神獣討伐 最古の神獣
イゼキア王国、王都シーウェーブ、上空。
ハルは空から街へと無数に降り注ぐ岩を砕きながら、エルノクスと話したことに思考を巡らせていた。
***
『つまり、この巨岩はその、世界亀という神獣の仕業ということなんですか?』
ハルの質問にエルノクスが平然と答えた。
『ええ、私も最初、この巨岩を見た時、ピンと来ませんでしたが、よく考えてみれば、これほどの大規模な魔法、人の域を遥かに超えています。こんなことができるのは神獣かあるいは人を越えた何かか、しかし、あたりに神性を帯びた者はいなかった。ですので、おそらくは前者の神獣の仕業だと考えることができます』
エルノクスは空を見上げながら続ける。
『最近、山蛇が討伐されたという話題がこのイゼキアで持ちあがり、解放祭が開かれたと聞きました。違いますか?』
エルノクスが二人に質問すると、ライキルが答えた。
『確かに、ゼリセ剣聖が緑死の湖で山蛇を討伐したので、解放祭が開かれていました。途中で中断されてしまいましたが』
『なるほど、そうなると、やはり、山蛇が討伐されたということですね?』
エルノクスが納得したように頷く。
『それと何か関係があるんですか?』
その繋がりが紐解けないハルが尋ねた。
『関係は大いにあります。それにはまず世界亀の説明からしなければなりませんね。世界亀は、全長数十キロはくだらない巨大な亀と言われています。その姿はまさに動く山脈であり、ひとたび目覚めればこの大陸が割れるとまで伝承で伝えられています』
『伝承ですか?』
『ええ、世界亀についてはすべて憶測でしか語れないのは、現在生きている我々人類の中で誰もその亀のことを見たとが無いのですから当然です』
『なるほど』とハルは納得して頷く。
『世界亀には活動期間と休眠期間があると言われています。それも千年あるいは万年の単位です。我々が綴ってきた二千年足らずの人類史に世界亀の記録がないことからも、人類の歴史は、世界亀の休眠期間の中にいたと考えられます。それは人類にとっては幸運だったとしか言いようがありません』
世界亀という存在がいればこの大陸が終わっていたかもしれないということだった。そして、それは現在降り注いでいる巨岩の規模と数をみれば一目瞭然だった。この大陸は無数の巨岩によって滅亡まで、秒刻みであった。
『世界亀の存在が人類史で確認されたのは、今から、数百年も前のことです。我々、ドミナスの遺跡の調査チームがたまたま訪れた洞窟で壁画を発見したことで、その存在が示唆されるようになりました。壁画には山とそれと同じ大きさで描かれた蛇、そして、それよりもさらに巨大に描かれた亀がその壁画には描かれていました。その蛇がイゼキアの緑死の湖にいる巨大な蛇なのではないか?それなら、この壁画に掛れている亀はいったいなんなのか?ドミナスはその謎を解明するため、研究チームを発足し、何百年も調査を進めていました。そこで明らかになったのが、山蛇のいる緑死の湖の地下には何か、巨大な生命体らしきものがいるとの結果でした』
『それが世界亀ということですか?』
『ええ、おそらくは、ただ結果があいまいなのは、緑死の湖ということもあって山蛇たちに守れて手出しができなかったからです。まあ、討伐しようとすればあの蛇たちは、そこまで強くないので、ドミナスだけでも対応はできたのですが、我々は状況を静観することにしました。壁画を見るに、山蛇は世界亀と何らかの関りがあり、下手に山蛇を刺激して、世界亀のような人類の脅威を目覚めさせては、この大陸の終焉ですからね。だから、力を蓄えて対処できるようになるまで、緑死の湖は遠目からの観察するだけにするように決めたんです。すべての準備が整うまで…』
エルノクスがそこでハルを見つめる。敵意の無い笑顔でだ。
『ですが、ハルさん、あなたが現れたことで我々の予定は大幅に短縮されることになりました。それはあなたが四大神獣を討伐してくれたおかげです。我々人類は、ハル・シアード・レイという最強の矛を手に入れたのですから、これで何が来ても大丈夫ということです』
