神獣討伐 幻覚と見まがうほどの絶望
「全てを拳に乗せる…」
オートヘル総帥。マーガレットが拳を構える。
「ハッ!!!」
放たれた正拳突きが空間を揺らし、その拳の先から放たれた圧がエルノクスに直撃する。その衝撃の余波は、あたりの瓦礫の山もろとも吹き飛ばし崩壊させる。
土煙が舞う。
「何かと思えば、こんな子供だましの魔法で私を騙せるとでも思いましたか?」
エルノクスは透明な黒いドームを張って攻撃を防いでいた。
「はあああああああああああ!!!」
黒いドームに、マーガレットの蹴りが炸裂する。黒いドームがその衝撃に耐えきれずガラスが砕けるように割れる。
「この戦いに何の意味があるんですか?」
飛び掛かって来たマーガレットに向かってエルノクスが黒い刃を放つ。それをすれすれで交わした彼女が、さらにエルノクスに近距離戦を仕掛ける。
エルノクスがさらに手に刃を召喚すると、片手で接近する彼女に振るい下ろした。
魔法で強化された彼女の動きは速く、ステップを刻んでエルノクスの刃をかわした。隙ができたところで、マーガレットの右こぶしがエルノクスの脇腹を捉える。
しかし、エルノクスはもう片方の手で小さな魔力の盾を発動しこれを防ぐ。そして、その小さな盾には棘が付いており、殴りかかってきた彼女の拳を貫いていた。
「あんた接近戦にも心得があるのか?」
マーガレットが貫かれた手を庇いながら距離を取る。
「長く生きていれば、心得は増え、苦手は減ります。今の私は、すべての戦闘技術に置いて万能の者だと思ってかまいません」
「エルフの特権というやつか…」
「ええ、ですから、この状況もすでに私にばれているということを先に言っておきます」
マーガレットは少し戸惑ったように眉をひそめる。
「何を言っているんだ?」
「とぼけなくてもいいですよ、私はこのような魔法の戦いにも慣れているので」
「本当に分かってるのか?自分の置かれている状況が…」
「ええ、なにせこの術に対して私は完璧な対処法を持っているので…」
そこでマーガレットは攻めようとした足を止めた。
「なら、言ってみろ自分の身に何が起こっているか?」
そうマーガレットに言われたエルノクスが迷わず答えた。
「何も起こってない。この空間は幻であり現実ではない。ここは夢。私とあなたが共有している夢の中。その証拠に私が向こうの現実世界の貴方を殺してもいい。私にはそういった反則的な手段がある。なにせ魔法のスペシャリストだからね、私は」
「でまかせをいうなよ…ここが夢だという証拠はないだろ?」
「いいや、ここは夢の中ですよ。証拠はそうですね、これでどうでしょう?」
そこでエルノクスが何もない方向に軽く刃を振るった。
その瞬間、マーガレットの太ももが何かに斬りつけられたような傷が走り血が溢れた。そして、マーガレットの顔がみるみる内に青ざめていく。
「どうやって…」
「知識とは力です。このような幻覚を用いた戦い方は、かつて【アクム】と呼ばれた催眠や幻覚魔法を得意とする暗殺者集団が編み出した古の戦闘技術で、その名は【夢幻流】として、知る人には、知られていました。まあ、ほとんどの人がこの夢幻流に聞き馴染みが無いのは、それほどアクムの暗殺成功率の高さを表しているといってもいいでしょうね」
エルノクスが淡々と、説明を続ける。
「さて、そんなアクムの得意スタイルをなぜ私が知っていると思いますか?」
マーガレットが答える前にエルノクスが自分ですぐに答えを言う。
「それは、この私自らが一度アクムに暗殺されかけたからなんです。最初は驚きました。戦闘中、ずっと夢の中にいたのにその違和感に全く気付かず、いつ夢の中に放り込まれたのか、現実との境目が分からなくなる程の見事な魔法だったのですからね。夢幻流は、現実に夢を刷り込む、二世界からの挟み撃ち。現実で夢を見ている時間は一瞬にも満たないわけですが、その一瞬も夢の中に入ってしまえば時間感覚は異なり長くなる。そうやって現実に夢を刷り込みながら相手の現実の景色に夢を織り交ぜながら、有利に戦いを進めるのが夢幻流の戦い方。
