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神獣討伐 夜は明けて

 狼煙が上がっていた。

 巨岩をある程度砕いたハルが対策本部のテントの前に降り立つ。


 エルノクス率いるドミナスの部隊が整列していた。一糸乱れぬ整列にひとりひとりの兵士の練度の高さが伺えた。


「ハル、おかえりなさい」


 ハルのもとに駆け寄って来たのはアシュカだった。彼女がじっとハルのことを見つめている。背が高い彼女をハルが見上げると、彼女は目を閉じて顔を近づけた。ハルはすぐに彼女のその行動の意図を読み取ると頬に軽く口づけをした。


「ただいま」


 みんなが見ているところであったが、恥じらいは無かった。前からそうだったが、ハルは愛する人との間の時間の中にいる時、周りの景色が遠く感じることがあった。二人だけの特別な時間が流れているからだと思っていたが、きっと相手に夢中になっているからであった。

 そして、それはアシュカの前でもそれは例外ではなかった。


 愛すると決めた人相手だとハルはとても、愛情深い対応をする。


 おかえりとただいまの挨拶の後、彼女の頬を軽く撫でると、アシュカもうっとりとした顔でハルを見つめていた。


「変わったことはなかった?」


「襲撃があったけど、たいしたことじゃなかった」


「襲撃って、ここで交戦したの?」


「うん」


 ハルがエルノクスの方へと歩いて行く。


「襲撃があったって、みんなはどうしたんですか?」


 辺りに人々がいないことをハルは少し不安に思っていた。避難所に避難させたとは思っていたが、襲撃があったとなると、状況を詳しく聞きたくもなる。


「皆さん無事ですよ。すでに地下施設ザ・ワンに移動してもらってます。それと昨晩の襲撃はすでに鎮圧済みです。まあ、我々がこうして表舞台に顔を出す機会は滅多にないので、そこを狙ってきたのでしょうね。まあ、我々の相手じゃありませんでしたが」


「みんなが無事ならいいよ」


「お会いになりますか?」


「いや、いい、作戦前に気が緩みそうだ」


 アシュカと会ってもハルの心は緊張がほぐれ和んでいた。ライキルたちに会えばきっと、保っておかなければならない戦闘感覚も鈍ってしまう。巨岩砕きはいい運動になった。むしろ今が絶好調だった。


「すぐに始めましょう、そちらの準備はできているんですよね?」


 ハルがエルノクスに尋ねると頷いた。


「ええ、すでに『緑死の湖』にも兵士を配置済みです。エンキウとアシュカが現地に飛べばすぐに作戦は始められます」


「わかりました。それじゃあ、手はず通り俺は岩を砕いて待っているので、世界亀をつり出せたら、俺を湖まで飛ばしてください」


 作戦中も容赦なく降る巨岩を無視することはできない。ハルは合図があるまで、この王都に降る巨岩砕きに間取り、合図があればハルがこれから付き添ってもらうドミナスの兵士たちに現地に飛ばしてもらう手はずが決まっていた。

 これはハルの安全を一番に考えたもので、おびき出した敵のとどめだけをハルに行ってもらうという至極単純な作戦だったが、この作戦がもたらす成功の確実性はとても高いといえた。

 この作戦を良策たらしめているのは間違いなくドミナスの瞬間移動の能力に起因していた。


「ええ、それでは始めましょう」


 エルノクスが整然と並ぶ兵士たちに向き直った。


 そこでエルノクスの側近のひとりが兵士たちに掛け声を掛けた。


「全員拝聴。我らが王の言葉を聞け!」


 側近が下がるとエルノクスがゆっくりとした声で告げた。


「これから最後の四大神獣世界亀を討伐します。この大陸最後の四大神獣を討伐に貢献できる栄誉を胸に、どうか無理はせず、自分にできる最善を尽くしてください。みんなの後ろには私や、エンキウ、アシュカ、そして、ハルさんが付いています。ひとりではありません。みんなで協力してこの作戦を成功に導きましょう」


