幸せな夢 星降る夜
ハルと顔の見えない彼女は小さな木の家に戻ってきていた。
「いいよ好きに読んでって!」
ハルは本棚から面白そうな本を探すがどれも学術書で埋め尽くされていた。その中からハルは魔獣について書かれた本を取り出す。その本にはたくさんしるしのような折り目や紙が挟んであって読みこまれた跡があった。
「気になった本とかあった?」
彼女が焼き菓子を食べながらハルの元に来ると、彼の口に焼き菓子をあてた。ハルはそれを口で受け取って噛み砕きながら、魔獣について書かれた本を見せた。
「ああ、それか、前にもハルに見せたよね『使役魔獣』についての本」
ハルが本を開いて中身に目を通していく。
「今までに魔獣と仲良くなれた人はまだ一人もいないんだ」
ハルが答える。
「え?使役させた人だって?その言い方、私はあまり好きじゃないんだ、前にも言ったけど魔獣だって私たちと同じ生命なんだよ」
ハルが答える。
「なに?それじゃあ食肉の動物はどうなるんだ?だってそれは…」
彼女が一度頭を抱えるがハルに向き直る。
「感謝して食べる」
ハルが答える。
「わ、わかってるよ、私だって全ての生き物の命が同じじゃないことぐらい…でも、それでも分かり合える生命があるのにむやみやたらに殺し合うのを私は間違ってると思うんだ」
ハルが彼女の意見に少し思い悩む。人間ですら分かり合うのが難しいのにそんなことができるのかと。
ハルが彼女に問いかけた。
「うん、私は信じてるよ、いつか人間と魔獣が分かり合える日が来るってこと」
ハルは彼女を見つめる。その時の彼女の顔は真剣そのものだった。
小さいころからずっと魔獣の研究をしてきたと言っていた彼女は、きっとその日が来ることを本気で信じているのだろうとハルが思った。そして、それをハルも信じてみたくなった。
ハルが答える。
「ハルも信じてくれるの?それは嬉しいな」
しかし、ハルは少し気まずそうに俯いた。
そんな彼の心中を彼女は簡単に見抜く。
「ハルは魔獣も狩ってるから少し後ろめたい気持ちがあるんだろ、だがそれは違う、ハル、私たちは生きてるからこうしていろいろ考えることができるんだ、死んだら魔獣と仲良くなるも何もないぞ」
ハルが何か言おうとしたが言葉は出てこなかった。
「まだ人と魔獣は分かり合う途中なんだ、その間に争いが起こるのはこの世じゃ悲しいが当たり前のことだ、それを今すぐどうこうすることは誰もできない、だから私たち研究者がいる」
彼女がハルの顔を覗き込む。
「私たちに任せておけ!これは私たち研究者の仕事だ」
彼女が続ける。
「それにな、ハルの仕事だって大切だぞ、傭兵は魔獣を狩って人の命を守るときもあるんだろ」
ハルは彼女のその言葉で後ろめたい気持ちになった。
傭兵は金をもらえればなんだってする。それがたまたま魔獣狩りの仕事を受け持つときもあるが、もちろん傭兵の本業は戦場で戦うことだった。
ハルが答える。
「当たり前だろそんなのハルは傭兵だ、相手を殺さなきゃ自分が殺されるだろ」
ハルは自分がもっと他の道を選んでいたらと後悔した。
「でも、ハルのいるところはいつだって人助けをしているんだろ」
ハルは答える。
「偽善なんかじゃないよ、必ずハルに救われた人もいる、私のことだって救ってくれただろ」
その言葉がハルの心に突き刺さる。
「あのとき、ハルがいなかったら、きっとここに私はいないよ」
彼女のいない今をハルは考えられなかった。
「だから助けてくれてありがとなハル!」
彼女の笑顔がハルを救う。そして、この彼女の笑顔をずっと隣で守っていきたいとハルは思う。強く思った。この思いを忘れないように強く、強く、思った。
