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抱かれたい

 土煙が過ぎ去ってから、それなりに時間が経った。残された瓦礫の戦場にひとり、無様に警戒を怠らず剣を構えていたヴァジュ・ディモルだったが、ついに剣を降ろした。


「まさか、剣聖が目の前の敵から背を向けるとは、少し驚きました…」


 辺りは相変わらず、不気味な静けさがあった。瓦礫の山に腰を下ろしたヴァジュは、身体を休めた。ゼリセとの戦いよりも、爆発の傷の方が深手だった。

 ヴァジュの天性魔法は〈影抜け〉という回避に特化したものだったが、連続して拡散した爆風のような広範囲の攻撃には、その〈影抜け〉の効果時間が短いということで、回避しきれないという欠点を突かれた結果、こうして、傷を負っていた。


 ヴァジュの〈影抜け〉の弱点には持続力の乏しさがあった。


 だからこそ、刹那的な斬撃などの剣での攻撃にはめっぽう強いという特性があり、剣などの武器だけで攻めて来る相手なら、誰にも負ける気はしなかった。


「空が白んでる」


 天を見上げると空が不気味なほど白く輝いていたが、ヴァジュからしたら、さして興味を引くことでもなかった。天変地異の前触れ、そう捉えることもできたが、もしそうだったとしても、何が起こるか見当もつかず、分かったとしても、空一面が白く輝く現象に、たかが一人の人間がどうこうできることではなかった。


「世界が終わる前に、決着を着けておきたかったですね…」


 ゼリセとの決着はまだついていなかった。


 血が滾るような戦いを望んでいたが、結局、彼女の本気を引き出すには、連れ添い護衛していた王が邪魔であったし、彼女自身もそれで気を取られて戦いに集中できていなかった。


「あ、いたいた、ヴァジュ、無事だったか…」


 瓦礫の山をかき分けて、ラチム・ドフが駆け寄って来ていた。


「ラチム、お前こそ無事だったのか…」


「なんとかな、といっても、白魔法で耐えただけで、身体は無事だが体力の限界だ…」


 見たところラチムの服の至るところには穴が開いていたが、その先の身体に傷はなかった。白魔法の修復能力の賜物なのだろう。まさに異常な回復魔法だった。それでも、その代償として、ラチムは酷く疲弊しているようだった。


「すまないが、私に白魔法を掛ける余裕はあるか?」


「怪我してるのか?」


「少しな」


 そこでヴァジュが押さえていた脇腹をみせると、深々と木の破片が突き刺さっていた。戦闘中抜くわけにもいかなかったため、ずっと、痛みに耐えながら戦っていた。


「凄い怪我をしてるじゃないですか、今、治しますから」


 ラチムが木の破片を抜くとすぐにその深手を負った箇所に白魔法を掛け始めた。白魔法の優しい白い光が、ヴァジュの傷をみるみるうちに治していった。あっという間に治ると、一気に白魔法特有の疲労が襲ってきたが、ヴァジュは騎士でこの疲労にも対抗できるほどの鍛錬を積んでいたため、すぐに体を動かせた。


「ヴァジュ、これからどうするんだ?」


 緊急時であるためラチムの口調ももとのドフ家特有の粗暴で荒々しいものに変わっていた。


「とりあえずは、ロイファー様たちとの合流だ。彼なら、私たちを傘下に入れてくれるはずだ」


 ゼリセとはまたいずれと考えたヴァジュはすでに自分の次の立場を考えていた。城を壊滅させるほどの、巨大な爆発が起こったのだ。ほとんどのイゼキア王国の中心を担っていた王族と貴族が死滅したのは間違いない。だからこそ、次を見据える必要があった。混沌の中でも、ヴァジュは次の戦場に目を向けていた。


