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神獣探索 真実へ潜るには

 緑死の湖の底にドミナスの水中研究所は浮かんでいる。丸い鉄球のような見た目に目玉のようなメインルームにある大きな窓が付いており、球体の頭部はガラス張りと今にも水圧で割れそうだが、そこは研究所を覆っている魔法が保護していた。


 そんな湖の中に浮かぶ研究所のメインルームでは、エルノクスとドロシーの二人が集まった資料と実験の結果から、まだ見ぬ世界亀(ワールドタートル)山蛇(サンジャ)の正体を探っていた。


「エルノクス、こんな資料があった。この湖の水質と生態系についてだって、山蛇のことが載ってるよ」


「ありがとう」


 エルノクスがドロシーから手渡された膨大な資料に目を通す。


「それとこっちがそのデータだって」


「わかりました。見ておきます」


「僕は、こっちの資料を纏めておくから」


「助かります」


 二人はとりあえず研究者たちと議論する前に大量の資料に目を通していた。


 そして、あらかた資料に目を通し終わり、エルノクスとドロシーだけで先に語り合うと、みんなを集めた。


「話しを整理するところから始めるけど、緑死の湖にいた山蛇が召喚されていたってことは、召喚主が必ずいるってことになる。そして、その召喚主は世界亀だと」


 ドロシーが、エルノクスと他の研究者たちを集めた資料と地図が並べられたテーブルで話始めた。


「そう結論が出ていますが、ドロシー、あなたは改めてその意見についてどう思いますか?」


 エルノクスが言った。


「僕もその結論に異論はない。神獣を召喚するとなると、それはやっぱり人間には到底無理で、神獣クラスの莫大な魔力出力ができる召喚主が必要だ。この僕でさえ、召喚魔法に関して言えば獣たちに劣る。召喚魔法はいわゆる獣たちの得意分野だからね。本能に生きている彼らの特権だ」


 ドミナスの中でも召喚魔法という行為ができるものはほとんどいなかった。ドミナスの三大魔女たちでさえ、召喚魔法にだけは全員苦手意識があった。それほど召喚魔法というものは厄介な性質があった。


「ですが、エーテルがない現在、神獣を召喚する際には莫大なマナの乱れなどが観測されるはずですが、当時そのようなことはなかったとお伺いしましたが?」


 男の研究者がドロシーに対して臆することなく言った。ドミナスという組織では議論となると上下関係なく自由に発言でき、真理を追究することだけにみんなが向かうことが定められていた。いつだって議論の場で求められるのは冷静な熱気だ。


「それは、私が」


 エルノクスがその研究員の言葉に割って入った。


「その巨大な山蛇はすでに召喚されていたという結論が出ています。いまからもう数百年以上も前ですかね。それは私も実際に確認しているので間違いありません。ただ、その緑死の湖の底にずっと眠っていた山蛇がいつから召喚されたのかは見当もつきません。もしかすると、我々人類が歴史を持つ前から召喚されていたという可能性もあります。ですので、緑死の湖の地下にいた山蛇は、とても古から存在していたとしか定義づけはできないでしょう」


 緑死の湖の底に居るのは世界亀だとエルノクスは思っていたため、それが山蛇だったことは、エルノクスも驚きを隠せなかった事実だった。だが、エルノクスからすればそれではあの洞窟に書かれていた絵は何だったのか?イゼキア王国の辺境の港町で昔から伝わっていた世界亀の伝説とはなんだったのか?人類は一度世界亀の恐怖を目の当たりにしているのではないか?

 エルノクスは自身が積み重ねて来た知識を総動員して、考え込む。


 その間にも真実を追う議論は続く。


「そういえば、イゼキア王国では山蛇が討伐されて解放祭が開かれてたって情報が僕の耳にも入っていたのだけれど、あれはなんだったのかな?」


 ドロシーがそう言うと、女の研究者が発言をした。


「イゼキアのゼリセ剣聖が緑死の湖に出兵して神獣狩りを実施したのは確かです。ですが、彼女が狩ったのは、神話神獣ではなく、原産種で元からいた蛇がマナを吸って成長したものたちです。四大神獣討伐とは、本来神話神獣の討伐を最終目標とし、一番効率的な方法が神話神獣の召喚前にその召喚群である原産種を全滅させることなのですが、今回、山蛇に関していえば、その原産種を討伐したのにも関わらず、神話級の山蛇が出現したことになります」