ただ、この戦い方の欠点は戦っている最中に相手が夢が夢だと、現実が現実だと、自分の立っている場所を判断された時、この戦い方は無価値になってしまう。そして、私のような魔法使いに利用されてしまう」
エルノクスが指を鳴らすと、黙って話しを聞いていたマーガレットの鼻、口、目、耳から血が溢れだしていた。
慌てて止めようとするも、その勢いは増すばかりで、マーガレットは叫ぶまもなくその場に倒れてしまった。
「夢は見せてもらうものではなく、自分で見るもの、そして、自分で叶えるものです」
エルノクスの言葉が意識を失う直前のマーガレットの頭の中に響いていた。
「………え?」
気が付けばマーガレットは、テントの中にいた。そこには戦闘の初めに吹き飛ばしたはずのテーブルなどがあり、驚くことに顔に穴を空けて殺したはずの二人のドミナスの兵士もエルノクスの傍に静かに仕えていた。
太ももには切り傷があり、マーガレットの隣に仕えていた鎧の騎士の刀の刃には血がついていた。
「おやおや、これは、これはマーガレット様じゃありませんか?どうなさいましたか?」
「………」
彼女は状況を飲み込んだ上で動けないようだった。
「何をしにここにいらっしゃったのですか?」
「お前…」
言いかけたところで、マーガレットはテントの裏から騎士を連れて出て行こうとすると、エルノクスが言った。
「まだ夢かも」
「………」
マーガレットがそこで立ち止まるが、振り返ることなくテントから出て行った。
珍客を軽くあしらったエルノクスは地図のあるテーブルへと歩みを進める。
「せっかく、面白いものが見れそうなのに、あんな小娘に邪魔されては興ざめになってしまいますからね」
広がる地図を眺める。エルノクスの頭の中には、神獣討伐のことしか頭になかった。そして、ハル・シアード・レイがどのような活躍を見せてくれるのか、彼がドミナスにとって脅威の無い存在となった今、彼の活躍はスポーツ観戦となんら変わらない。さらに彼のまだ未知の部分も拝見できるとなると、好都合だった。
兵士がエルノクスに椅子と緑茶を持ってきた。
椅子に座り地図眺めながら緑茶を啜る。
「さて、戦況は今頃どうなっていますかね、ちょっと様子を見にでも………」
テーブルの角を見る。一瞬揺れたように思えた。
「ん…」
エルノクスはそのわずかな異変を見逃そうとはしなかった。
『なんだ?』
立ち上がって、テントの外に出た。マーガレットたちの仕業でもない。ましてや、ここは確かに現実で夢の中などでは決してない。しかし、そんな現実世界にいてなおエルノクスの身体は何かよくないものを感じ取っていた。
「王よ、どうかなさいましたか?」
「静かに…」
静かにエルノクスが緑死の湖がある方角に耳を澄ます。感覚を強化する魔法を自身に掛けて意識を集中させる。
遠くで大気が唸っているような音が聞こえた。それはこちらに向かって近づいて来ていた。嵐か何かであるようだった。
『風が唸っている…』
さらにそこから先の景色を調べるために感覚魔法の感度をさらに上げる。だが、その大気が唸っている先を捕らえようとすると雑音が増え、無音になった。
「何かがこちらに来ているな…」
「確認してきましょうか?」
「いや、何か異常があれば私の部下がすぐにこの場に飛んでくる手はずになっている」
その時、エルノクスの前にひとりのドミナスの兵士が現れる。
「報告いたします」
「聞こうか」
「現在、我々が待機していた地域で非常に大きいマナ場の乱れがありました…それも一時的に魔法が使えなくなるほどの、この件を王にお伝えしておこうと参上した次第です」
「今なんていいましたか?」
「魔法が使えなくなったと…」
「その前です」
「マナ場の乱れが…」
エルノクスが顔を上げ、西の方角に目をやった時だった。
絶望がそこにはあった。