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婚儀乱戦 和解交渉

 倒れているエルノクスにエンキウが膝枕をしていた。そこにハルがアシュカを連れて現れる。


「起きないんです」


 エンキウは落ち着き払って、ハルに言った。


「起こさないようにしたので、当然です」


 そう言ってハルがエンキウの傍に膝を折って、エルノクスの額に触れると、彼は目を覚ました。


「ノクス、良かった、死んだかと思いました」


「エンキウ、ここは、俺は確か、白い奴と…あれ、ハルさん!?」


 目を丸くして驚いていたエルノクスが勢いよく身体を起こした。


「エルノクスさんですよね、初めまして、ハル・シアード・レイです。お噂はかねがね聞いております」


「こちらこそ、ハルさんの活躍も目覚ましいものがあって、私も何度か耳にいれていましたが…」


 まだ意識がはっきりとしないのか、エルノクスは辺りを見渡して警戒を怠っていなかった。


「それより、先ほどまでここにいた白き者は?」


「あれは俺です」


 エルノクスの顔が理解に苦しむように歪んだ。そして、エンキウとハルの顔を交互に見ながら言った。


「え…いや、でも、だって、あれ?ほら、我々はハルさんとはいざこざを起こさないように、ドロシーのことで学んで、きつく言い聞かせてあったはずだが?そもそも、手をだすなって、言ってなかったけ?」


 そこで傍に控えていたエンキウが言う。


「アシュカが、戦いたいって当日に私に話していました」


「止めなかったのか?」


「アシュカは、私より強いので止められると思いますか?そもそも、ノクスあなたでも彼女を止められたことありましたか?」


「無いな、本気でやるとお互い殺し合いになるし…」


「ですよね、だから、私も彼女の好きなようにさせてあげました」


 エンキウがすました顔で言った。


「いや、でも、その結果が、これはどうなんだ?」


 エルノクスが見ていたのは、ハルに後ろから抱き着いて離れないアシュカの姿だった。

 アシュカがハルの後ろから顔を出す。


「エルノクス、私は、ハルと結婚することにしたから」


「…はぁ………」


 理解が追い付かない様子だった。


「え、結婚!?それは、本気ですか?ハルさん?」


 エルノクスが慌ててハルに確認する。ハルは、静かに頷いた。


「いや、別に、アシュカがそう言うなら私は何もいいませんが…本当にいいのですか?」


 エルノクスが信じられないといった様子でハルを見ていた。


「エルノクス、愛しい我が子からそう申し出てくれたんだぞ、私はそれを喜んで承諾したということだ。フフッ」


「なんだ、我が子って、ハルはあなたの夫になるんだろ…」


「私がハルを産んだから、我が子だ。フフッ、息子と結婚とは私も罪な女になったものだ」


「いや、え、待て、産んだってなんだ、もう、まったく私は話について行けないぞ…」


 そこでエンキウがひとつ考えを述べた。


「もしかして、アシュカは、白き者だったハルさんが、自分の身体から出て来たから、そう言っているんですか?」


「そうだ、ハルは私が産んだ。私の愛しい息子だ」


「狂ってますね」


 エンキウがにっこりと笑顔で言った。


「あの、ハルさん、本当になんていうか、こんなアシュカをもらう気ですか」


「もちろんです」


 焦るエルノクスだったが、ハルは最初からこうなった彼女を引き取るつもりだった。別に最初から狙ってこのような異常者に仕立て上げたわけではないが、こちらに好意を向けてくれている以上、これを利用しない手はなかった。だから、ハルは彼女を利用して、エルノクス、つまりはドミナスと交渉の場に立とうとしていた。


「エルノクスさん、ひとつだけ約束していただけますか?」


「はい、なんでしょうか?」


「私とアシュカさんは、家族になります。ただ、私には他にも家族がいます」


「ええ、存じております」


 やはり、ドミナスに目を付けられていると、何もかもが筒抜けだと、エレメイの言ったとおりだった。彼等は、どこまでも、この世を知り尽くしているのだ。


「その私の家族に今後一切手を出さないとここで誓って欲しいのです」


「ああ、なるほど、そういうことでしたか…」


 エルノクスの顔がそこであからさまに変わった。すべてを見透かすかのような、引き込まれて逃げ出せないような、逃げた獲物を逃さないような恐ろしい顔だった。何か戦っていた時よりも、もっと恐ろしい何かをハルはそのエルノクスからかいま見た気がした。


