見あげる空に砕けぬ巨岩
魔法使いたちがエルノクスの元に参集し、謁見した後、王都シーウェーブを取り囲むように配置されていった。それも巨大な防御結界を築くためであった。
小さい結界で室内、中くらいのもので砦や城、大きいもので街一つなど、結界にも規模があった。
結界を張るためにはその場所の魔力の量や流れ、どのような結界を張るか、その結界を張るために必要な人数は、などいろいろと事前に準備が必要で、それは規模が大きくなるほど結界を張るためには時間が掛った。
つまり街全体に短時間で結界を張るなどということは現実的に考えてありえないことであった。
それでも、エルノクスの元に集まったドミナスの魔法使いたちは、精鋭中の精鋭であった。ドミナスが組織する各部隊の長たちが、エルノクスを謁見したいが為だけに集まったともいえたが、それでも、彼等の実力はわずかな時間で王都シーウェーブ全域に防御結界を張り終えてしまうほど、その魔法技術は完成されていた。
「我が偉大なる王よ、拝顔をお許しください」
王城フエンテの跡地。瓦礫だらけの中張られたテント。巨岩対策拠点にいたエルノクスの元にひとりの魔法使いが深々と頭を下げて現れた。それも転移でだった。
「準備できましたか?」
エルノクスが、複数の家臣たちと王都シーウェーブの地図を広げて、テーブルから顔をあげた。
「はっ、防御結界の展開準備完了しました!」
「そうですか、思ったよりも早かったですね。それなら、ハルさんに報告しておきます。彼が岩を砕きますから、あなた達も、砕かれた岩石の破片を迎撃する準備をしてください。この王都を守るのです」
「承知いたしました」
その伝令役の魔法使いは、再び、その場から身動きひとつせず、転移で飛び、テント内から消えた。
「さて、それでは、誰かハルさんに伝令を準備が整ったと、岩を砕いてもらいましょう」
エルノクスの言葉に数人の家来たちが頷くと、それぞれ、瞬間移動でその場から消えて、テント内にはエルノクスひとりになった。
「私もこの目で見ておきたいですね。我々の想像をはるかに超えた彼の実力を…」
エルノクスは、ハルがいなければこの場を撤退する判断を取っていたことは想像するまでもなかった。ドミナスの総力を持ってでも、あの、突如現れた四つの多重結界で覆われた巨岩から、この王都シーウェーブを守ることは不可能だと判断することは容易かった。現状この街に何が起こっているのかエルノクスですら理解が追い付いておらず、情報収集チームに原因を探らせている最中であった。そして、いつもならすぐに情報が入って来るのが、いまだに何も情報が入って来ないことを考えると、エルノクスも眉を顰めないわけにはいかなかった。
それでも、あのハル・シアード・レイが人智を越えた巨岩を砕けると言ったのなら砕くのだから、特に今のところ心配はしていなかった。
それに万が一のことがあれば、近くにいたハルの身内たちをみんな転移させることも可能だった。それはそれで後から彼に感謝されることになり、どっちらに転んでも今の立場はエルノクスにとって美味しい状況だった。
「ハル・シアード・レイ…」
レイドの元剣聖にして、四大神獣を討伐する者。
『人ならざる者……』
彼を人間と認めるわけにはいかなかった。それに、人間でないと断言できるほどに証左はいくらでもあった。その中でも、四大神獣黒龍討伐の際、龍の山脈を消滅させたことには、エルノクスも度肝を抜かれていた。
さらにはあの青龍を討伐したことも未だに信じられなかった。四大神獣枠組みを超えた世界でも類を見ないほどの化け物じみた龍。あの青き衣をした龍一体でおそらく世界は簡単に滅んでしまうほどに、青龍の存在は世界の脅威だった。それを住処の山脈ごと消し飛ばすのは、いささか、夢物語が過ぎた。
だが、現実であった。
彼が一体何者なのかはエルノクスの興味を引くところではあった。
彼がドミナスの最大の脅威として突如時代の渦に現れた埒外の最強であることは、間違いなく、そして、今後二度と現れるような部類の存在でもないことも、エルノクスは確信していた。
支配の王であるエルノクスが、唯一、無条件で屈服しなければならないほどの存在。
それが、あのどこにでもいるようなハルという青年だった。
「恩を売っておきたいものだな…」
エルノクスがテントの外に出る。
空を見上げた。
四つの巨岩が街に迫っていた。
「あれを砕くのか…」
やはり、それだけでも、エルノクスからすればハル・シアード・レイという存在は、極めて異常だった。
エルノクスはそうやってしばらく空を見続けていた。




