神獣討伐 夜海
エルノクスとの会議は極めて簡素ものだった。
四回の話し合いの結果。
四大神獣世界亀討伐の作戦内容を極めて簡潔に分かりやすくまとめられて言われた。
呼んだら来てくれ。
これだけだった。
エルノクスは、ハルとの貴重な時間をほとんど別のことに費やしていた。
それは、討伐後のことについてだった。
さらに彼はドミナスのことについても色々と詳しく教えてくれた。海洋業をして、大陸間の物資のやり取りをしていることや、この大陸から西にある和国という場所で、今は静かに暮らしているということ、もしよければ、ハルたちも、こっちの島国で暮らさないかという提案まで受けた。
無駄話のように思えたので話を元に戻そうとした。ちなみに、彼の提案は保留にしておいた。外の世界。少しだけ興味は前からあった。
『なんかこんな話ばかりでいいんですかね…』
『といいますと?』
『もっと作戦の話しとか、しておいた方が…』
『それなら、すでに話したじゃないですか、エンキウとアシュカで世界亀を誘い出すので、ハルさんにはそれを討伐して欲しいと』
あまりにも単純明快すぎてハルは不安を覚え始めていた。
『大雑把すぎませんか?』
『今回みたいな未知との戦いはこれくらいでいいと思います。ここで緻密に計画を立てても、不確定要素がすべてを破壊すると思うので、ただ、まあ、不測の事態には我々が瞬時に対応しますので大丈夫です。そういうのには慣れているので』
エルノクスが少しくたびれた顔をして見せた。何か嫌な経験でもあったのだろうか?
それはそれとして、部屋にはハルとエルノクス以外もいたのに、静かだった。
二人の会話をエルノクスの隣にはエンキウが、ハルの隣にはアシュカが、それぞれ大人しく聞いていた。テント内にはドミナスの兵士もいたが、全員テントの隅に立って黙って拝聴していた。
『まぁ、何も心配はいりませんよ。当日はハルさんが思うままに暴れてください。我々がサポートしますので』
『ありがとうございます』
『それはこちらのセリフです。おそらく、世界亀はハルさんにしか倒せないと思うので…』
エルノクスがこういうのにも理由があった。世界亀が現在の巨岩を降らせているとなると、当然、世界亀自身にも強力な結界が張られていてもおかしくはないという推論。そうなると魔法は効かず、魔法が効かないとなると、人間の力では突破不可能であった。
だからこそ、彼等は唯一の矛であるハルの安全には固執していた。そこだけは彼等が譲らない点だった。
『それでは時間なので俺はこれで失礼します』
『ハル』
部屋を出る前に、ハルはアシュカに呼び止められた。
『あのさ…えっと……』
アシュカが身体をくねくねとしながらどこか恥ずかし気に何かを言いたそうにしていた。そこには初心な女の子のような健気さがあった。
『ああ、そっか…』
そこでハルはアシュカを軽く屈ませると彼女の顔を手で寄せてから頬に軽くキスをした。
『いってきます』
『あ、うん、いってらっしゃい…』
アシュカの顔は緩みに緩んでいた。
*** *** ***
朝から晩まで空から降る無数の巨岩を砕く。その繰り返しが、ハルの日常となり身体に馴染んで来ると、ある程度その降り注ぐ巨岩を管理できるようになり、降って来る場所と量で、砕く岩を効率的に選ぶことでだいぶ、余暇時間を伸ばすことできるようになっていた。上手くやれば、昼と夜の二回ほど、一時間は何もしないでいられる時間を作れるようになっていた。
それでも、部隊からの連絡があるまで本部に戻らないのは、どう考えても人々の命が掛かっているからで、巨岩を砕くことに一切妥協せず取り組み続けていた。
最初は巨岩がどの範囲まで降ってきているのか王都シーウェーブ周辺地域、さらには沖合の海の方にまで出て見回りをしていた。ただ、それもエルノクスとの会議でドミナスの部隊が引き受けることになり、現在ハルはただ街に降り注ぐ巨岩を砕くことだけに集中することができていた。
ハルが王都シーウェーブの上空で、岩を砕いていると、ふと、視界の隅に広がる海が見えた。
海はイゼキアに来てから、キャミルの件で走り回っていた時、何度かひとりで立ち寄ることがあった。海で、返り血を洗い流すこともあった。それで被った罪まで落ちることはなかったが、心を失っていたハルでも、底の開いた心に注がれるものは、その時あった。
『俺はまだ何も知らないんだな…』
海を見てそう思った。
ハルは海を初めて見た時は、この世界の大きさに驚かされるばかりだった。
この広がる海の先にも別の大陸があり、そこには人があり、街があり、国があるのだと思うと、ハルは海を見てその世界の広さに、冒険心のようなものが揺さ振られていた。
『いつか、みんなでこの大陸を出るのも悪くないかもな……』
ハルは愛する妻たちのことを考えた。そのうち何人かは、この大陸では生きずらいかもしれない。そう考えれば、この大陸を出ることも視野にいれていた。
『まあ、ライキルは反対するかな?いや、ついて来てくれそうだな……』
ハルは、ライキルのことをよく理解していた。多少の無茶を言っても彼女は簡単に首を縦に振ってくれる。だが、同じようにハルも彼女のことになら無条件でどんなことでも首を縦に振るつもりでいた。もちろん、それがライキルの命に関わらないことならだが、ハルは、そうやって、常にライキルという女性を中心に生きていた。
『これが終わったら、今度、みんなで海に来たいな…』
夜の黒いガラスのような海が、遠くで輝く月の光を反射して輝いていた。ハルはそんな景色を横目に、ゆっくりと地上に落ちようとしていた、直径五キロメートルはある巨大な岩を砕いては、その破片にも対処していた。
「明日ですべてが終わるのか…」
ハルが次の岩に向かって飛ぶと、夜中に岩が砕ける音が響ていた。