 エルノクスの人並みの言葉に、しかしそれでも、王にそのような言葉を掛けて貰っているドミナスの兵士たちは全員感動に心を震わせていた。


「さあ、始めましょう。最後の神獣討伐を」


「ハッ!!!」


 ドミナスの兵士たちが全員エルノクスに跪いていた。


 そして、エルノクスの前に並んでいた兵士たちが、次の瞬間には全員瞬間移動の魔法を使って、その場から消えていた。


 ***


「アシュカ、ちょっといいかな?」


 ハルは、作戦に向かう前のアシュカに声を掛けた。


「な、何かな?」


 アシュカが声を掛けられたことが嬉しかったのか、少し驚いていた。しかし、すぐにも落ち着かない様子で忙しなく髪をいじったり、視線を泳がせているところからも、彼女が緊張しているのが伺えた。

 何というか、ここ数日でアシュカの変わりようは劇的だった。彼女は会うたびに最初にあった魔女から、普通の女の子に変化をしているように、牙を毒を抜かされているようだった。


「これ、アシュカに持ってて欲しいんだ」


「綺麗、これお守りとか?」


 黒い宝玉。


「違う、これは俺に危険を知らせることができるもので、危なくなったらこれを砕いてくれれば、このコアが壊れた位置が俺に伝わる仕組みの緊急連絡手段かな」


 ハルが手渡したのは〈クビナシ〉のコアだった。このコアを砕けばハルに位置を知らせることができた。


「ありがとう、一生大切にする」


「いや、だから、ヤバかったら砕いてね」


「私の宝物だ…フフッ……」


「話聞いてます?」


 アシュカに死んでもらうわけにはいかない。彼女はハルとドミナスの間を取り持つ重要な訳あり花嫁のひとりだった。もうひとりはもちろんエレメイで、彼女もライキルたちの命を握っていると考えると、手放すわけにはいかなかった。


「本当にありがとう。とっても嬉しい。ハルからプレゼントがあるなんて、そうだ私も後で、何かお礼をする。そうだな、お揃いの宝石とかどうかな、あ、でもメイメイからだと爆発しそうだから、普通の宝石店で今度一緒に…」


 浮かれているアシュカに、ハルは少しだけ綻んだ笑みで、少し背の高い彼女の首に腕を回しながら彼女に抱き着いた。


「え、ど、どうしたの、急に…」


 戸惑う彼女にハルは肩の力を抜いて言った。


「心配してるからね」


「………」


 アシュカは言葉が出ずにただ固まっていた。


「死じゃダメだよ」


「うん、絶対死なない」


 アシュカがハルのことを包み込むように抱きしめ返してくる。その彼女の大きな身体に包まれるのは悪い気はしなかった。だけど、刺激が強すぎたのか、アシュカの荒い息遣いがハルの耳の傍で止まなかった。


 それから、ハルがエルノクスと共に緑死の湖に行く、アシュカとエンキウを見送った。

 見送る際のアシュカがずっとハルのことを呆然と目で追っており、少しスキンシップを取り過ぎたと思ったが、彼女の目からは何としてでも生き残るという強い意思を感じることができたので悪い影響は与えたわけではないことは安心した。


