神獣討伐 頂からの一撃
白い閃光が周囲すべてを満たし、それ以外何も存在しない。
「何も見えない…」
真っ白に染まってしまった世界。それは決して世界の終わりではなく、爆発の最中に二人がいるのが原因だった。
爆心地の上空にいた二人の辺りは今だ爆発直後の炎球の中に位置していた。
人間など一瞬で燃え尽きてもおかしくない灼熱の中、二人はただ炎が上へ上へと真っ白に駆け抜けていくのを、まさにその爆発の炎の中で見ていた。
「やりすぎたかしら?」
隣からエンキウの声が聞こえて来るが姿は見えない。
巨大な爆発は二人を一切傷つけなかった。それは、その爆発自体がエンキウの天性魔法であるおかげだった。彼女は爆発する対象を自由に選択することができた。それはまるで人が相手を拳で殴るか殴らないかを決めるように、彼女は爆発という一つの現象に対して、巻き込むか巻き込まないかを彼女の意思ひとつで自由に選択することができた。
だが、その結果が、爆発最中の光に包まれていて状況が一切呑み込めないという事態に陥っていた。が二人はピンチどころか、爆発に守られるという形でこの場で一番安全だった。
むしろこの爆発を押しのけて、何かをするなど考える事の方が難しかった。
周辺は跡形もなく消し炭になっているはずで、生命がいたとしても逃げて死ぬか諦めて死を選ぶかのどちらかだろう。
『それにしても相変わらず凄い威力だ。これなら、地下にいた世界亀にも多少ダメージは与えられたんじゃないかな…』
アシュカがエンキウお得意の爆発に関心していると、爆発の熱と煙が空へと霧散していく。辺りの視界が晴れていく。
湖に咲いた巨大な爆発の花。その花が消し飛ばした痕は、湖の底に大穴を空けていた。湖の水が大穴の底に勢いよく流れて行く。
凄まじい爆発だったが、アシュカもエンキウも、今回の地下の生命体が一筋縄ではいかないことは知っていた。
アシュカの天性魔法の紅で地盤を貫く針を創り、その中にエンキウの天性魔法である宝石を埋め込んだ。落とした針が地下深くを貫き、地下に到達したタイミングで大量の宝石を同時に爆発させる。それで地下深くまでの地面を吹き飛ばし、巨大な生命体がいると思われる地下から地上までを一気に開通させるほどの大穴を開けることができていた。
「さて、地下の魔物はどんな面をしているのかな?」
「どんな生き物が出て来るか楽しみですね」
アシュカとエンキウの二人が、その光景を空から眺める。
湖の穴の底。
何かが動いた。
「ん?」
黒い影が二人の前で勢いよく伸びた。
下を見下ろしていた二人に影が落ちると、二人は今度は反対に空を見上げていた。
それはあまりにも巨大な一本の縄のようなものだった。
「………なんだ…」
そして、二人が見ていたものが生き物だと知るには、まだ、時間が掛った。
さらに、二人がいた湖から突如、次々から次へとその巨大な縄のようなものが飛び出すと、二人はようやく、それが何なのか理解した。
「蛇………」
亀でもなく、二人の前にせり上がって来たのは紛れもなく蛇だった。それも、とてつもなく巨大で、湖で見た残骸の蛇たちとは比べ物にならないサイズ。まさに山だった。湖のあちこちで隆起してきた縄もすべてこの一体の蛇の身体だった。
呆然と見上げていた二人が異変に気付いたのはそれからすぐだった。
「!?」
アシュカが星の重力に引っ張られるように、空中で足を踏み外すと体勢を崩した。
「なんだ、魔法の制御が利かない…」
隣にいたエンキウも、上手く空間魔法の〈空歩〉が維持できないのか、足が地面へとずり落ちるように、不安定な挙動をしていた。
「空気中のマナが薄くなってるのよ、アシュカ、飛行魔法に切り替えた方がいいわ」
エンキウがそう言うと、彼女は高度な魔法である〈空歩〉から比較的簡単な飛行術である飛行魔法に切り替えていた。飛行魔法の光のリングをひとつだけ出して浮遊していた。
アシュカもエンキウと同じような飛び方で飛行魔法の光のリングをひとつ展開して足元で自転させる。
「これって結構マズイ状況になったんじゃないか…」
アシュカが瞬間移動で飛ぼうとしたが、大気中に魔法を発動するためのマナが薄いため、瞬間移動での移動はできなかった。
