嫌いなやつ
瓦礫と化した王城フエンテの敷地内で、イゼキア王国の剣聖ゼリセ・ガウール・ファーストと、イゼキア王国の名家ディモル家のヴァジュ・ディモルは、まだ、剣を交えていた。激闘ではあった。しかし、お互いに途中で城内の敷地で起きた爆撃で深手を負っていた。周りにいたロイファーの精鋭たちもいつの間にか居なくなり、ゼリセも爆発ではぐれてしまったヴォ―ジャス王を探そうとしていたが、ヴァジュの追撃を振り払えずにいた。
「しつこいぞ」
「ここで決着を着けるんです。邪魔な、お荷物もいなくなったでしょう?これで思う存分あなたも力を発揮できるのでは?」
髑髏の仮面を付け、黒い布を纏った鎧姿のヴァジュが、灰色の剣で斬り込む。
「クソが、それでも王立騎士かお前は、ヴォ―ジャスを見捨てる気か?」
「今更、腑抜けた王に仕えるつもりはない。私が求めるのは戦乱。この世を再び戦の絶えない時代にするような、そんな高い野心と好戦的な王が私は欲しい。だが、そんな王すでにこの世に一人としていない。だから、我々ディモル家が上に立ち、このイゼキアを戦火と共に拡大する王となる。それこそ我が望みだ」
「世間知らずのガキが、そんなクソみたいな夢語る前に、さっさと死にな!!!」
ゼリセが、振り下ろして来たヴァジュの剣を下から振り上げた大剣で弾いた。隙ができたところに、ありったけの魔法を放つ。放った魔法はどれも火炎の弾だった。しかし、その炎の球は、ヴァジュが影になると、すり抜けてしまった。
ヴァジュが後方に下がりゼリセから距離を取った。
「おっと、さすがは剣聖…力では私が見劣りしますね…」
「お前はすべてにおいて負けてるんだよ!!!」
ヴァジュの背後に、剣を振り翳したゼリセがいた。
「!?」
眼前にいたはずのゼリセがまるで瞬間移動したかのように、ヴァジュの背後に回っていた。だが、これがゼリセのもつ一番の能力であることは、ヴァジュも分かっていた。それはヴァジュがずっと彼女の傍で戦っていたということもあった。
ゼリセが背後から振り下ろした大剣をギリギリでかわしたヴァジュが反撃にゼリセの腕を斬りつけた。
「お前、俺が飛ぶのを知っていたな…」
「ええ、ずっと近くで見ていました。神獣討伐の時に」
切り口は深いが致命傷ではなかった。ゼリセが衣服を噛んで破り、腕に巻きつけるとすぐに止血を完了させた。
「あなたのその能力はおそらく、一定範囲内ならどこにでも、現れることができるといった感じですか?」
「教えるか、次は無い、覚悟しろ、今度の攻撃はお前を確実に仕留める一撃だ」
そういうと、ゼリセが大剣を地面に向かって円を描くように引き回すと、辺りに土煙が舞い、彼女は姿を隠した。
「影に隠れますか、なるほどそういった小細工もするのですね…剣聖でもあるあなたが」
挑発しながらもヴァジュは剣を構え、意識を集中させていた。ヴァジュは自身の天性魔法である〈影抜け〉を発動することが何よりも重要だった。ゼリセの天性魔法は短距離の瞬間移動で間違いなかった。彼女は普段からその短距離の瞬間移動を見せないが、神獣討伐の時は多用していた。襲い掛かる無数の蛇に囲まれても、彼女が無傷だったのは瞬間移動があったおかげであったことは間違いない。
彼女がこの大陸の剣聖の中で最強と言われるゆえんはそこにあった。瞬間移動。これを敵に回すと厄介極まりないことは確かだ。それはあらゆる攻撃が必中になるに等しいからであった。さらに彼女の持っている武器は大剣で、振るい下ろされて、瞬間移動で飛ばれた際には、彼女の大剣の破壊が必中することになり、これは明らかにでたらめな力といえた。