「それじゃあ、行って来ます。ノクス、留守番よろしくね」


「ハル、戻って来たらまた、ぎゅってしよう約束だ」


 二人がそう言うと緑死の湖に飛んだ。


 二人がいなくなると、隣にいたエルノクスが言った。


「ハルさんは女たらしですね」


「心外です。ひとりひとり大事にしているだけです。彼女もそのひとりです」


「すみません、そうでした。アシュカもあなたの妻になるんですものね」


「そうですよ」


 ハルはエルノクスに見向きもしないで、ただ、空の巨岩を見上げていた。


 それから、ハルも飛び立つというタイミングで、ハルのもとにドミナスの兵士がひとり連

 れてこられた。その兵士がハルを緑死の湖にまで飛ばす役目を果たす者だった。

 そして、さらに、ハルには兵士が二人ついた。そして、その二人は見覚えのある大型の武器を背負っていた。


「ハルさんの愛刀です。もう一振りの方は我々のほうで回収しておきました。どうやら、龍の山脈跡地に落ちていて、イゼキアの軍が回収していたみたいです」


 それは紛れもなく、ハルが愛用していた大太刀の『弐枚刃』の『皮剥ぎ』と『首落とし』だった。


 兵士の二人が柄の部分をハルに差し出し、鞘を持つと、ハルはその二振りの刀を抜いた。手にしっくりくる使い慣れた刀で、間違いなくハルの弐枚刃だった。


「見つけてくれたんですね、ありがとうございます」


「ハルさんには万全の状態で挑んでもらいたかったので」


 ハルが少し空を見上げてから、軽く飛び上がり、手に持っていた二振りの刀を空に向かって振った。


 直後、空を龍のように翔けあがった斬撃が、次々と巨岩を両断した。


「お見事です」


 エルノクスが空を見上げて感心していた。


「これなら、もっと効率よく作業ができそうです」


 ハルの傍にいたドミナスの兵士たちは唖然とした様子で空を見上げていた。


 そして、ハルは刀を持って空に舞い上がっていった。

 飛行魔法で付いて来るドミナスの兵士もハルの後を追った。


「期待していますよ」


 空を見上げたエルノクスはそれだけ呟くと、テントに戻っていった。


 ***


 テントに戻ると、地図を広げたテーブルを眺めるひとりの女性がいた。


「なるほど、これは神獣狩りをしようとしているのか?だが、山蛇は討伐されたと聞いたが…」


 暗い赤色の髪に金色の瞳を輝かせていた。見た目も女性よりだがとても中性的で男性のようにも見える外見をしていた。


 エルノクスはの前に兵士たちが飛び出し、部外者である彼女に刃を向ける。しかし、そこでエルノクスが兵士たちのさらに前に出ると、その女性に向かって言った。


「これは驚きましたね。まさか、ご本人ですか?」


 エルノクスがテーブルの地図を凝視していた彼女に向かって言った。彼女が顔をあげてから、エルノクスに向き合った。


「それはこっちのセリフだ。あんたがドミナスの王エルノクス・デルトラータでいいんだな?」


「ええ、そういうあなたはオートヘル総帥マーガレットさんではありませんか?」


「いかにも」


 オートヘルの総帥は常にマーガレットという名を継承してきた。エルノクスは過去にも何度か歴代のマーガレットたちと出会っているが、今目の前に現れたのは現代のマーガレットであった。


「よく私のことがマーガレットだって分かったな?」


「ドミナスの情報収集力は並外れていますから、それに、ここ最近はずっとハルさんの周辺を調べさせていたので、あなたがシフィアムに顔を出していたことも私は把握しています。そして、その後ろの騎士のこともです」


 マーガレットの傍にはひとりの仮面を被った騎士が控えていた。


「そうか、まあ、今回は別に彼の出番はないかな。それより、昨晩は私の部隊が世話になった。ほとんど生きて帰ってこなかった」


「事前連絡も無しに来たので少々痛い目を見てもらいました。パーティーに参加したいなら招待されてから来て欲しいものです。それで、どうですか?あなた達も今回の神獣討伐に参加しませんか?」


「私たちは暗殺を生業としているのに、連絡を取るアホがいるか、それと神獣討伐にも興味はない」


「それではここに何しに来たのですか?」


「決まってるだろ、お前と手合わせしに来たんだ。まあ、通過儀礼というやつだ」


 エルノクスはそこで何か理解したかのような顔で頷いた。


「確かに、そういえば、歴代のマーガレットたちは全員もれなく我々と一度は刃を交えていましたね。もしかして、そういうことですか?」


「ああ、マーガレットは代々、お前たちドミナスの幹部をぶち殺すことが通例となってる。私はラッキーだ。王であるお前とやり合えるんだからな」


「なんて、迷惑な習わし…」


 呆れた様子でエルノクスはため息をつく。


「というわけだから、私と戦ってもらうから」


「困りますね、これからこの大陸の存亡をかけた大事な作戦が始まるというのに…」


「それじゃあ、始めるから」


 その時、一瞬で間合いを詰めた、エルノクスの側近の二人がマーガレットに刀を振るっていた。


「あぁ、ダメ…」


 エルノクスがそう言ったが遅かった。


 襲い掛かった二人の顔面をマーガレットはいとも簡単に拳で貫いた。両手に兵士の死体をぶら下げた彼女が、地面にその兵士たちを投げ捨てると言った。


「覚悟しろよ、エルノクス、ここがお前の墓場だからな」


「まあ、マーガレットの中でも、なかなかできそうではありますね。分かりました、少し相手になってあげましょう、特別ですが」


 エルノクスが黒い刃を手元に召喚する。

 だが先に仕掛けたのはマーガレットだった。


「よいっしょっと」


 マーガレットが地面に拳を放つと、地面がめくり上がり、テントが吹き飛んだ。


 裏社会のトップ同士の戦いが始まった。

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