「そうね、それにあんまり、のんびりもしていられそうにないわね…」
二人の前に聳え立つ山蛇。するとその山蛇の身体の周囲には水の球体のようなものが無数に漂い始めていた。
「あの水球…」
「まさか〈泡槍〉か……」
泡のようにプカプカと浮かぶ水球の正体を二人は看破する。それは水魔法の中でもごく一般的に知れ渡っている魔法であった。球状の水から、槍のように水の線が発射される殺傷能力の高い魔法であった。
「これが全部そうだとなると、今の状況すごくマズイ…」
魔法を扱う為のマナがそもそも大気中に薄く、魔法を使うこと自体困難になっていた。そんな中、この異常な数の〈泡槍〉を捌き切るにはまず並みの魔法使いなら絶望していたところだろう。アシュカでも顔を歪めるほど理不尽な量だ。普通の魔法使いでもせいぜい一つか二つであり、優秀な魔法使いでも、十個を超えることは難しい。それが、百、千?いや、万はある〈泡槍〉の数に顔を歪めない方が難しかった。
「待ってください、アシュカ、それより上を、あれを見てください…あれは良くないんじゃないですか………」
エンキウの顔から血の気が引いていた。彼女は聳え立つ山蛇の頂を指さしていた。そこには遥か空の先で山蛇が巨大な口を開けていた。
「あれって…」
普通に見ただけでは、巨大な蛇が口を開けているだけだったが、マナの流れを見る魔法が掛った目で見ると、その異常性に気付くことができた。
遥か上空で、超高密度なマナ反応があった。
超高密度なマナが魔法に変換されている。
そして、その魔法の威力は、おそらく、先ほどのエンキウの爆発の比ではない。それは山蛇の口元に集約される膨大なマナをみれば一目瞭然だった。
「待て、この方角は、ダメだ!!!」
アシュカは蛇が向いている方角が良くない方向に向いていることを即座に理解すると、すぐに手に紅い刃を召喚し、そのまま、飛行魔法のリングを増やして、空に舞い上がった。
「エンキウ、援護!!!絶対にあれを撃たせるな!!!」
死に物狂いで飛んで、山蛇の頂へと刃を向けるが、そこで、山蛇の身体の周りに無数に浮いていた〈泡槍〉が、アシュカめがけて線状の水をすき間なく打ち込んでいた。
アシュカはとっさに、紅で自分を包み込む球状の壁を創って、その無数の水の線の束を防ぐ。
「この…」
だが、その滝のように叩きつけられた水の勢いが、アシュカが上へと向かう飛翔を押し返してしまう。
「邪魔をするな!!!」
なんとか飛行魔法のリングを七個、八個と足元に増やして上へと向かう力を上げるがそれでも、無数の〈泡槍〉から放たれる水の束にはどうしても抗えない。
『そっちは、なんで、よりにもよって、そっちだったんだ!』
山蛇が向いている方角は、北東、その遥か五百キロ先には王都シーウェーブがあった。
アシュカが大量の水に押し返されている時だった。その水の勢いが一瞬にして消えた。
「ん!!?」
それだけじゃない。アシュカの足元を支えていた飛行魔法のリングも消えた。
アシュカが紅の壁を解き、身体に紅で創り出した翼を創造すると空に留まった。
「何…がぁ!!?」
だが、次の瞬間に、アシュカは目に見えない何かの力に上から叩きつけられていた。
アシュカが見たのは、遥か視線の先の遠くの空にいた山蛇の口から凄まじい魔力の塊が放出されたということだけだった。その莫大な魔力の塊が大気中のマナを吸収しきった余波で、大気中のマナが一時的にゼロになり、魔法が使えなくなったのだろう。飛行魔法の光のリングや〈泡槍〉が消えたのもその影響だった。
そこまで分かると、自分の身に何が起こったのかもすぐに理解した。それは単純に衝撃波だった。山蛇自身ですら大きく後ろに身体をのけ反らせた、その魔力の弾。遥か上空で放たれたにも関わらず、そこから広がった凄まじい衝撃波が、魔女二人をあっけなく、湖の底に叩き落していた。
アシュカが湖の水面に叩きつけら意識が呆然とするのと同時に、最後に見たのは、好きな人からもらった大切なコアが割れている光景だった。
『ごめんなさい、割っちゃって……』
アシュカは目を閉じ、湖の底に落ちていった。