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神獣討伐 共愛と狂愛

 エレメイの後を追って、ライキルとゼリセは瓦礫だらけの王城跡地を走った。


 そして、それほど遠く離れていない場所で、エレメイを見つけた。


 彼女は空を見上げていた。相変わらず空の巨岩は圧巻であった。自分たちに危害が加わらないと思ってみているからこうして落ち着いていられるが、もしも、地上に落ちてくるなら、逃げることも諦めて絶望するしかなかった。

 しかし、そんな悲劇はハルの活躍によって、防がれ続けていた。

 エレメイはそんなひとりの希望が飛び回る空に何か救いを求めるように見上げていた。


「エレメイさん」


「あぁ、ライキルさんに、ゼリセまで…」


 気だるげに答える声に覇気はなかった。疲れ切った顔とどこかどうにでもなれといった自暴自棄のような気分を彼女はいま持ち合わせているようだった。


「こんなところまで来てどうしたんですか?」


 口調はとても丁寧で表情だけがその声に釣り合っていなかった。


「どうしたじゃない、ここは危険だからみんなのところに戻るぞ」


 ゼリセがエレメイに近づくと、彼女はゼリセの前に肉の線を引いた。ライキルはその生々しく赤い肉をレイド襲撃の時も見ていた。


「何のつもりだ?」


 ゼリセの顔色も曇り始める。


「何って、これ以上近づかないで欲しいだけです。私とあなたたちでは住む世界が違うんです」


「住む世界って何だよ、急に別に何も違わねえだろ」


 するとエレメイの身体から肉の塊が現れ膨れ上がり肉の塊が、ゼリセとライキルの前に転がった。


「なんだ?」


「死体です。私を襲って来たので、殺しました」


 肉の塊が地面に広がるように溶けると、その中から黒い色の制服を着た人間の死体が現れた。頭が吹き飛ばされていたり、腹に穴が開いていたりと、むごい殺され方をしていた。しかし、たったこの数分にエレメイは、自分に刃を向けて来たおそらく死灰と呼ばれる者たちを返り討ちにしたのだろう。


「やっぱり、エレメイ、お前はずっと俺に何かを隠していたな…」


「ゼリセには謝らなければならないことがたくさんあります。ずっと騙していたのですからね…」


「騙す?」


「はい、私は…」


 エレメイは言いよどむが喉の奥を苦しそうに声をだした。


「このイゼキアに蔓延っていたバーストの創設者です。つまりイゼキアの騎士である、あなた達が日ごろから戦っていた敵組織のリーダーがあなたの目の前にずっといたのです」


「はぁ…なんだよそれ…嘘だろ?」


「嘘じゃありません、なら、この死体は?」


「これは、そのお前のその話してくれたその肉で作ったんだろ…」


 ゼリセはエレメイの肉の天性魔法の話しを目を覚ましてから聞いていた。だから、その肉である程度人間の形を模れることも知っていた。


「作れますが、ここまで精巧に作れません。私が肉で作れるのは本当にこのような肉の人形だけです」


 エレメイの隣には人間の形を模っただけの肉の人形が現れるが、皮膚が無いため、見るも無残なものだった。しかし、転がっている死体にはちゃんと皮膚や目玉、肉以外のものが人として正しい位置にあった。


「俺は、そんなの認めないぞ…」


 ゼリセがうつむいた時だった。ゼリセとその後ろにいたライキルの横をエレメイの肉の触手が目で追えない速さで駆け抜けた。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああ」


 直後とんでもない悲鳴が上がった。


 ライキルが後ろを見ると、そこには肉の触手に貫かれている。黒い装備で闇に紛れていた男がいた。男は腹をもう助からない肉の槍で貫かれ、苦しみながらもがいていた。


 エレメイはその貫かれた男を自分のもとまで寄せると、手に肉を纏い刃の形状にすると、苦しみにもがき絶叫する男の首をあっさりと落とした。


「ね、これが私なの、人なんて平気で殺すし、神も信じてない…」


 ゼリセがなんともやりきれない顔をしていた。その表情は計り知れない裏切りと絶望によるものだった。


「嘘だろ…」


「私はイゼキアの聖女じゃなく、ずっと、バーストのエレメイだった。それは私の昔の古巣が無くなってからずっとそうだった」


「バーストと戦って、大勢の仲間がこれまでに死んでる。お前はそのこと知ってるよな…」


「ええ、知ってる。もちろん、知ってた。だけど、私はバーストを設立したことに対して間違っていたとは今でも思ってない。たとえ、あなたとの友情を失ったとしても、私にはやり遂げなきゃいけないことがあった」