「当たり前じゃないですか、なにせ、もうハルさんは、アシュカの家族なんですから、私は身内に絶対に手を出しません」


「ありがとうございます」


 そこでハルはエルノクスをじっと見つめると、彼が何かを察したように口を開いた。


「口約束だけでは不安ですか?」


「わかりますか?」


「ええ、そんな顔をしています。ただ、それは私も一緒です。もう、二度とハルさんとは戦いたくないし、エンキウを失うような怖い体験もしたくないと思いました」


「では、どうしましょうか?」


「そうですね、なら、この大陸から我々ドミナスは完全撤退いたしますよ」


「………」


 ハルは顔をしかめた。その条件はあまりにもこちらに利がなかった。


「信じられないと言った顔をしていますね。まあ、当然でしょうね。それを証明しようにも、ハルさんはもともとドミナスという組織がどれくらいの規模でどのような組織なのかも具体的に知らないのですから」


 エルノクスが立ち上がると、空を見上げた深く青い空が広がっていた。


「なら、これならどうですかね、私たちドミナスがあなた方の後ろ盾になるというのは?まあ、そもそも、アシュカと結婚するのですから、我々が後ろ盾になるのは当然のことだと思いますがいかがですか?」


 毒を取り込む。ハルが待っていた回答が来た。


「それなら、俺はその対価として何をすればいいですか?」


 エルノクスがそこで優しく微笑みかけた。


「何も」


「何も?」


「ええ、ハルさんがドミナスの敵ではないと分かっている間は、ずっと我々があなたたち家族を影ながらお守りします」


「それではあまりにも条件として不公平では?」


「何をおっしゃるのですか?ハルさんに狙われない。これだけで、我が組織としては一生安泰ものです。これはとても公平な条件です」


「…………」


 ハルはドミナスという組織をエレメイから少しだけその全貌を聞いていたし、実際に、この目でドミナスがどのようなことをやっているのか、その一部を見たこともあった。とてもじゃないが人道的な組織とは言えない。それでも敵に回してはいけないという組織だということも知っていた。

 本来ならば国の為、人々の為、彼等は滅ぼさなければならないのだろう。だが、ハルが選んだのは人々ではなく、あくまでも、ライキルたちの命だった。

 ハルはこれで実質的にドミナスには手が出せなくなった。それでも、ドミナスに手を出されることもなくなった。


『これが現実だ、俺は弱かったんだ…』


 ハルはそこでエルノクスに言った。それは、せめてもの抵抗でもあった。


「なら、エルノクスさん、お互いに不干渉ということでどうでしょう?」


「ああ、それでも構いませんよ。ドミナスはハルさんたちにだけは絶対に干渉しないと約束します。ですが、困ったら呼んでください。いつでも力をお貸しします」


「ありがとうござます」


「いえいえ、こちらこそ、今日は素晴らしい一日となりました。ハルさん、感謝いたします」


 エルノクスが、ハルに向かって深々とお辞儀をしていた。その様子にエンキウも同じように頭をさげていた。


「さて、話しも済んだところで我々も力をお貸しします。エンキウ、あなたがやったのですから、あなたも協力するんだよ?」


「わかっていますよ、でも、故意ではありません、戦闘に夢中でやむを得なかっただけです…」


 そう、ハルはこうして、ドミナスと手を組むことで、大量の犠牲者を出したエンキウを捕らえることが、できなくなることも自覚していた。世間から言えばこれは大量殺人犯を泳がしているのと一緒だった。

 しかし、それはハルもまた同じだった。彼女を罰する正義などすでに持ち合わせていなかった。それでも、ここで無差別に彼らが暴れ出したら、殺すことも厭わないが、彼等もそんなバカではない。理由もなく人を殺しはしない。だが、きっとハルの見えないところで悪さを重ねていくのだろう。しかし、それもまた彼らの掲げている正義であり、ハルと同質のものであった。


 ハルはそれ以上考えるのは止めて、人命救助のため、自分も動き始めた。


 せめてもの罪滅ぼしでもあった。巻き込んでしまった。せめてもの。


 瓦礫の山を崩し生き残った人、死んでしまった人たちを運び出していた。遠くでは、エレメイが肉で、アシュカが紅い触手で、ライキルたちも懸命に瓦礫を崩し、そして、エルノクスとエンキウとその部下たちも、救助を手伝っていた。


『終わったんだな…』


 これですべて終わったと、そう思っていた。


 ただ、それも束の間。


 ひとつの石が空から落ちてくるまでだった。


「痛っ…」


 ハルが頭に当たって地面に落ちた石を見た。

 とても小さな石ころだった。


『石?まあ、辺りは瓦礫だらけだし、山から崩れて来たか……?』


 ハルがそう思っていると、身体に影が落ちた。


 ふと空を見上げると、そこにはハルでさえ息を呑むような光景が広がっていた。


「なんだ、あれ…」


 深く青い空に、突如、四つの槍のような巨大な細長い岩が現れた。しかし、驚くべきことはその岩の大きさだった。街一飲み込むほどの大きさがあった。その岩が空に現れ、今、この王都シーウェーブに四本降り注ごうとしていた。


 街中に危険を知らせる鐘が鳴り始めていた。

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