次から次へと誘われて
ハルはライキル、ガルナ、ビナ、エレメイの四人で、真っ白な部屋でくつろいでいた。
部屋には必要なものは一通りそろっており、ないものといったら窓だけだった。部屋の中には他にもいくつか寝室やキッチンなどに分かれており、ハルたちはみんなリビングに集まっていた。
ハルはソファーに座り、両隣にはもうすっかり定位置となったガルナとビナが片時もはなれずひっついていた。
「なんだかハルとこうして一緒にゆっくりできるのって、久しぶりな気がします」
ビナがハルの左半分を占領しながら言った。
「そうだね、俺もビナとこうして一緒にいられるの幸せだなって思う」
もっとひとりひとりとハルは交流を深めたかった。ひとり、ひとり時間をとって、自分の妻になってくれた彼女たちを満足させたかった。
だから、今回の神獣討伐をハルも表舞台での最後の活動とも決めていた。
「本当ですか?」
「この神獣討伐が終わったら、みんなで静かな場所に引っ越そう。そこでたくさんビナの相手をしてあげるから、覚悟しときなね」
「な、なにをしてくれるんですか…」
「ビナが望むこと全部してあげるから、今のうちに考えといて」
「望むこと全部…」
ビナがそこで固まりぶつぶつと呪文を呟き始めていた。
静かな場所への引っ越しは、ハルが計画していた楽園創造計画でもあった。レイドの人里離れた山奥にでも家を構え、そこで愛妻たちを囲い込む。
ただ、そこでも当然配慮は必要だと思っていた。アシュカがいっていた光と闇の線引きだ。そして、闇同士でもある、アシュカとエレメイもまた分けるべきで、ルナに関して言えば、人に手を掛けられなくなったことで、彼女は闇から光へと抜け出そうとしているようにも思えた。
「ハル、私、不安だ…」
ガルナがハルの右半分占領しながら言った。
「何が不安?」
「また、ハルがどこかにいっちゃわないか…」
「どこにも行かないよ」
「私、ハルがいなくなったら、生きていけないからな?」
ハルは不安がる、ガルナの頭を抱き寄せた。
「俺もだよ、だから、一緒にいよう」
「うん」
見つめ合う二人は軽く唇を重ねる。
「あ、ずるいですよ、そうやっていつも二人でイチャイチャ始めるんですから」
ビナがハルの顔を振り向かせると負けまいと彼女もハルと唇を重ねていた。
少し離れたリビングの端では、ライキルの膝にエレメイが座っていた。二人はなにやら仲良さそうに話しては、二人だけの世界が展開されていた。
ビナとガルナの間で、取り合いになっている間、ハルは二人の関係がどのようにしてそこまで急速に接近できたのか、気になっていた。
ハルはまたライキルに手を伸ばそうとしたが、その手はガルナにビナに握り戻され、そのまま、ハルはリビングにあった寝室に二人の剛腕によって引きずられていく。
「え、二人ともちょっと待って…」
「待てません!」
「待てない!」
二人の共鳴した声。
ハルが引きずられていく最中、ライキルと目があった。
ライキルが微笑みながら、軽く手を振っていた。
それが何だかハルには嫌だった。
『どうして、こっちに来てくれない…なんで、エレメイと…あれ、ライキルって、もしかして…』
ライキルは女性ではあるが、女性からも人気で、男女ともに彼女の人柄と美しさに惹かれていく。そして、ライキル自身も女性のことは嫌いではなく、特にガルナやビナなどとも、そういう関係にあった。
ハルは寝室に引きずられていくなか、最後に見たのはライキルとエレメイが楽しそうに話す姿だった。
『何をそんなに楽しそうに話してるんだ……』
手を伸ばすがやはり届かない。
寝室の扉が閉まった。
***
ハルが寝室に行くのを見届ける。ライキルの思惑通り、ガルナとビナはすでにハルの虜になっているので、こうなるのも時間の問題だった。そのことに関して、ライキルはとくに気にも留めない。むしろ自分もあの寝室の扉の向こうに混ざりたいと思っていたが、先約がいることを忘れてはいけなかった。
「エレメイ、ちょっと、用事があるから外に行くよ」
ライキルがエレメイの手を取って部屋の外へと出て行く。通路を歩ている間エレメイが言った。
「あの二人ハルとしてるんだろ?私たちも行かなくていいのか?」
「本当は、先約がいるの、私たちより先に、ずっとハルのことを気にかけてた子が」
ライキルがひとつの部屋の前に止まると扉が自動的に開いた。魔力を流せば扉が開くのはなんとも画期的なドアだった。
その部屋に入ると、ライキルたちが今さっきいた部屋とまったく同じ造りの部屋だった。ただ号室の番号が違うだけだった。
