破砕
眠りに落ちたゼリセを見下ろしていると、後ろから声が掛かった。
「ハル?」
「ライキル」
「そこにいるのゼリセさんですか?」
駆け寄って来たライキルが横たわるゼリセを見ていた。
「そうだよ」
「無事なんですか?」
「生きてるよ、治療を受けた後で眠ってるだけ」
「そうでしたか…」
ライキルが眠っているゼリセに寄り添う。
遅れてエウス、ガルナ、ビナたちも戻って来た。その中でガルナとビナは怪我人を担いでいた。
「みんな、ご苦労様」
救助活動を続けていたみんなに労いの言葉を掛ける。ビナとガルナが怪我人を救護班である白魔導士たちのもとに運び込む間、エウスが来た。
「それで、これからハルはどうするんだ?」
「みんながここに来たら、俺はあの岩を砕きに行く、俺がいない間、みんなはエルノクスさんの指示に従っていて欲しい、それとルナとフレイのことも見ておいて欲しい、あっちにいる」
ハルが指さす方にはルナとフレイが眠っていた。
「分かった、みんなにも伝えておく」
「頼んだよ」
そこで後ろから声を掛けられた。ライキルだ。
「ハル」
「どうした?」
「また、ひとりで行くんですか?」
「そうだよ、ライキルたちはここに居てね」
ライキルは、それ以上何も言わずに、ハルに抱き着くと言った。
「無理しないでくださいね」
「無理はするよ、だけど、絶対に死なないで戻って来るから、それより俺はこっちにいるみんなの方が心配なんだからね?」
ライキルの頭を撫でまわす。
「まあ、こっちはエルノクスさんの指示通りに動いていれば、大丈夫だから、彼の言うことしっかり聞くんだよ?」
「はい、わかりました…」
それでもライキルは心配でたまらない様子だった。片時も離れたくない彼女からそんな思いが伝わって来ていた。
「心配してくれてありがとね…」
ハルもライキルを抱きしめる。温かった。そのぬくもりは何よりも温かった。
そこに怪我人を預けて来たビナ、ガルナの二人がやって来る。
「ああ、ライキルだけずるいですよ!!」
「私たちも仲間に入れろ!!」
ビナとガルナがハルとライキルを包み込むように強く抱きしめた。そうやって四人が戯れているところをエウスが、退屈そうに見守っていた。
「エウスも来る?」
「絶対に嫌だね」
ハルがそう言うと、エウスはとても嫌そうに拒絶していた。まあ、来れば間違いなくエウスは周りにいるビナかガルナの拳をもらうことになるのだろう。
そして、その時はやって来た。本部に大勢の人が増えて来ると、ハルにドミナスの兵士と思われる者が声を掛けて来た。
「ハル様、全員本部に集まりましたので、巨岩の破壊をお願いします」
「みんな、集まったんだね?」
団欒もそこらで、ハルは切り替えた。
「はい、ここら一帯の人達はすべて、この対策本部に集っています」
「じゃあ、エルノクスさんにも伝えて、最初はこの真上にある巨岩で時計回りに破壊していくからって」
「お伝えしておきます。ハル様、どうかご武運を」
その兵士が、外で家来たちと会議をしているエルノクスの方に向かっていく。そして、彼がハルの内容を伝えると、ハルを見て頷いていた。
「それじゃあ、行ってくるから、離してくれないかな?」
ライキル、ビナ、ガルナが、ハルの真っ白い衣を無意識に掴んでいたようで、みんなそのことに気が付くと慌てて離していた。
「絶対に無事に戻って来てくださいね?」
ライキルが言った。
「うん、それじゃあ、行ってくる」
ハルがライキルの頬に軽くキスした。
ハルが駆けだした時だった。一瞬、視界に、本部の隅で、独りでいるエレメイの姿があった。居場所が無さそうにしていた彼女の元に寄った。
「エレメイ」
「ハル、行かなくていいんですか?」
言葉使いは聖女の時の丁寧な口調に戻っていた。
「ちょっと、エレメイのことが心配になって…」
「私、なんかより、この街を救ってください、そっちの方が先です!!」
「ごめん、そうだよね」
叱られたハルが再び駆けだそうとしたが、やっぱり、足を止めた。
「えっと、エレメイ、お願いがあるんだけどいいかな?」
「何ですか?」
「みんなのこと頼んでもいい?ライキルたちのこと」
「ええ、責任持って、私が守りますから、ハルは急いでください」
「良かった、ありがとう。また、戻って来るから、その時、みんなにエレメイのこと改めて紹介するから、待っててね」
ハルがエレメイの頬に軽く口づけをした。
「ハル…」
エレメイの視界にはもうハルの姿は無かった。
轟音が街に広がった。
「!?」
エレメイが上を見あげた時、空にあった巨岩のひとつが跡形もなく、イゼキアの空から消滅していた。
降り注ぐ破片を残すことなく、巨岩のひとつが完全にハルの拳一つで消し去られていた。
その真下にいた者たちは驚愕しその身を震わせていた。
エルノクス、エンキウ、アシュカ、エレメイ、ドミナスの魔法使いに、兵士たち、つまり、巨岩の脅威を理解していた強者たち皆が、ハルが一瞬で巨岩を砕いたという事実を理解できずにいた。
轟音が地に打ち付けられ、人々がひとつ破壊された巨岩に目をやっている時、辺りはその破壊音以外誰も言葉を口にしていなかったが、そこでエルノクスだけがひとり皆と同じように空を見上げながら呟いていた。
「バケモノ…」