「なんだよそれって」


「ドミナスの殲滅」


「ドミナスって、今、俺たちがお世話になってる、あいつらのことか、なんだよ、それ。あいつらが何をしたっていうんだよ!」


 ゼリセがその場に座り込む。ここが戦場になっているのも構わずに。


「エルフである私の後ろには長い歴史がある。ゼリセ、あなたの寿命は短いから分からないかもしれないけど、私にはあなたに出会う前からずっと私の人生があった。その遠い過去に私という人間はすでに完成していて、私という人間が変ることはないんですよ」


 エレメイがゼリセの前にしゃがむ。


「ゼリセ、それでも騙していたことは謝ります。ごめんなさい」


 ハーフエルフである彼女の背はゼリセよりも小さい。人族と変わらない。それに耳も尖っていない。だから、見た目はゼリセたちと同じ人族だった。それでも、彼女の背後には二人が想像もつかない長い長い歴史があった。


「ライキルさんにも謝らなければならないことがあります」


「なんでしょう…」


 ライキルが少し身構えた。


「私はハルを利用していたんです」


「利用?」


「そう、今回、彼と婚約を結ぶことになったのも彼を脅しているからなの…」


「脅すって、ハルをですか?」


「そう、ライキル、あなた達に私の肉を埋め込んでいるからいつでも殺せるって、殺されたくなければ私を守ってと…」


 ライキルは不安そうに自分の胸に手を当てた。


「もちろん、もう、肉なんてライキルさんたちの誰の身体にも入ってない。だから、あなたも、そのことをハルに伝えればいい」


 エレメイがひとり瓦礫の海を歩き始めた。


「待ってください、どこに行くんですか?」


「私は消えるよ、ハルのもとではドミナスの連中に手を出せない。やっぱり、私は復讐を選びたい、あの子のためにもね」


 エレメイは遠い過去を思い出しているようだった。


「ダメですよ」


 ライキルはそこで走っていきエレメイの手を取った。


「なぜ…」


「ハルが、あなたを選んだんです。ハルがあなたを傍に置くと決めたんです。だから、絶対にあなたは逃げられません。あなたはもう何が何でもハルの妻になる女なんです」


「私はこれ以上、ハルにもあなたたちにも迷惑をかけるわけにはいかない」


「迷惑じゃありません」


「私は君のことがよく分からない。ハルのことを愛しているのに、私が彼のもとから去るのをどうして引き留めるんだ?」


「ハルがあなたを必要としているからです。あなたこそ、ハルを利用するとかいって、本当はハルのこと女として好きなんじゃないですか?」


 エレメイが一度下唇を噛んだ。


「私にはそれ以上にやることがある。それは私の人生を掛けた目標でもある。それは絶対に失敗できないものなの、だから…」


「だったら、ハルが死んでからそのやらなきゃいけないことをしてください!ハルと一緒にいる間、あなたはハルのことだけを考えて、そして、愛さないといけないんです。他のことは全部あとに、ハルのことだけ考えて、ハルの為に生きなきゃダメなんですけど!?違いますか?私、おかしなこと言ってますか?」


 ライキルが言葉を被せるように強く言った。

 ライキルの目がだんだんとエレメイから見ても怖くなるほど気迫に満ち始める。握る腕にも力が入る。

 エレメイの顔からも困惑した表情が浮き上がる。


「えっと、ライキルさん、あなた…」


 エレメイから見たライキルは、おそらく、狂ってる。ライキルはハルに狂っていた。すでに目が正気じゃない。


「エレメイさん、私はあなたが人殺しであろうと、ハルに認められたのなら私は必ずあなたを受け入れます」


「それなら、アシュカのことも受け入れるっていうの?」


「当然です。彼女もハルに選ばれました。だから、私は彼女のことも受け入れます」


「あいつは私の仇なんだけど、そのこと分かってるの?」


「おい、違うだろ!」


 エレメイが憎しみいっぱいに言うが、ライキルの狂気的な目を見て、簡単に怯んでしまった。


「エレメイさんの仇である前に、アシュカさんも私たちと同じくハルの妻になる女性です。いいですか?はき違えちゃいけないのは、自分がではなく、どうしたら、ハルに尽くせるかを考えるんです。そのためなら、私だってあなたと同じように人を殺します。大事なのはどうしたらハルと一緒にいられるか、それだけをこれからは考えてください。あなたはハルの妻になる女なんですから」


