君が遠くで微笑む
【ザ・ワン】と呼ばれる地下施設の真っ白な通路をドミナスの兵士に案内される。ザ・ワンは、イゼキア王国の地下に建設されたドミナスの拠点のひとつだった。そこはあまり見なれない機械というものを駆使した快適な空間となっていた。天井には常に発行する光が備え付けられているし、時々ドミナスの兵士が自動で開くドアから出てくるとハルはついついそちらに目を向けてしまっていた。
そして、案内され終わった部屋もまた自動で開くドアで、ハルがその中に入ると、妻たちが広い一室で待っていた。その部屋もまた病的なほど白く清潔に当然窓もないが息苦しさを感じさせない部屋だった。
「ただいま」
ハルの一声でその部屋でくつろいでいた女性たちの顔が怖いくらいの勢いでこちらに向いた。
「ハル!!」
ガルナ、ビナが、先陣を切ってハルの胸の中に飛び込んで来る。ハルも二人のことを抱きしめる。
「ちょっと痛いかも…」
二人ともかなり力が強く、ハルは骨を砕かれそうになる。
「だって、ハルはまたすぐ行っちゃうからこうしてたくさん抱きしめておかないとダメなんだ」
「そうですよ、ハルとこうしてスキンシップを取れるのはこういう時くらいなんですから、少しは許してください」
ガルナとビナの主張にハルは申し訳なく思うと、そこで、二人の頬に軽く挨拶代わりのキスをした。
「今、岩が止んで、だから、エルノクスからは少しばかり時間をもらった。みんなと一緒にいる時間をね」
「え?」
ガルナとビナがお互いに顔を見つめ合うとすぐにハルに向き直り叫んだ。
「やったー!」
さらに強くハルにしがみつくと、そのまま二人の勢いに押され、後ろに倒れ込む。それでもしぶとくハルを離さないハルの元に、エレメイを連れ添ったライキルが目の前にいた。
「二人ともハルが困ってるじゃないですか」
一瞬、聖女であったエレメイを連れ添っていた、ライキルのことが天使に見えた。
「ハル、おかえりなさい、私たちの為に時間を作ってくれてありがとうございます。立てますか?」
「うん」
ライキルに差し出された手をハルが掴む。
ハルは掴んだライキルの手を引っ張って、自分の方に抱き寄せた。
「うわあ!ちょっと、ハル……」
ハルはライキルのことを強くけれど痛くないように抱きしめた。ハルの青い瞳にライキルの黄色い瞳がすぐ目の前にあった。
「ただいま、ライキル」
「お帰りなさい、ハル」
ライキルが嬉しそうに笑っていると、彼女の方からそのまま、ハルの唇に短いキスをした。
短い時間。二人の間には二人だけの世界があった。見つめ合ったそれだけで相手の全てがわかり心が通じ合ったような気がした。
『ライキルの傍にいると、落ち着く…心が安らぐ……』
ハルはもう少しこの時間を味わっていたかったが、後ろにいたエレメイが、寂しそうにそのハル、ライキル、ガルナ、ビナの四人がいちゃつくのに混ざりたそうに指を咥えて見ていた。
「エレメイ」
「な、なに…」
「みんなとは打ち解けられた?」
「え?あぁ、ええ、えっと…………」
エレメイがライキルに助けを求めるように見た。
「彼女は良い子よ、おいで、エレメイ」
ライキルが言うと、まるで子猫のようにエレメイがライキルの元に小走りで駆け寄り、そっと膝をつくとライキルに抱き着いた。
ハルのいないこの短い間に、エレメイという怪物はライキルに手懐けられていた。
「ほら、エレメイもハルに会いたかったよね?」
ライキルとエレメイの位置が入れ替わると、ハルの前に 長い青い髪をなびかせた妖精のような女の子が膝の上に乗って来た。
「逢いたかった」
彼女がそっと腕を背中の後ろに回して抱き着いて来た。
「ハル、エレメイのこともちゃんと可愛がってあげてくださいね?彼女、とっても可愛いし、ハルともお似合いです。ほら、エレメイあなたからも頼んでください。大丈夫です。ハルは優しいですから」
「ハル、私、これから、頑張るから捨てないで…」
エレメイのことよりも、ハルは、ライキルのことを見つめていた。彼女は微笑んでいた。けれどその微笑みがハルは少し怖いと思った。
エレメイをどうやってここまで、従順にさせた?この異常なまでのエレメイの服従は?何が彼女をここまで変えた?
状況が読み込めないハル。何も返事をしないからかエレメイが不安そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫、捨てない…」
それでもハルはライキルを見つめていた。彼女の微笑みがより鋭さを増したような気がした。
「嬉しい、ありがとう、ハル!!」
そこでエレメイが顔を前に出して、不意に自分の唇でハルの唇に触れようとした時、ライキルの手が伸び、エレメイの服を掴んで引っ張っていた。
「エレメイ…」
「あ、ご、ごめんなさい!」
何か悪いことをしてしまったのかと思ったエレメイが酷く委縮していた。
「ちゃんとハルに許可を取ってからそういうことはして、ハルが嫌がってたらどうするの?それとも嫌われたいの?」
「ち、違う。ハルが私のこと好きだから、い、いいのかなって…」
「違う、あなたがハルのことを好きなんでしょ?ハルがどう思っているか勝手に決めつけないで」
怖い顔で叱っていたライキルだったが、ハルに顔を向けると途端に表情が甘々な笑顔に変わった。その表情の切り替えはとても怖いものに感じた。
「でも、ハルもエレメイのことは好きですよね?」
「うん、エレメイのこともちゃんと好きだよ…」
本当のことを言った。ライキルたちを守るためとはいえ、妻にするなら愛さないという選択はない。彼女もみんなと同じように自分の愛を分け与えてあげるつもりだった。
ハルはエレメイを見ないで真っすぐライキルのことだけを見ていた。
「なら、エレメイ、許可が下りました。どうぞ」
「へへ、やったー」
エレメイがハルの頬に手を当てて唇と唇を合わせ、深い口づけをした。
ハルはただ茫然とその行為を受け入れながら、頭が真っ白になり何も考えられなくなっていた。
エレメイがハルの頬にキスをし出すと、後ろにいたライキルの顔が見えた。
彼女はとても満足そうな笑みを浮かべていた。
『どうして…』
ハルがライキルに手を伸ばそうとしたときには、エレメイにその手を握られ防がれると、再び長く深いキスで沈められた。
『ライキル…』
手の届かないところでライキルが幸せそうに微笑んでいた。