だが、それでもヴァジュには対抗できる用意があった。それこそ、〈影抜け〉であった。その場から短い間、影となって消えることができるなんとも回避に特化した天性魔法だった。だからこそ、襲い掛かって来たところを〈影抜け〉でかわした後反撃にでるという待ちの構えだった。
「さあ、いいですよ、どこからでも、私はここにいますから…」
ヴァジュはそのまま構えゼリセからの攻撃を続けるのだった。
「さあ………」
***
ゼリセは、ヴァジュとの戦闘からあっさりと逃げ出していた。イゼキア王国の剣聖としての役割を全うするため、王の捜索を優先していた。
「ダメだ、分からん…」
ゼリセは自身の嗅覚を使って、ヴォ―ジャス王の位置をかぎ分けようとしていた。獣人は他の種族とくらべて鼻が利いた。しかし、辺り一面から漂う血の匂いで、特定の人物を追うことが難しくなっていた。
『もう一度、爆撃を受けた場所に戻って、吹き飛んだ方向から位置を特定するしかないか…』
美しい城があった場所はすでに瓦礫の山で、ところどころに兵士や城で仕えていた者たちの死体が落ちていた。
ゼリセがそうやって、地道に吹き飛ばされた場所に戻って、ヴォ―ジャスが吹き飛んだ位置を探しまわっていると、ゼリセは、イゼキアの騎士たちが集まっているところを発見した。
「あ、お前たち、そんなところにいたのか、少し手伝って……」
ゼリセが、騎士たちが囲んでいるところに向かう。
「ゼリセ剣聖…」
「………」
ゼリセが騎士たちの輪をかき分けて、中央に進んで行くと、そこには、ヴォ―ジャス王が目を閉じて横たわっていた。
「死んだのか?」
「我々が見つけた時には、すでに、息を引き取っておられました。白魔法を扱える者が王の身体を修復いたしました」
「そうか」
ヴォ―ジャス王はただ眠っているように見えたが息をしていなかった。
「剣聖失格だな…」
騎士たちがそんなゼリセを見て首を横に振っていた。その中で、教会にいたのであろう近衛兵のひとりが言った。
「そんなことありません。ゼリセ剣聖は立派に王を守ったじゃないですか、すべてはあのロイファー様が叛逆など起こさなければ…」
「かもな…」
ヴォ―ジャスのことは普通に嫌いだった。
女だからという理由で見下し、差別する癖があったし、性格も自己中心的でひねくれている。私利私欲のために王位を振るっていたことも何度もあった。だけど、それ以上に、この街に活気と刺激を与えてくれたのも、彼だった。そして、偉いことに、彼が王であるうちに、戦争を一度も起こさなかったことだ。事実上、ハルのことを考えれば起こせなかったが正しいがそれでも、彼が王の時代には一度も戦争は起きなかった。だが、民を導くこともしなかったのが、彼でもあった。立派とは言えないが変なところで頭の切れる奴だった。
ゼリセが彼をいいと思ったところなど、一度も不敬罪にしなかったことぐらいであった。
ゼリセはヴォ―ジャス王のことが嫌いだった。とても、とっても。だが、それでも、死ぬにはまだまだ惜しい王であったことは間違いなかった。
ゼリセはこの反乱を通して、ロイファーのことが分からなくなっていた。小さい頃からの付き合いだったからこそ、ゼリセは彼の敵にもなりたくなかった。
しかし、道は分かたれてしまったと思った。
ただ、間違ってもあのヴァジュなどという名家の者を王にしてはならないことだけは分かっていた。
イゼキアにおける剣聖の役目として、王の身の安全が無くなった。剣聖として次にやるべきことは、脅威の排除だった。
ゼリセは掛ける言葉も無く、その輪から出て行こうとした。
「ゼリセ剣聖どこへ?」
「ヴァジュ・ディモルを殺しに行く、お前たちは王の遺体を安全な場所へ、後で国をあげて送ってやるんだからな…」
ゼリセは再び、ヴァジュ・ディモルの元へと向かった。
「さよならだ、我が王よ…」
真っ赤な神威がビリビリと大気を鳴動させていた。