「ライキル…」
「ルナさん、私の部屋にハルが来たから、話しにいこうか」
「わかった」
「だけど、ちょっとハル、二人の相手をしてるから、それが終わるまで待ってあげて」
「………」
ゴクリと、ルナが生唾を飲み込んだ。
ライキルがルナを連れて、部屋に戻って来ると、寝室からは情欲に溺れたみだらな声が小さく響いていた。
ルナがその寝室の方をまじまじと見ていたが、ライキルの声で正気に戻る。
「紅茶を入れるから座ってて」
ライキルがキッチンで準備をする間、リビングにはエレメイとルナの二人きりだった。
互いに言葉は無く、それでも相手が相当の実力者だということは、相対しただけでよく理解しているようだった。
『彼女が確かレイドの裏の執行機関であるホーテン家の主、ルナ・ホーテン・イグニカ……彼女……なんていうか…綺麗だな……』
ルナは、艶のある黒髪に血塗られたような赤い瞳。血塗られた月夜というイメージの中に、圧倒的な美しさがあった。
『エレメイ・ディザイア。バーストの首領か、彼女を殺せていたら、ハルが喜ばせることができたのに、こうしてのうのうとハルに取り入るとはね…それにしても、不気味な位、綺麗……』
エレメイは、悔しくも彼女はハルと同じ青系の髪色でそれだけでルナは、嫉妬しそうになるほどだった。深い闇を秘めた緑の瞳には光が一切なく、ルナがたじろいでしまいそうになるほど、彼女の闇は濃かった。
「おまたせ、はいどうぞ、こっちがルナさんの分、あとこれはエレメイの分ね」
ライキルがエレメイとルナの分の紅茶をテーブルに置いた。
そして、ライキルは自分の分もいれると、上品に口に運んだ。
「ルナさん、ハルに嫌われたって言ってたよね?」
「ああ、それをちょっと撤回して欲しくて…というより、ハルの本心を今一度聞きたくて、だから」
「大丈夫よ、ルナさん、ハルはあなたのことを嫌ったりしない。証拠もあるし」
「証拠?」
「そう、ハルがルナさんを突き放した理由が、それはハルが私たちを突き放した理由と同じ、ハルは皆を守ろうとしてくれていたの、本当にひとりで解決しようとしていたのよ、ルナさんはハルを信じてあげられなかった?」
「違う、嘘でもハルにそういうことを言われると、凄い傷つく…だから、私、自分でも自分がわかんなくなって、それでハルのその言葉を上手く理解できなかった…」
ライキルが紅茶のカップを置いた。
「そう、ハルはあなた達が思っている以上に、あなた達のことが好きなの、自覚できないのは、ハルと長いこと一緒にいないから、だけどこれからハルがどんな人なのか、分かって行けばいいと思う。もう、何十年も一緒にいる私が保証してあげる。ハルと一緒にいると絶対に幸せになれるって」
ライキルが向かい合わせのソファーの反対側に移って、ルナの隣に座った。そして、ライキルがルナの耳元で囁く。
「ハルのことで困ったら何でも私に相談して、そしたら、こういう機会たくさん用意してあげるから」
隣の寝室が一時的に静かになった。
「じゃあ、ルナさんもハルのもとにいってあげて、きっと彼とっても喜ぶと思うから、そして、恐がらないで聞いてみて、そしたら、絶対にあなたが安心する答えが返って来るから」
ライキルがルナを寝室に送り出す、しばらくすると、再び、上品な嬌声が聞こえて来た。
今度はエレメイがもの欲しそうな顔で、寝室の扉を見つめていた。
「エレメイは次よ」
ライキルが後ろからエレメイのことを抱きしめた。
「次って?」
「ルナの次にハルのもとにいってあげて」
「いいの?」
「もちろん、そのかわり、独り占めしちゃだめ、みんなで仲良く愛されてね」
「ありがとう、ライキル、大好き」
エレメイがライキルを抱きしめる。ライキルも彼女のことを優しく抱きしめてあげた。やがて、エレメイとライキルの二人が会話していると、寝室から響いていた快楽から来る声が止んだ。
「ライキル!?」
「そうだね、じゃあ、行って来て」
エレメイが扉の前で振り返った。
「ライキルはいいのか?」
「うん、私のことは気にしないで、さあ、楽しんで来て」
エレメイが後ろ髪を引かれていたが、やがて、扉の隙間から見えた楽園に飛び込んでいった。
リビングにひとりになったライキルがひとり呟いた。
「ハル、待ってるからね…」
そうして、紅茶を啜ろうとした時だった。
気が付けば目の前に、大柄な紅い長い髪を流した女性がソファーに腰を下ろして座っていた。
「アシュカさん」
「やあ、ライキル、少し話をしよう」
アシュカがライキルにむかってウィンクをひとつ決めていた。