あっけない
近くで見るとそこまで手のかかるような岩ではないことに気付いたハルは、一振りで岩を破壊しあとは、時間を遅らせて、その間にパパッと力を加減した拳を何度か放つと、岩は粉になった。
慎重になっていた。自分の中には不確定な力がある。それがふとした瞬間に漏れでもすれば、大切なものを失ってしまうと分かると、力を発揮することに臆病になった。これが人の心が戻った代償でもあった。けれど、前よりも気分はずっと良かった。この緊張感が人には必要だった。例え史上最強であっても、この震えがずっと自分を人としての高みに連れていってくれた。そして、みんなを傍に寄せ集めてくれた。
止まっていた時間がゆっくりと加速し出すと、辺りには空気を割く轟音が響き渡った。
岩の一つを破壊したハルは、そのまま、黒い闇を足元に召喚しそれを踏み台に次の岩に飛んだ。空中は歩けなくなっていた。当然だ人なのだから、神様のように空を歩けはしない。
ハルはすでに二つ目の岩の上に立っていた。
雲を抜けた巨岩が街を目指して落下している。
『光の方はまだ使えないか…』
ハルが自分の手のひらを見つめる。以前まで、【光】の性質を持った天性魔法を操れていたが、現在使用している【闇】の天性魔法に切り替わってから、一切その〈光〉が使えなくなっていた。
『でも、分かる。ちゃんとまだ鈍い光だけど感じる。ここにある……』
ハルが目を閉じて自分の胸を抑える。そこには確かに小さいけれど光があった。まだ闇に埋もれてはいるが、自分の中にもまだ光があった。
二つ目の巨岩を砕く。ハルが加速し、辺りの景色がゆっくりになる。再び砕けた岩を飛び回って拳で破片を砕いて回る。すべてが細かく粉になったところで、次の巨岩に目をやる。
遥か数キロ先にある、三つ目の巨岩もまだ、街からの距離は十分にあった。
ハルは辺りを見渡しながら、三つ目の巨岩の上に乗る。そして、同じように砕き、粉にする。その粉は砂煙となり、上空に吹く強い風に流され、街にすら降らなかった。
『これなら、結界を張ってもらう必要もなかったかな…いや、でも、もしもの安全対策は取らないと、これがひとつ地上に落ちただけでもおそらく、街が消し飛ぶからな……』
ハルは軽々と岩を砕いていたが、さきほどから砕いている巨岩は、直径が約三キロメートルはある巨大岩石だった。さらにただの岩石ではなく、何重にも結界が張られた、魔法的防御が徹底的に施された巨岩だった。この大陸の魔導士たちの魔力を総動員して落下を減速できるかどうかという絶望的な規模だ。こんなものを相手にするくらいだったら、逃げ出した方がよほど賢い選択だが、見た者が逃げ切れるかも怪しいほど、その巨岩の秘めているエネルギーは膨大だった。
ハルが落下する四つ目の巨岩に降り立つと辺りを見渡した。他にも巨岩がないか、本当に四つだけなのか?そして、この巨岩を街に落とそうとした元凶がどこかに潜んでいないか?改めて確認した。
しかし、辺りにはぽつぽつと雲が流れ青い空が広がっているだけで、変ったところは何もなかった。
「あっという間だったな…」
ハルが最後の四つ目の岩を砕いた。
「一体何だったんだ…」
四つすべての岩を砕くと、ハルはみんながいる対策本部に戻るのだった。