しかし、ハルはそう言われても素直に認めることはできず、少し心配そうな顔をした。
世界亀。
山蛇と代わって、四大神獣の一角は紛れもなくその亀になった。
四大神獣との戦いは、言うなれば未知との戦いだ。
何が起こるか分からない。
『もし、その神獣が、俺でも防げない、強敵だったらどうするんですか?』
さらに、もしものことをハルは考えていた。どんな相手だろうと今更負けるつもりはなかったが、それでも万が一自分が勝てない特殊な敵がいるとしたら、例えば、スフィア王国であった神みたいな例外を現実に持ち込んでくる敵がいた。それくらいこの世界は広い、自分が負ける。そんな可能性も捨てきれはしなかった。
『大丈夫、君はあの青龍を龍の山脈ごと葬ったんだ。きっと、世界亀も君ほど理不尽な存在じゃないと私は思っています』
『そうですかね…』
エルノクスとハルの間で、ハル・シアード・レイという人物の評価に大きな差があった。ハルに関しては自分自身であるにも関わらず、不安が残り、エルノクスに関しては、全くその点について心配していないというおかしな状況だった。
『………』
ハルが静かに空を見上げた。そろそろ、行かなければならなかった。
『時間ですか?』
『ええ、そろそろ、海の方にも落ちそうなので…』
『海に落ちたらきっと、この街を飲み込む波が押し寄せるでしょうね』
『だから、もう、行きます』
北の空を見上げながら言った。
『それがいいでしょう。あ、そうだ、ハルさん、聞き忘れていました』
『なんですか?』
『世界亀討伐の依頼、受けてくれますよね?』
『ええ、それはもちろん』
ハルがそういって飛び立とうとした時、足を止めてエルノクスを見た。
『あと、エルノクスさん』
『はい、なんでしょう?』
『ライキルたちに何かあったら、あなたから真っ先に殺しますから』
『あぁ、ええ、もちろんです。そのつもりの覚悟私にもありますよ』
エルノクスがなんともつかめない微笑みを浮かべていた。
ハルは休憩という理由でここにいたが、実際はライキルに向けられたうっすらとした殺気に反応して降りて来ていた。
『ハルさん、私も世界亀討伐に向けてこれから動きます、ただ、どうやって連絡を取りましょう?』
まさか、自分を呼ぶためだけにライキルに殺気を放ったのかと疑ったがすぐにそんなくだらない妄想は頭の中でかき消した。
『用があれば、昼には本部から狼煙を、夜には明かりを空に飛ばしてください、俺も確認しておくので』
『わかりました、じゃあ、それでお願いします』
そこでハルは最後にライキルの方を向いた。
『ライキル、みんなのことよろしく頼むね』
『はい、ハルもどうかご無事に、何かあったら…その、私、なんでもしますから、私にできることならなんでも…』
『ありがとう、それなら、本当はライキルたちにもここから避難して欲しいけど…』
ハルがそう言いかけると、ライキルが首を横に振った。
『それは、したくないです。ハルをひとりここに残して私だけ逃げるのは…あ、ただ、他のみんなには聞いておきます。これはあくまで私の意見なので…ごめんなさい、私のわがままで、だけど…えっと……』
そこでハルがライキルを抱きしめた。
『分かってる。ありがとう、ライキルがここに居てくれるだけで俺も力出る、なんだったら、祈ってくれてたのとても嬉しかった』
『いえ、そんな…』
『もう、いかなくちゃ、また戻って来るから、身体にだけは気を付けて』
ハルが心配そうな顔をしていたライキルの頬に軽くキスする。そして、すぐにその場を後にした。
その場にいたライキルとエルノクスには、ハルが移動した瞬間をとらえることができず、二人の前からはまるで、最初からその場にいなかったかのように、姿が消えていた。
***
ハルは、街の中央を確認しながら、その日も一日中、降り注ぐ巨岩を破壊し続けた。
それから、三日間、ハルは一切休むことなく空から無限に降って来る岩を砕いていると、四日目の朝方に、街の中央で狼煙が上っていた。
それは、エルノクスからハルへの集合の合図だった。