした休憩スペースとなっており、人々の交流場所としても機能していた。その広場の真ん中でなにやらお偉いさんたちと議論をしているエウスの姿があった。
議論は白熱していた。
「王都を欲の街にしたのはあのヴォ―ジャス王の失策のせいだ。彼が夜の街への規制を緩和したせいで、街は見るも絶えないものとなった。昔は水の都として美しい景観をしていた街も今では若い男と女が入り乱れる下劣な街に変わってしまった。それにこの王都の変貌をいいことに、他の街まで汚染されようとしている。なんとも嘆かわしい話だ」
老人の言葉にエウスが意見している。
「爺さん、あなたの言うことは確かにそうかもしれない。しかし、欲の街を一概に悪だとまとめるのはどうかと思いますがね?」
「なぜだね?理由を言ってみたまえ」
「欲の街はあなた方貴族を十分に富ませたのではないのですか?」
そこで何人かの老人たちが、悔しそうになんともいえない顔をしていた。
「それはそうだ。欲の街は私たちの美しい街を奪ったが金を運んで来た」
エウスがそこで余裕の笑みを浮かべた。
「それだけじゃない、イゼキアには多くの若者が集まっていることも重要だ。彼等は今は欲に溺れているかもしれないがのちに、この活気だった王都に定住したいと思う若者も大勢現れるはずだ。シーウェーブは欲の街とか夜の街とかってうたわれているが、交易も盛んで何より街全体が潤ってる。だから、人が次から次へとやって来る。そいつらをあんた達のような老練な賢者たちが導いてやればいいんだ」
「しかし、欲の街目的で来るよそ者たちを受け入れては、それではいつまで経っても我々が愛した水の都は遠ざかるばかりではないのか?」
「今はな」
「じゃあ、ダメじゃないか」
「爺さん、時を見極めなくちゃダメだ。何も今のこの大変な時期に、欲の街を潰して水の都を復活させなくても、貴重な収入源を逃がさない方が国の為でもある。それに、爺さんたちはここで我慢しなくちゃ、きっと水の都は返ってこないと思うぜ?」
「それはどういうことかね?」
お偉い爺さんたちがこぞってエウスの言葉に耳傾けていた。
「あんたたちの前には今チャンスが転がってんだ。国は被害に遭い金が必要だ。だが、あんた達には蓄えた財がある。それもここに居る爺さんたちが金を集めれば、王都の復興なんて余裕だろ?まあ、次期は不在で誰が王になるか分からないが、ここで蓄えた財を有効に使って、街を復興させるのが水の都への第一歩だと思ってる」
「街に金を使うことに何の意味がある?我々に欲の街に寄付しろと?」
「街の人々はあんたたちに感謝をするぜ?」
エウスがすました顔で言った。
「感謝されたところで、美しい街が返ってくるわけではないのだぞ?」
「まあ、それだけじゃない」
エウスが調子をあげて続ける。
「民もそして王も今、街に力を貸せば、爺さんたちの功績は見逃せない。今から派手に復興に力を入れれば爺さんたちは民衆を味方につけることができ、不在の王からも感謝されることだろうな」
「王の不在である今を狙えと言っているのか?それじゃあまるで我々は反逆者じゃないか…」
「別に革命を起こせと言っているわけじゃない。王が不在の間、あんた達みたいな偉くて賢い爺さんたちが民衆を間違った道に行かないように導いてやったほうが、良いんじゃないかって俺は言っているだけだ。そして、それは盛大に金をかけてやった方が効果的だって話」
お偉い爺さんたちは、エウスの言葉に戸惑っていた。彼が言うといかにも上手く生きそうな道筋が確かに見えていた。
「しかし、王が不在の間にそんな勝手なことをしては…」
「一人一人が善意で動いたことにすればいい、そして、王が戻って来たのならあんた達はみんなで団結し助け合えばいい。ていうか、そもそも、自国の民を救って罰する王なんかいたら、それこそみんなで革命を起こした方がいいだろ」
お偉い爺さんたちはみんな黙り込んでは近くの人たちとひそひそと話し合っていた。
「まあ、俺はここでは全くの無関係だから適当なことが言えるけど、騙されたと思ってやってみたらいいんじゃねえの?別に、上手くいかなくても、実行すればあんたらは今後民衆たちから支持だけはされると思うけどな」
エウスがそれだけ言うと、ハルのところに真っすぐ向かって来た。
「何かようか?」
「ああ、えっと、良い議論だったね」
「いや、ただ、金持ってる爺さんたちに金を使わせようとしてただけだ。うまくかみ合えば、俺は自分の商会をイゼキアに送り込むつもりだ」
エウスがやっていたことは結局のところ自分の商会の利益に繋がる仕掛けづくりをしていただけのようだった。
「それより、ハル、ちょうど良かった話があるんだがいいか?」
「いいけど、それより、みんなで夕飯食べてからにしない?今日はシチューなんだ」
「……ハル」
そこでエウスが少しだけ暗い顔をしていた。
「どうした?」
「お前、本当にあの、エレメイって女を身内にするのか?」
「……………」
「少し場所を変えよう」