神獣討伐 討伐完了…
緑死の湖に現れたハルはまず、天にまで届く柱のような蛇がいたので、持っていた刀の一振りであっさりとぶった斬った。
大量の血しぶきをあたりにまき散らしながら、胴体が切り離された巨大な蛇は頭の方と、胴体の方の両方が、狂ったように暴れていた。
湖がその巨大な蛇の血で赤く染められていく。
ハルはそんな中、すぐに、アシュカとエンキウを見つける。二人は気を失っているようで、今にも湖の底に開いた大穴に吸い込まれるように、流されようとしていた。
ハルが二人を救出すると、すぐにその大穴の空いた場所から遠ざかり、比較的浅い湖の上に天性魔法の闇で足場を創り、二人を寝かせた。
二人に息があることを確認すると、ハルはすぐに湖の中央にいた巨大な蛇の胴体を見た。頭を切り離されても未だに力尽きることなく、筋肉の思うがままに暴れ回っていた。
『仮説は当たってた。なら、世界亀はどこにいるんだ…』
山蛇などどうでもよかった。それよりも、ハルは世界亀を仕留めなければ、街に降る巨岩の雨を止めることができなかった。
『魔法が使えない俺にはマナ場を感じることはできない…とにかく、ここは一旦、二人を連れて街に戻ろう』
ハルは血しぶきを上げる山蛇を残し、二人を連れてその場を離脱しようとした。
その時だった。
「なんだ…」
空が突然夜に変わった。
*** *** ***
前方から迫るのは、巨大な魔力の塊だった。しかし、それは大気中のマナを全て吸収して、大きく膨張して王都シーウェーブに地面を抉りながら、大気を割きながら直進していた。視界を覆い尽くすほどの魔力の塊が、ありとあらゆるマナを吸収し、もう、視界にその魔力の塊が映った時には、誰も魔法が使えなくなっていた。
「エルノクス様、今すぐお逃げください!!!」
この異変に気付いたドミナスの兵士たちが慌てふためいていたが、時はすでに遅かった。魔法が使えないということはこの場から即時に逃げられる瞬間移動などの転移魔法から、高速移動などの加速魔法のようなものまですべて封殺されて、逃げる手段は残されていなかった。
エルノクスがひとり手に手を掲げた。
「夜よ、時も場所も関係なく、我が天上に集え」
空がエルノクスの意思に従い夜へと染まって行く。
「天性魔法【天界夜】」
天上に集った夜が、その巨大な魔力の塊に向かって、一斉に放出された。それはまるで夜が落ちて来るような光景であった。勢いよくこちらに突っ込んで来る魔力の塊の前に、突如、夜空の壁が現れたかと思うと間もなくしてその両者は正面衝突した。
天性魔法は魔法の素となるマナやエーテルが無くても、生身一つで放てる魔法であるため、大気中のマナがすべて、向かって来ていた魔力の塊となった弾丸に吸収されていようと、関係なかった。
エルノクスの全身からすぐに大量の血が噴き出した。天性魔法は身体機能の一部と捉えることができるが、当然そうなると限界というものはある。
飛んで来た魔力の弾を受け止めるために、展開したエルノクスの天性魔法の出力の許容値はあっさりと限界を超えてしまった。
「この程度、あの時に比べたら優しいものです…」
巨大な魔力の弾は、空から落ちてきたエルノクスの【夜】という概念の具現化によって押しつぶされた。
血だらけのエルノクスだったが、大気中で空になっていたマナが魔力の弾が消えたことで、元に戻っていた。
すぐに白魔法で回復すると、エルノクスは一息つくことができた。
「いったい何だったんですか…今のは……」
ただ、間違いなく緑死の湖で何かあったことだけは見当がついていた。方角的にも合っていた。
そして、その魔力の弾が消えた途端次々とドミナスの兵士たちが転移で現れる。今までこの地に転移したくても、先ほどの魔弾の影響で出来なかったのだろう。
「みんな無事かな?」
エルノクスがそう尋ねるが、返ってきた報告は酷いものだった。ドミナスの精鋭たちの部隊がさきほどの魔弾の餌食になっていたようだった。大気中のマナを喰らう性質上、魔弾の周辺では魔法が行使できず魔弾の進行方向に入ってしまっていた部隊は誰ひとり逃げ切ることができず、全滅したとの報告が入っていた。
「そうですか、それなら、誰かこの件で事情を知る者はいますか?」
誰もエルノクスの問いに答えられなかった。
するとそこに、魔法に頼らない方法でその場に突如現れた者がいた。全員が、一瞬危機を感じ殺気だったが、それがハルだと分かるとすぐにその殺気を引っ込めていた。
「ハルさん…」
「誰か、二人の治療をしてくれませんか?」
「これは、どうしたのですか!?」
エルノクスが心配そうに二人を見る。
「緑死の湖にはデカい蛇がいました。おそらく、その蛇にやられたんだと思います…」
「蛇?」
「エルノクスさんの言っていた世界亀はいませんでした」
ハルは両手からエンキウとアシュカを、ドミナスの兵士に引き渡した。
エルノクスが少し考えた後、ハルに質問した。
「蛇は倒したのですか?」
「ええ、頭と胴体は切り離しました。ただ、身体も大きく生命力にも溢れていたので、たぶん、まだ身体だけは暴れていると思います。私は、二人の治療が最優先だと思い一度撤退してきました。他に敵のようなものは見当たらなかったので、後、まだ岩も処理しなければならないので…」
「そうですか、懸命な判断だと思います。それに二人を優先していただきありがとうございます」
エルノクスも現状を飲み込めていないようだった。そこでハルはある提案をした。
「エルノクスさん、俺に付き添わせた兵士が、ある仮説を立てていたのですが、彼の話を聞くのが一番今の状況を理解するのが早いと思います」
ハルがそこまで言うと、エルノクスとハルのもとに、瞬間移動で、ひとりの兵士が現れる。
「及びでしょうか…」
兵士は深々と頭を下げていた。
「彼が?」
「ええ、一度彼の話しを聞いてみるといいと思います。俺は一度、岩砕きに戻りますので、また話がまとまったら合図をください、すぐにここに来ますから」
ハルはそういうと再び空へと行ってしまった。
偽りの夜はすでに明け、頭上の空には朝が広がっていた。