 ライキルは、強いエレメイやアシュカが羨ましかった。さっきの背後から来ていた男の存在などライキルは微塵もその気配を察知することができなかった。


 エレメイが手を汚してくれなければ、ライキルはおそらく背後からの一突きで死んでいたかもしれない。

 彼女が泥をかぶってくれた。そう、その泥をかぶってくれる行為は、ハルもそうだった。

 ハルも泥をかぶり続けている。それなら自分も一緒の泥をかぶりたかった。きっとそんなこと許してはもらえないのだけれど、ライキルはそれくらいハルの役に立ちたく、そして、それはどこまでもハルに心酔している証拠でもあった。しかも、その想いは常軌を逸していた。いまさらそんなことは誰の目から見ても明らかだったが、ライキルのハルへの想いの深さを覗いて底を見た者はまだひとりとしていない。


「私は、あなたたちのことを考えて、こうして離れようとしているんだ!もう、いいだろ!」


 エレメイが手を振り払った。彼女の手はなぜか少し震えていた。


「私たちのことを考えてくれているんだったら、私たちの傍にいてください。いいえ、ハルの傍にいてください。それだけでいいので」


 ライキルがエレメイの手を再び取って引き寄せた。思ったよりもエレメイの身体は軽かった。


「いや、だって、私はお前たちの国も滅茶苦茶にしたし、それにお前たちの大事なキャミルにだって手をだした。一緒に居られるはずがないことはお前も分かってるだろ!」


 だんだんとエレメイからは素が出始めていたが、本人はそんなこと気が付かないほどライキルとの舌戦に夢中だった。


「それでも一緒にいるんです。あなたハルのこと好きじゃないんですか?」


「私は…」


「そこは絶対に嘘をつかないで答えてください、まあ、答えは決まってると思いますが?」


 ライキルの圧にエレメイはいつの間にかどこにでもいる女の子のようにか弱い存在になり始めていた。まるで王都にいた頃のステラ・ハーピネスだった頃のようだった。


「好きだ…」


「じゃあ、離れる理由はもうないですね、エレメイさん、私たちと一緒にハルを愛してあげましょう、死ぬまで」


 エレメイがライキルの手を握り返した。その力は弱弱しかったが、それが本来のエレメイの力だった。その手はライキルがあった中で誰よりも非力だった。


「いいのか…」


「いいに決まってるじゃないですか、あなたはハルに選ばれたんですから」


 ライキルはとても穏やかな笑顔を浮かべていた。彼女がハルのことを嫌いだといっていたら、諦めていたが、彼女からそんな匂いが一切しなかった。

 ライキルが許せないのはハルに愛されていながらハルのことを愛さないことだった。そこに関してライキルは自分よりもハルに愛されている者を見るより、怒りが湧いた。


 もはや、ライキルのハルへの愛は信仰ですらあった。


「本当は迷ってたんだ…その、こんな私がハルを好きになっていいのかって…」


「いいんですよ、私だってエレメイさん、あなたのことを歓迎します」


 ライキルがエレメイの手を放すと、両手を広げた。


「さあ、一緒に戻りましょう」


「うん…」


 エレメイがライキルの胸に飛び込むのを躊躇していると、ライキルの方から迎えにいってあげた。


「ほら、人のぬくもりって暖かいですよね?独りではこうはいきませんよ」


「うん…本当にそうだな………ッ……」


 ライキルに抱きしめられたエレメイは小さくすすり泣いていた。ハル以外から受け取った優しい愛に触れて、長い間失っていた仲間を取り戻したような感覚がいまエレメイを包んでいた。


「帰りましょう?」


 聖女エレメイをライキルは籠絡させた。


「なんだよ…そうなるのかよ……ハハッ……」


 その光景をゼリセはみており、ライキルの異常性を垣間見てしまった気がした。


『都合いいなぁ…おい……』


 エレメイのことに関してもハルのことに関しても、イゼキアからしたら罰すべき者たちだったが、どうしてもそのような気持ちになれなかった。

 さらに、ゼリセはこの時、どうしようもなく、彼女たちが立ってい側へ行きたくなっていた。イゼキアの剣聖として騎士として失格だが、それでもゼリセにだって、手に入れたくなる男はいた。

