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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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雨あがるとき花園で

 リーナを見送った後、ハルは、ライキル、エウス、ビナ、ガルナのいつもの四人と一緒に、城の西館の食堂で朝食を取った。

 この日の朝は、リーナとの別れがあった以外は、特になにも変わらず、いつもの日常に戻っていた。

 みんなの食事が終わり、それぞれ、自分のやるべきことをするために移動を始める。

 ハル以外のみんなは、運動施設に足を運ぶと言って食堂を出て行く。

 基本的にみんなが向かうと言っているのは、二日前に親善試合を行った道場周辺の運動施設だった。そこは、雨の日でも騎士が鍛えられるようにと様々な運動施設が建てられていた。


「ハルは来ないんですね」


 ライキルが食堂から移動するとき、ハルに声をかけた。


「ああ、俺はちょっと行きたい場所があってね…」


「そうですか、もしよかったら、あとからでも来てください!」


「そうさせてもらうよ」


 ハルが微笑みながら返した。


 それから、ハルは、朝食を取った四人と、エントランスで分かれ、玄関の外に出た。


 雨は降っていたが、ハルが気にならない程度の弱い小雨であったため、そのまま、その小雨の中に足を踏み出していった。

 噴水の周りを右回りで進んでいく、右手には、ハルたちの部屋がある東館や新兵たちがいる寮が見えた。噴水の広場を抜けて、正門まで続く緩やかな坂道を歩いて行く、周囲には綺麗に手入れされた緑の庭園が広がっており、その美しさは、何度見ても飽きなかった。

 ハルがその道をまっすぐ進んでいくと、右手にレンガの壁が遠くにあり、その壁からはみ出すように、屋根のようなものも見えていた。

 ハルがまっすぐ歩いているとその花園まで続く脇道が見えてきたのでそこで右に曲がり脇道に入って行った。

 レンガの壁に囲まれた花園がどんどんハルに近づいてくる。

 そして、花園の前に着いたハルはボロボロの鉄格子をそっと開けて中に入った。

 中に入るとそこにはまず花のアーチがいくつも並び、ハルを出迎えてくれた。


「…………」


 ハルはそのアーチの中をゆっくり進んでいく、そうするとアーチの終わりが見えてきて、花園の全貌が見えてきた。

 そこには、美しい花が辺りに咲き乱れ、ここだけまるで別世界のようだった。花園の中心には、さっき花園の外から見えた、屋根があり、その下はちょっとした休憩所になっていた。