「そういうことか、びっくりしたよ、だって、あの英雄以外にも神話神獣を討伐できる実力者が出て来たのかと思ってさ…」


 ドロシーの身体が少し震えていた。


「まあ、そうだね。報告によると、ハルさんは、黒龍討伐の際、神話神獣の召喚の前に山脈もろとも吹き飛ばしたそうじゃないか」


 そこでエルノクスが呆れたように笑いながら言った。


「正直、我々としても神獣討伐よりも彼に秘められた力の方が気になります」


 若い研究者がそう言った。


「あ、ダメですよ。彼と私たちは協力関係にあるのですから、もしも、この協定を破るようなら、誰だろうと、罰則は免れませんからね?」


「申し訳ございません!議論であることをいいことに軽口を叩いてしまいました。どうか私に罰則を…」


 若い研究者がその場でエルノクスに向かって地面に頭をこすりつけた。


「罰則なんていいですよ、こんな時に、それに別に、こういう時こそ、みんなで肩の力を抜いて話すのは重要なことです。あと、あなたのその姿勢、研究者としての側面を持つ私も気持ちは十分に分かります。彼は神性を持つ神獣や神人以上に、研究対象としては価値があると思います。ですが、まず、彼に手を出せば新たな真理を手に入れる前に多分死にます。きっと死んだことを主観的に捉えられない速さで殺されると思います。今まで戦って来た誰よりも彼は比較にならないほど異質ですからね」


 エルノクスがそこまで言うと、ドロシーが、自身の身体に刻み込まれた恐怖で、首を何度も首肯させていた。


「話しがそれましたが、ひとつ、ここに来てから思ったことがあったのですがいいですか?」


 みんながエルノクスに注目した。


「湖の水を採取していましたよね?」


「あ、はい、そうです」


 エルノクスがひとつの装置の前まで歩いて行くと、慣れた手つきで複雑な機械に魔力を注ぎ動かし始めた。装置が起動すると、計測器の針が動き始め、機械の中にあった複数の丸い瓶の中にあった場所別に採取したであろう湖の水が揺れ動いていた。


「測定した場所はいくつかありましたよね?」


「はい、一応何か魔力痕が水に溶けていないかの調査のため、湖の端から中央まで等間隔に水を採取してみましたが、まだ、半分も集まっていないのでなんとも…」


 エルノクスが測定器から微動だにせずに、考え込む。


「…………」


 それっきりエルノクスが口を閉ざすと、メインルームには静けさが広がっていた。


「エルノクス、この測定器がどうかしたの?」


 思わずドロシーがエルノクスに尋ねた。


「ひとつ仮説があるんだが、いいかな?」


「何かわかったの?」


「確信は無い、だが、気になる点はあった。君、少しいいかな?」


 エルノクスが若い研究員に声を掛けると、彼は緊張した面持ちで「ハッ」と返事をした。研究者である前に彼も兵士のひとりであった。ドミナスに戦えないものはまず誰一人としていない。そして、弱い者もだ。


「この湖は淡水湖で良かったかな?」


「はい、この湖は海からは隔絶された淡水湖でありますが、それがどうかしましたか?」


 エルノクスはそこでひとつの採取された水のサンプルから測定された結果の資料を手に取って見ていた。


「淡水湖といっても多少の塩は混じっている。それは雨に溶けていたり、山に蓄えられたものが川に溶け出て流れ出たものだったりと、決してゼロじゃない。それでも淡水湖がそれらの要因で汽水湖となるまで塩分濃度が上がることはまずないと言えます」


 研究者たちは当然のように頷いていた。


「それではこれはなんでしょうか?」


 そこで研究者たちがエルノクスの持っていた資料に釘付けになった。


「これは、湖中央付近の水質のデータですが…」


「ここで取られた水だけやたら塩分濃度が、他の地域と比べて高いのは気のせいでしょうか?」


 確かに他の湖の場所と比べると、湖中央の水質だけやたらと塩分濃度が高いという数値がデータとして記録されていた。


「確かに、ここだけ…って、あれ、これだと確かに海水と変わらないくらいありますね…」


「湖の中央に開いた穴の底を調査してみませんか?何か分かるかもしれませんよ?」


 エルノクスの言葉に研究者たちが我先にと、行動を始めていた。


 その様子を傍にいたドロシーが見つめていた。


「エルノクスはやっぱり、凄いね、魔法に頼らなくても答えを導き出せるんだから」


「まだ、答えにはたどり着いていません。ですが、目の前にあるもので工夫を凝らせば真実というものに近づく手段はいくらでもあります。私の場合それは経験だったり、知識だったり、魔法だったりと手数が多いだけです。ただ、この世は相互的に作用しあっているのですから、答えの反対側から伸びている糸を手繰り寄せてあげればいいだけなんですよ」


「僕が思うに、その糸を見つけるのが難しいと思うのだけれど?」


「そこは知識を蓄え、経験を積んでいくしかありません」


「僕はエルノクスに比べたらまだまだ未熟だ…」


「そうですか?魔術に関していえば、ドロシー、きみの方が遥かに深い理解があると思っています。それにあなたは目の付け所はいつもいい」


「本当?僕のことを褒めてくれるの?」


「ええ、私から見てもドロシーは偉大な魔法使いです」


「えへへ、ありがとう」


 ドロシーが、エルノクスの前で嬉しそうにデレデレしていると、水中研究所がゆっくりと湖の底へと潜り始めるのだった。

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