 それでも、ゼリセはハルから拒絶された。それは間違いなく、ゼリセにはやることが残っているからだとハルは伝えてくれていた。それは言葉じゃなくてもわかったことだった。


 それは剣聖としてイゼキアという国を守ることだった。


 だから、きっと、ハルはゼリセを受け入れなかった。それにゼリセも本当は分かっていた。まだ、自分は剣聖を続けるべきだと。自分以外に今のイゼキアを守れるものはいないと。


『引退して、ババアになったら、ハルは私を受け入れてくれるか……』


 ゼリセがそんなあるはずもないくだらないことを考えては、エレメイとライキルが抱き合っているのを見守っていた。

 ただ、ゼリセにはやることが残っていた。


『さっきから、見てるやつがいるな…』


 ゼリセが大剣を抜いて闇が濃い方に構えた。


「おいおい、いるんだろ?こそこそしてないで出て来いよ」


 すると瓦礫の山から何人もの黒装束の者たちが現れた。


「貴女は、イゼキアの剣聖ゼリセ・ガウール・ファーストとお見受けした」


「俺を知っているのか?」


「当然、イゼキアで知らないものはまずいません」


「だったら、ここは俺に免じて引いてくれないか?そっちも死にたくないだろ?」


 ゼリセの圧に、話していた黒装束の男が怯んでいると、代わりのものが前に出て来て、言った。


「我々は、復讐に来た。たとえ、相手がこの大陸最強の剣聖であろうと、今晩、この地にいたものたちは皆殺しだ」


「ふーん、そうか」


 ゼリセはそこで大体の相手の力量が分かってしまった。


「誰の弔い合戦だ?」


「白炎ヴァレリー・オーレッジ」


「聞いたことない名だな」


「当然だ、知っていたらお前は死んでる」


「デカい口叩く前にさっきいったこと取り消した方がいいぞ?」


「何がだ?」


「皆殺しってやつ、多分、お前たちじゃ俺に傷一つ付けることもできない」


「やって見なきゃ分からないだろ?」


 そこで黒装束のものたちが武器を構えだすと、ゼリセは構えずに彼等に尋ねた。


「お前たち、ハル・シアード・レイを知っているか?」


「誰だそいつは?」


「やっぱりな、じゃあ、もういいわ」


 黒装束たちの前からゼリセの姿が消える。彼等は突然目の前からゼリセが消えたことで、困惑したが、戸惑っている場合ではないのだ。

 ゼリセが黒装束たちの背後に現れると、すでに振るわれていたデカい大剣で、彼等の腰から上の胴体を吹き飛ばしていた。


「弱いやつほど、あいつのこと、知らねんだよな…」


 血に染まったゼリセのもとに、ライキルに連れられたエレメイの二人が、心配そうに走って駆け寄って来ていた。

 かつて友だったエレメイ。バーストの頭であるなら、ゼリセはイゼキアの剣聖として、彼女を裁かなければいけない身ではあるが、彼女を裁くとなるとハルも裁かなければならないと、ゼリセの掲げている正義が歪んでしまう恐れがあった。といってももうすでにその正義はハルに想いを寄せている時点で歪んでいたのだが、剣聖として改めてやり直す以上、ゼリセは常にイゼキアという国の味方でなくてはならなかった。

 ハルもイゼキアに与えた打撃は計り知れない。しかし、現在イゼキアを救っているのもまた彼のおかげでもあることは確かで、聖女であるエレメイが国民たちにとってどれだけ精神的な支えだったかは傍にいたゼリセも理解しており、二人の審判にどう蹴りを付ければいいのか悩んでいた。


「ゼリセ大丈夫だった?」


「ああ、余裕だ」


 心配するエレメイの姿は聖女の頃のまま変わらずに、ゼリセの心を揺さ振った。


『結局、俺にはこいつらを裁くことはできないってことか…イゼキアの剣聖として失格だな…』


 イゼキアから見たらエレメイは敵であり、ハルにも現在国を救っているとはいえ罪があった。しかし、ゼリセにはもう、二人のことを裁くことはできなかった。だからといってイゼキアを見捨てたわけでもない。


『これは私が背負えばいい二人の罪過なんだな…そうか、それでいいのか………』


 そこでゼリセがエレメイの頭に手を乗せ軽く撫でた。


「エレメイ」


「なに?」


「みんなと元気でやれよ?」


「え、あ、うん。もちろん、ゼリセも来てくれてありがとね…」


「別に、俺は」


 かつての友を失った。

 それだけだった。


 ゼリセはエレメイの頭から手を離すと、大剣を担いで歩き出した。


「帰るぞ、二人とも」


 三人はほどなくして、本部のテントに無事に戻るのだった。

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