「ロイファーは教会に向かっていた。もう、死体かもしれないぞ」


「それなら、それでもいい、とにかくロイファー様の生死を見極めないことには始まらない」


「わかった」


 ヴァジュと、ラチムが、瓦礫の荒野を教会に向かい歩き始めた。その間、空は不気味なほどその白さを増し、強く輝きを放っていた。


『本当に、世界の終わりなのか…』


 ヴァジュがそんな空を見上げながら、だんだんと存在感を増す白い空に不安を抱き始めた時だった。


 赤い閃光が一瞬視界の端に目に入った気がした。


 天性魔法の〈影抜け〉が肌に触れた冷たい感触に反応して勝手に発動した。


「はっ!?」


 唐突な天性魔法の発動に温存しなければならない体力が根こそぎ持って行かれる。


『なんだ…』


 ふと横を見ると、そこには大剣を振り下ろしていた、剣聖ゼリセ・ガウール・ファーストの姿があった。赤い光を身体の周囲にぼんやりと纏わせながら、その目は怒りに満ちていた。


 灰の剣を抜きすぐさま実体化するが、即座にまた天性魔法〈影抜け〉が自動発動した。


 今度は反対側の位置から彼女の持つ大剣を振り下ろされていた。


 〈影抜け〉状態のまま、その場から離脱し、ゼリセから距離を取った。


「ヴァジュ!!!」


「ラチム!離れていろ!!!」


 〈影抜け〉を解き、実体化をする。だが、すぐに強制的に〈影抜け〉状態へと移行してしまう。


『さっきから、なんなんだ……』


 しかし、そこでヴァジュは自分の腹部から、大剣の刃が突き出ていることに、下を向いて気づいた。

 背後からの一撃。さきほどまで、遠くにいたはずのゼリセがいつの間にか背後に回り、彼女の大剣がヴァジュを貫いていた。


『これは……』


 ヴァジュの周りに、消えては、現れるを連続で繰り返しているゼリセの姿があった。目を追うことなど不可能なほどの瞬間移動の連続。表、裏、側面、ありとあらゆる位置から絶え間ない連続の斬撃を絶え間なく、ヴァジュに浴びせていた。


『〈影抜け〉を解く暇がない……』


 解けばどれも致命傷となる位置からの連撃、ヴァジュが〈影抜け〉を解けるはずがなかった。


『くそ、だが、これ以上は持たない…』


 〈影抜け〉状態であることの限界が迫り、ヴァジュはやむを得ず、実体化するしかなかった。


『剣聖を舐めていたということか…ならば……』


 ヴァジュが実体化をする。背後からの殺気。とっさに反応したヴァジュの前には振り下ろされた大剣があった。すぐに左腕を犠牲にその大剣を身体で受け止めた。左腕は吹き飛び左肩に大剣が食い込む。被っていた仮面を砕き、顔の左半分にも大剣の刃が食い込む。顔の古傷が開き大量の血が出る。


「うがああああああああああああ!!!!」


 そのまま大剣に斬り捨てられたヴァジュが瓦礫の山に突っ込む。


「おごっほ!?」


 背中に瓦礫の中にあった尖った破片がいくつも食い込む。


「来る」


 瀕死の状態でもヴァジュは一矢報いようと、右手で正面に剣を勢いよく突き出した。そこにちょうど目の前に現れた、赤光を纏ったゼリセの腹部を貫く。しかし、そんな剣に一瞬も動じないゼリセが大剣を振り下ろしていた。


『おいおい、まさか、ここで終わりなのか……』


 ヴァジュの身体が真っ二つに裂ける。瓦礫の山のふもとでヴァジュ・ディモルは虚しく散った。


「ヴァジュ!!!そんな、うあああああああああああああああああああああ!!!お前えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 絶叫と共にラチムの脚にそれぞれ、橙色と緑色の光が宿りそれが装甲のような形を取る。彼女が獣のように吠えて、怒りに身を任せて突撃した。


 ゼリセがラチムを一瞥する。


 突っ込んで来たラチムがゼリセに向かって、橙色の左脚を振るうが、そこにゼリセの姿はなかった。背後。振り下ろされた大剣が、ラチムを真っ二つに切り裂いた。


 ラチムは何が起こったも分からないまま、ヴァジュの死体に重なるように倒れた。


 ゼリセは、ひとり、空を見上げた。さきほどまで白んでいた空は青く。その青さがとても懐かしく思ったと同時に、何かが終わったのだろうと思った。


「抱かれたい…」


 ゼリセはそんな気分だった。女を男を抱きたいのではなく、今は誰かにこの心に開いた空虚を埋めてもらうために抱かれたい気分だった。


 ふと、気が付けば、教会があった方を目指して歩いていた。

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