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神獣討伐 死灰舞う夜

 夜。


 王都シーウェーブの王城フエンテ跡地、瓦礫の海では、明日の神獣討伐の為か、そこにいた人々はみんな忙しなく与えられた役目をこなしていた。


 ライキルも、何か力になれないかと思い、巨岩対策本部のテント近くにあった、負傷者たちが集う医療テントで、ケガ人たちの看病をしていた。

 未だに瓦礫を探索すると隠れていた死体やケガ人が見つかる現状で人ではいくらでも欲しかった。


「支給品から包帯を持って来ました。これを使ってください」


 ビナが包帯を抱えてライキルの元に持ってくる。


「ありがとうございます」


 ライキルは怪我をしていた人の包帯を取り換える。

 手当と看病の心得はあった。それは騎士として怪我をした騎士を見ることはもちろん、子供の頃から道場で叩き込まれた基本的な教えの中にそれはあった。

 ライキルは、ビナとガルナとエウスたちと懸命に夜遅くまでケガ人たちの看病をした。


 他の人たちはというと、途中ゼリセと会うと彼女はエレメイと共に未だに瓦礫の下敷きになった死体の回収とケガ人の捜索を続けているとのことだった。


 ライキルは、ルナにも会っていた。レイド王国のルナが率いるホーテン家の兵士たちも、同じく、ケガ人と死体の捜索をしていると教えてくれた。


 そして、ドミナスの人に聞いた話だと、アシュカとエンキウは明日の為に、体力と魔力を温存しているとのことだった。


 アシュカは明日の神獣討伐に参加する。

 ライキルはそれを聞いた時、少しだけ、アシュカのことを羨ましいと思った。それはハルの手助けを直接できるという点だ。背中を合わせて戦うわけじゃないにしても、同じ戦場で彼を直接的に支える。これはライキルには到底できないことだった。


 きっとここまで彼女を意識してしまうようになったのは、どう考えてもハルが彼女のことも妻にすると言っていたからだった。


 当然、ライキルは許した。

 ハルがどれだけ女性を囲い込もうと、彼の愛が自分にしか向いていないのは、手に取るように分かっていた。けれど、だからといって、それとは無関係に、自分にできないハルへのことで、他の誰かができるとなると嫉妬した。その感情はライキルにもちゃんとあった。というより、そういったハルへの感情は誰よりも深くドロドロとしているのがライキルだった。ハルへの度量は果てしなく大きいが、他人への度量はハルのこととなると狭い。ライキルはハルへの異常執着を持ち合わせていることで、そこのバランスにはかなり複雑な構造をした感情があった。


 しかし、それを含めてライキルはハルのことを深く愛していた。


 それはきっと、ハルも自分と同じだからであった。


『私には私にできることを…』


 ライキルは自分にできることに集中した。

 ハルが今まさにそうしているように、ただ、今は目の前に集中することにした。それがここでの正しいライキルとしての在り方だと思った。


 そうして、ライキルがケガ人たちを見ていると、本部のテントの方が何やら騒がしくなっていた。


 なにかあったのかと、ライキルは一度手を止め、本部がある騒がしく人々が集まっているところに向かった。


 人だかりの中で、最初に目に入ったのは、ここ一体を仕切っているエルノクスの姿だった。


 彼はこの瓦礫の海に、大量の物資と人手を手配し、現状を劇的に改善させていた。

 彼の指揮はとても手際がよく、そして、彼の下で動く部下たちもまた彼の命令に忠実に無駄なく動くことで、必要なものや施設はすべてそろいつつあった。ありがたいことではあった。それで助かった人たちもたくさんいた。だが、この惨事を招いた元凶が彼等でもあるということは、揺るがない事実ではあった。しかし、起こってしまったことの対処として、彼等がいなければ救える命も救えなかったこともまた事実であった。


「何かあったんですか?」


 近くにいた人に尋ねると、誰かが答えた。


「襲われたみたいだぞ」


「え?」


 ライキルが騒ぎの中央になんとか顔をだすと、そこには背中に短剣を受けて死んでいる死体があった。

 その短剣が刺さった死体の背中には、酷い火傷の後があり、その死体はドミナスの兵士であるようだった。


 エルノクスが屈んでその兵士から短剣を抜き取る。


「どうやら、これは宣戦布告のようだね…」


 彼は短剣の刃をじっと見つめていた。


「復讐の炎。身を焦がした我ら、闇を欺く死灰なり…」


 読み終えると、エルノクスが近くの兵士に短剣を渡し、伝言をした。


「【死灰(しかい)】ですね。兵士全員に周囲を警戒させてください。それと、要人たちの護衛を、とくにライキルさんたちを優先にです。彼ら、すぐそこまで来てます…」


 そこでライキルはエルノクスと目があった。


「ライキルさん、いいところに。こちらの本部のテントにお入りください。安全ですので」


「何が起きているんですか?」


「襲撃ですね」


「襲撃…」


「ええ、どうやら我々の居場所を嗅ぎつけた者たちが、この周辺に来ているようです。まあ、心配はいりません。この程度の事態我々にとって、午後のティータイムとそう変わりません。つまり、取るに足らない出来事だということです」


 エルノクスがライキルをテントの中に誘った。


「あの、他のみんなもここに連れて来たいです」


「ご安心ください。今、兵士を迎えに行かせました。何も心配いりませんよ」


 エルノクスがにっこりと微笑んだが、その笑顔は信用に値はしなかった。胡散臭さがあった。それでも、確実に彼の言った通りになるような気が常にあった。そして、数分も立たないうちに、エウス、ビナ、ガルナが連れて来られた。