二人はその後、日が暮れるまで、本を読んで過ごした。
日が暮れて辺りに星が出始める。
二人は夜の食事を済ませた後、家の前に大きな布を敷いてそこに寝転がって星を眺めた。
夜空には星々が辺り一面に広がり、二人のいる森を星の光が照らした。
「綺麗だな」
彼女がハルの隣でつぶやく。
ハルも同じことを思った。
「ハルは明後日には戻っちゃうんでしょ…」
彼女の寂しそうな声が聞こえてきた。
ハルも寂しそうに答える。
「だよね…」
二人の間に静寂が訪れた。
ハルが物思いにふけながら星を眺めていると。
彼女がハルの手を握ってきた。
ハルもそれを優しく握り返す。
そして、そのまま静かに二人で星を眺める時間が続いた。
ハルの隣でも何か懸命に思いを巡らす彼女がいた。
星の海は時間と共にゆっくりと流れていく。それは意識しても感じることは難しいが確実に二人の前を流れていく。
「私たち人間ってなんで生まれてきたんだろうね…」
ハルが隣で彼女の声に耳を傾けた。
「それ以前になんでこの世界が生まれたんだろう…」
ハルもそのことを考えてみるが当然答えなど出なかった。
「理由でもあるのかな…?」
彼女は誰でも一度は考えそうな疑問を言った後、そのことについてぶつぶつと自分なりに答えを出そうと何か呟いてた。
そんな彼女にハルは言う。
彼女がそれを聞いてハルの方に嬉しそうに顔だけ横に向けた。
「そうだね、私も同じ答えだ!」
彼女がそう言ったとき、空に一筋の光が流れたのをハルが見た。
「え!?流れ星!どこどこ!?」
ハルだけがその流れ星を見たが次の瞬間。
ハルと彼女が見上げる夜空にいくつもの流れ星がその姿を現した。
「すごい!すごい!流星群だ!」
ハルも初めて見たその美しい光景にただ茫然と眺めることしかできなかった。
「初めて見た…」
彼女も感動して徐々に口数が減っていった。
いくつもの輝きが二人の瞳に映っては消えていく、その美しい光景の最中に、彼女はハルと握っていた手の力が強くなったのを感じた。彼女は彼を見るが流れ星を見るのに夢中になっていた。彼女は彼のその無意識な行動にちょっと嬉しくなって一人で笑った。
『ずっとハルのそばにいたいな…』
彼女がハルの隣でそう思った。
その日の夜はずっと流れ星が流れ続けた。
二人はずっと眺めていたかったが彼女が隣で眠そうにあくびをするとハルが戻ろうと言って二人は家の中に戻った。
それから二人は寝る前の身支度をしてから一つしかないベットで二人で眠りについた。
ハルが仰向けで静かに寝息を立てて眠っている、その彼に密着するように、彼女が幸せそうに眠っていた。
夢はそこで形を変えた。
ハルが目を覚ますとそこは何もない空間で目の前には顔の見ない彼女だけが立っていた。
「会いたかった…」
ハルが彼女に言った。
彼女はただ幸せそうに笑っているように見えた。
ハルは自分の思いをぶつける。
「君の名前も顔も思い出せそうなんだ…」
今にも心が崩れ落ちてしまいそうなハルの声は悲痛が極まっていた。
「絶対に俺はまた君を思い出して必ず会いに行くよ」
その言葉を聞いた彼女はその場でしばらく固まってしまった。
そして、彼女は静かに首を横に振った。
「どうして…」
彼女は何も言わずにハルから離れていく。
「だめだ…待ってくれ…行かないでくれ…」
ハルの目からは大量の涙が流れ落ちていた。
「お願いだ傍にいてくれ!!!」
ハルは必死に彼女を呼び止めた。
それでも彼女はそのままどこかに姿を消してしまった。
ハルはその場に崩れ落ちて、情けなく泣き叫んだ、どうしても涙と悲しみが止まらなかった。
そこで夢は終わった。




