幸せな夢 お散歩
顔の見えない彼女は楽しそうに笑う。
もちろん、その笑顔はハルには見えていない。だが彼女が笑っていると確信できた。これは夢か?きっとそうなのだろう。
だが、これは自分の中にある確かな記憶なんじゃないのか?
『無駄だ…』
ハルがそんな疑問をこの夢の中で考えるが、すぐにそんな答えの出ないことを考えるのはやめた。
最近は、起きて見た夢の内容を思い出そうとしても、いい夢だったか悪い夢だったか、その程度のあやふやなことしか覚えていない。
『小さい頃は彼女の顔も思い出せたのに…』
どうして大人になるにつれて彼女のことが思い出せなくなっていくのだろうか。
『このまま大人になっていくにつれて、俺は彼女のこと忘れてしまうのかな…』
ハルが隣にいる彼女を見る。
『忘れた方がいいのかな…』
ハルの視線に気づいた彼女がニコッと笑ってハルの手を握った。彼女の手はとても温かかった。
その彼女の手から伝わってくる温度や触感が、ハルにとってどうしようもなく愛おしかった。
『そんなの無理だ…』
ハルは心の中で祈るこの夢がずっと続くようにと覚めないようにと、だがそれと同時にハルの頭の中には、みんなの顔が浮かび上がった。
『………』
木々の葉っぱでできた緑の屋根の隙間からいくつもの木漏れ日が差し込み、森の中を明るく照らす。森の中は、静寂で二人の話し声だけが、森の中で響いた。
「ハルの手あったかいな」
彼女がハルとつないだ手を前後にぶんぶん振りながら言った。その彼女の反対の手には大きなかごが握られていて、簡単な昼食のパンと地面に敷くための大きな布が入っていた。
「え、私の手もあったかいって、でしょー」
彼女の隣には腰にロングソードを下げているハルがいる。それは一般の騎士なら誰でも扱える普通のロングソードだった。
二人が森の中をしばらく歩いていくと、ある程度整備された広い道に出た。そこから、その広い道を歩いて行くと、途中で再び森の中に入り、細い道を進んで行った。
二人は周囲の景色を楽しんだり、彼女がこの森の植物や動物のことを話したりしながら、森の中を散歩する。
「ここら辺もだいぶ魔獣狩りが進んだよね…」
ハルが答える。
「うん、そうだよね、魔獣は凶暴だもんね…」
ハルが答える。
「うんん、いいの本当のことだから…」
彼女はハルの言ったことに首を横に少し振りながら言った。
ハルが答える。
「え、うん、大丈夫、もうあんなことはしないよ、アハハハ…」
彼女が苦笑いしながら言うと、ハルが立ち止まって真剣に彼女の顔を見つめた。
「そんな怖い顔しないでよ…」
調子悪そうな顔で彼女が言った。
ハルが彼女に答える。
「ありがとう…でもそんなこと言ったら、私もハルのこと心配だ…え、俺は大丈夫だって?バカハルめー」
二人がさらに森を進んで行く、そうすると、木々の向こうに草原が見えてきた。
森を抜けると二人は辺りを見渡した。
そこには青々とした草原がどこまでも広がっており、遠くには街のようなものもぼんやりだが見えた。二人の近くには小さな丘がありひとまずそこで休憩することにした。
「ハル!あそこで休もうぜぃ!」
彼女がハルの手を引っ張り無邪気に走り出す。風と共に走り出す。
小さな丘の上には一本だけ立派な木が生えていた。二人はそこの木陰で休むことにした。
「風が気持ちいいな!」
森から抜けてきた風が二人のいる小さな丘を通りすぎていく。その風はどこまでも前に前に進んで行く。そして、また森から抜けてきた風が木全体に吹きつけ、木の葉が揺れ木漏れ日が消えては現れていた。
二人で大きな布を木の下に敷いてそこに二人で座った。ハルはロングソードを腰から取って下に置いて、彼女もかごを近くに置いた。
二人はそこから見える美しい景色を眺めながらしばらくボーっとしていた。何も話さずただお互いの手だけを重ねて相手の手の温度だけを感じる。
ハルが隣でボーっとしている彼女を横目で見る。肩まである白い髪はよく手入れされており、サラサラでつややかに白く輝いていた。
彼女は胡坐をかいていて、どことなく女の子っぽさに欠けてる部分もあるし、自由人で抜けてるところもたくさんあるけど、ハルはそんな彼女のことがたまらなく好きだった。
そんな彼女にハルは大真面目な顔であることをお願いした。
「ん?どうしたハルそんな真面目な顔して?」
ハルが答える。
「膝枕!もちろんいいぞ!さあ、こっち来な!」
彼女は胡坐をかいていた足を正座に切り替えて、ハルの頭を掴んで自分の膝の上に乗せた。ハルの視点が上を向く、彼女の人並みにある胸がすぐ目の前に来る。そして、その奥から彼女の見えない顔がハルの顔を覗き込んでいた。その表情は、全てを包み込んでくれるような優しい笑顔だった、それはなぜかわかった。
ハルが手を伸ばして彼女の頬に触れる。頬に触れた感触はしっかりあり、そこに彼女の頬があることがわかる。
ハルが彼女の頬を撫でていると、彼女はその彼の手に自分の顔をすり寄せ、自分の頬と手で、彼の手を包み込んで、安心しきって目を閉じた。そう彼女は目を閉じた。
「ん?どうしたの?」
ハルが答える。
「えへへ、私もハルのこと愛してるよ」
彼女がゆっくり目を開けながら言った。
ハルが答える。
「もちろん、ずっと一緒にいてあげるよ、あ、でも、ハルの方こそ私から離れて行かないでくれよ、君はカッコイイから、たくさんの女の子が声をかけてきそうだ、そして、君は優しいからきっと断れず、はわわわわな展開に…」
ハルが答える。
「ククッ、冗談だよ信用してる、君は私のこと大好きだからな」
彼女が意地悪そうに笑う。
否定できないハルは悔しそうに薄目で彼女のことを見つめる。
「ナハハハハハハ、図星かい?悔しかったら…!?」
彼女がそう言っている間、ハルは彼女に包まれていた手を彼女の首の後ろに回して、彼女の顔を自分の方に引き寄せると、ハル自身も上体を少し起こして彼女の顔に近づいた。
ハルは彼女に口づけした。
「ッ…!!」
見ない顔の奥には確かに彼女の唇があった。
ハルの口がゆっくりと彼女の唇から離れると。
「きゅ、急には…ずるいぞ…」
彼女は真っ赤な顔を隠すように片手で口を覆った。
ハルが満足そうに彼女の膝の上で笑った。
「バカハルめ…」
彼の顔を見下ろす彼女もそう一言いうと嬉しそうに笑った。
それから二人は木陰の中で昼食を取った。ハルが木に寄りかかって座り、そのハルの前にすっぽり収まる様に座った彼女が、かごからパンを取り出してハルに渡した。
二人がこの後のことを話したりしながら簡単な昼食を終えると立ち上がって、下に敷いていた布を片付けお互いの荷物を持った。
木の下に立つ二人の間に風が吹き抜ける。
「それじゃあ、お家に戻るか、ハル」
彼女がハルに手を差し出す。
ハルが嬉しそうにその手を握って、二人は歩き出した。
小さな丘から離れる途中ハルが彼女の顔を見て言った。
彼女も歩きながらハルの方を向く。
「うん!そうだな、また来たいな!」
彼女は無邪気に笑った。
その笑顔を見たハルはとても幸せな気持ちになった。