 みんなが不安そうにしていると、外からすぐに爆発音がなった。

 遅れて、ルナやレイドの者たちも集まり、ゼリセとエレメイもいた。イゼキアの騎士や、残った人々がこのテントの周りに集まりだした。

 人が増え、テントの中に人が溢れるとエルノクスが言った。


「さて、それじゃあ、もう、皆さんには、安全な地下に避難してもらいますか」


 そういうとエルノクスが傍に控えていたドミナスの兵士に目で合図した。

 ドミナスの兵士がすぐに、目の前に手を翳すと、そこには空間を切り裂いたような人が通り潜れるほどの輪っかができた。


「どうぞ、こちらから我々ドミナスの地下施設、ザ・ワンへご入場ください」


 全員がその光の輪を疑った目でみていたが、その光の先にはすでにザ・ワンの施設内と思われる白い通路と広間が見えていた。


「皆さんにはなじみない魔法なので最初はなれないかもしれませんが、大丈夫です。何も問題ありません、なんなら私が入って安全なことを証明します」


 エルノクスが光の輪の真ん中に立ってその空間の間を行き来した。


「中には皆様のために個室も用意してあります。どうぞことが済むまでおくつろぎください」


 そこで、エレメイが声をあげた。


「中で私たちを消すってこと…」


「エレメイさん…まあ、あなたからしたら、我々は信頼に値しないと思いますが、現在ドミナスはハルさんと手を組んでいます。決してここにいる者たちに危害は加えません」


「だって、そう言ってドミナスは何度も人類を裏切っている」


「裏切るですか、まあ、それは状況にもよりますが、エレメイさんこれだけは言っておきますよ」


 場の空気が一気に凍り付いた。エルノクスがエレメイをまっすぐ見て言った。エレメイも唐突な圧に身構える。


「過去の戦争はもう終わったんです。あなた方は負け、私たちが勝った。時代に区切りが付き、そして、我々さえ手に負えない新しい芽が芽吹いた。いいですか、時代は移り変わっていくんです。誰が悪で誰が正義など、見る角度から簡単に変わり、その時々によって簡単にひっくり返ってしまうんです。それはあなたも十分に分かっているはずです」


「…………」


 エレメイは自分がしてきたことを振り返ると、歯を食いしばっていた。


「悪であり善でもあると、決して定まることはなく、常に絶え間なく流れているのです。我々は常にどちらの地にも足をつけ、歩いているのです。だから、自分たちが絶対的な正義などと掲げている者が、一方から見れば巨悪でしかないと目に映るのです。人は常に全も悪も抱えて歩いているのに…」


 エルノクスの言葉はすでに演説となってテント内にいた者たちが静かに傾聴していた。


「自分を認めないと人は前に進めない、私も多くの人に出会いそれを学ばせてもらいました」


 外ではさらに大きな爆発音が鳴った。誰かが戦闘をしている。そして、その争いからこの場にいた者たちはみんなドミナスの兵士に守られていた。すでにドミナスは、エレメイの敵ではなくなってしまっていた。


「だから…」


「もういい!!」


 エルノクスの独壇場をエレメイの怒声が遮った。


「クソが!!!」


 エレメイがひとり悔しさを顔に滲ませてテントを出て行った。


 それから、人々は安全なザ・ワンという施設に、ケガ人も含めてみんな入っていた。


 その途中、ライキルは、ザ・ワンに入ることなく、エルノクスに声をかけていた。


「あの、エルノクスさん」


「はい、なんでしょうか?」


「エレメイさんが出ていってしまって、後を追いかけたいのですが…」


「彼女なら心配いりませんよ、外にいる【死灰】でも彼女には傷一つ付けることはできないでしょう。それほど、エレメイという魔法使いの実力は確かなものです。ただ、我々とは深い因縁があるので、どうしても、一緒に居られないというのも確かなんですが、後を追うなら護衛を出しますが、ただ今は放っておくのが一番だと思います。手練れの兵士でも彼女が本気をだせば殺されるかもしれないので…」


 エルノクスが頭を悩ませる仕草をしていた。本当に悩んでいるかは口元の上品な笑みから判断がつかなかった。


「それでも、後を追いかけたいんです」


 ライキルたちだってエレメイと因縁が無いわけではない。レイドへの襲撃、そして、キャミルの母親を間接的に殺したという事実が、彼女を他のみんなから、特にエウスから遠ざける理由をうみだしていた。そして、それが簡単に解消されないということも分かっていた。

 彼女は許されないことをした。

 だが、そこでハルだった。突き放していいはずの彼女をハルは自分の手を汚してまで、許せないはずの彼女をすくい上げた。そんなハルのことを考えると、彼女にも何かあったのかもしれないと思った。まさに、エルノクスが言っていた善悪では判断ができないことが、彼女を追い詰めていたとしたら、ライキルも彼女のことを放っておくわけにもいかなかった。


「だったら、俺がついて行く」


 そこにいたのはゼリセだった。


「ゼリセ、いいんですか?」


「あいつには俺もまだまだ聞きたいことが山ほどあるからな…」


 ゼリセは少しだけ遠い目をしていた。


 ライキルはゼリセを護衛にテントの外へと出て行った。

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