 花園の奥には、一階建ての木造の家があり、どうやらあそこがこの花園を管理する人がいる建物のようだった。

 ハルはその家の前まで来て、木のドアをノックした。


「すみません、誰かいませんか?」


「はーい」


 家の中から返事がして、ドタドタと足音が聞こえてきて、ドアが開かれた。

 そこには、金髪の女性が立っていた。着ている服からこの城の使用人であることがハルには分かった。


「どうかしましたか?」


 女性は優しい笑顔で接してくれる。


「すみません、この花園見学してもいいですか?」


「あ!はい!もちろんいいですよ!」


「ありがとうございます!」


 ハルが、ここを管理している使用人に挨拶を終わらせると、早速、花園の中を見て回った。

 色とりどりの花が、ハルを花園の中心にいざなうように風で揺れていた。ハルもそれに逆らわないようにゆっくり花園の中心の休憩所に足を運ぶ。

 その最中に、ハルは少し思うところがあった。


「あれ?でも、なんで花園なんか気になったんだっけ…」


 その答えは、まるで頭に霧がかかったかの様に思い出せなかった。

 ハルは、いったい、いつから自分が花園に興味を持ち始めたのか分からなくなっていた。ハルは、花にも全く詳しくなく…何かが引っかかった。

 そして、そんな状況にハルは、変な違和感を覚えていた。


「…………」


『まあ、綺麗だし、来て損はなかったな』


 ハルが気持ちを切り替えて、その休憩所に向かうとき、ポツポツと雨が嫌な速度で数回、彼の頭で跳ねた。

 そこから一気に強く振りだした雨がハルを襲った。


「うわ、急に降ってきた!」


 ハルは、急いで花園の真ん中にある休憩所を目指した。

 普通の魔法が使えないハルは、雨が降っても水魔法で雨を防ぐということもできない。


 ザアアアアアアアアア


「傘持ってくれば良かったな」


 ハルが少しばかり服を濡らして、休憩所に着くと、そこにはテーブルが一つと椅子が二つおいてあった。

 この休憩所は、六本の柱が屋根を支えてるだけの簡単な作りなので、周囲の花がよく見えた。

 しばらく、ハルは椅子に座り、雨が止むのを待った。

 ハルの耳に雨の音だけが聞こえてくる。


 ザアアアアアアアアアアアア


 ハルは、そのまま雨の音に耳を澄まして目を閉じた。

 そこからハルは、さっきの違和感を取り除こうとして、再び何かを思い出そうとしたが、彼の頭の中に浮かんできたのは、彼が王都からここに来るまでの思い出だった。


 王都出発の時、ダリアスからの激励、カイとの会話、キャミルが送り出してくれたこと、旅の道中でビナと仲良くなったこと、ビスラ砦でレイゼン卿たちと楽しい夜を過ごしたこと、パースの街に着く前に魔獣に襲われたこと、久しぶりに会ったフォルテ、デイラス、ガルナ、ルルク、初めて会ったベルドナや図書館のフルミーナ、早朝に一緒にお茶して以来仲良くなった使用人のヒルデ、会議で衝突した帝国の宰相ガジス、フォルテとの手合わせ、図書館で調べもの、リーナとの再会、レイドとアスラの親善試合、新兵のアストル、ウィリアム、フィルと知り合ったこと、みんなで服屋に出かけたこと、今日あったリーナとの別れ。


 ハルは覚えている最近の出来事をできる限り思い出した。


 そして、ハルはライキルとエウスのことを思う、ずっと自分を支えてくれた二人に心から感謝した。


『もうすぐ、二人とも…』


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアア


 雨の音がよりいっそう強くなり、ハルは目を開けた。

 屋根からは大量の水が流れ落ち、少し屋根の下に入ってきていた。


「……………」


 そこでハルが、外の様子を見ようと立ち上がったとき、花園の奥にある一つの銅像を見つけた。

 それはとても目立たないところに建っていた。

 ハルは、気が付いたら、なぜか、吸い寄せられるように、その銅像の前まで歩いていた。そのとき雨に濡れることなど完全に彼の頭から抜け落ちていた。


 その銅像は、女の子の銅像で右手に魔法の杖のようなものを持っており、左手には丸い球体のようなものを持って幸せそうに笑っていた。その女の子の銅像は、魔法使いのような格好をしていた。


「似てる…」


 ハルが雨に打たれながら、その銅像を見上げて呟いた。


 そして、ふと、ハルはその銅像の横を見た。


「あ…」


 そこには、たくさんの白い花が咲いていた。


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「あの人、大丈夫かな…」


 そのころ、花園を管理している使用人のマリー・エレオノーアは、外に出て、さっき来た青年を探していた。

 土砂降りの雨だったが、マリーは水魔法を使っていたため、一滴も濡れていなかった。


「あれ、休憩所にもいない、どこ行ったんだろう?」


 マリーが歩いて銅像の辺りまで行く。

 銅像の周りは、垣根で囲われていたため、花園にいるとしたらあとはそこぐらいしかなかった。


「帰っちゃったかな…?」


 マリーが銅像の場所にたどり着くと。


「うわあああ!」


 マリーは驚きの声を上げた。

 そこには、さっき挨拶してくれた、感じのいい、背の高い青年がずぶぬれで、立ち尽くしていた。

 彼は、水魔法も使わないで、ただ、ジッと花壇に植えられた白い花を見ていた。

 マリーは慌てて彼にも自分の水魔法の中に入れてあげた。


「だ、大丈夫ですか?」


 マリーが声を掛けるが彼は全く反応しない。そこにいる青年からは、さっきの明るい雰囲気は全くなくなっていたが、それよりも、彼の顔はとても悲しそうな表情をしていた。マリーの中で怖さよりも心配の方が簡単に上回った。


「あ、あの、だいじょ…?」


「この花綺麗ですね」


 青年が静かに花を見つめながら言った。


「え!あ、はい、とっても素敵ですよね。あ、でも、この花、もうすぐ咲く時期が終わってしまうかもしれません」


「そうですか…」


 彼は残念そうな顔をした。


「気に入りましたか?」


「はい、とっても」


「花、持っていきますか?」


 そのマリーの提案に、青年は少し考えてから言った。


「いや、大丈夫です、ただ…」


「ただ?」


「この花園に毎日来てもいいですか?」


 意外な答えにマリーは驚いた。


「ええ!もちろんです!いつでも来てください!」


「ありがとう…」


 マリーはその不思議な青年に最後に尋ねた。


「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?私はマリー・エレオノーアと申します」


「俺はハルと言います」


「ハルさんですね!」


 自己紹介を終えると、ハルは、すぐに、また白い花に目を釘付けにされていた。


「あ、すみません、マリーさん、この花の名前なんというのですか?」


 ハルが言った。


「この花は…ですよ」


 サアアアァ…


 そのとき、雨が上がった。

 雲の隙間から太陽の日差しが差し込んでくる。

 花園は温かい光に照らされ、花びらに付いた水滴が光を反射し、キラキラと輝きを放ち、花園に咲く花たちの美しさをよりいっそう際立たせた。

 空には深く青い空がその姿を現し始め、空に浮かんでいたぶ厚い雲がいつの間にか散り散りになっていた。


「あ、晴れた」


 マリーが水魔法を解いて空を見上げると、雲が太陽の光を反射して銀色に光っていた。


 花園に一つの風が吹きつけ、ハルとマリーの髪を揺らした。


「……………………………………………」


 ハルは、その花の名前を聞くと目を見開いて固まってしまっていた。











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