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婚儀乱戦 もういいよ

 最初にあったのは怒りのこもった掛け声だった。


「はあああああああああああああああああああああああ!!!」


 エルノクスが、白き者に向かって黒い剣を振るう。怒りのあまりなのか、見っともない力任せな一撃だった。その死に物狂いで振るった黒剣は、白き者には届かなかった。それどころか、見えない壁に阻まれ止まってしまった。それが何なのか、エルノクスは理解する暇も無く二撃目を打ち込む。三撃、四撃、五撃と、この身体がどこまでも振るう剣を止められない。


「これがあああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫と共に黒い斬撃が、白き者の傍で見えない壁に阻まれ弾ける。怒気を纏い、ただひたすらに白き者とを自分を阻む透明な壁に黒剣で斬撃を刻む。なんとも滑稽にも見えた。効果が無い攻撃を繰り返す彼は、完全に我を忘れていた。


「怒れずにいられるか!!!」


 黒剣を逆手に持ち背を向けバックステップと共に、全身全霊で白き者へめがけて剣を突き出す。見えない壁に阻まれるがその衝突が凄まじい衝撃波が周囲を駆け巡った。


「うらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 見えない壁に黒剣が押し込まれる。


 だが、弾かれる。


 前によろけたエルノクスの体勢が崩れる。だが、反撃の無い白き者は両手を天に掲げて白き光が降りて来るのを待っているだけで何もしてこない。ただ、越えられない壁があるだけで彼はエルノクスになど無関心であった。それは白き者にとってエルノクスという闇が、取るに足らない夜だということの証明でもあった。

 それでも、すぐにエルノクスは、たった一振りの黒剣だけで、その見えない壁を突破しようと足掻く。

 白き者が反撃に出れば隙の大きい彼はすでに首を刎ね飛ばされて死んでいてもおかしくはなかった。今、目の前にいる白き者とはそれくらい、あのエルノクスですら手の届かない遥か彼方の極致に至っていることなど承知の上だった。しかし、エルノクスは思う。だから何なのだと、愛する人が傷つけられた。それだけが、エルノクスが剣を振るう理由だった。

 愛のために戦う。愛のために生きる。愛のために救う。

 それだけで、神すら超える存在に戦いを挑むことに臆することがないのはまさに、歴戦の戦士であり、人間そのものであった。


 エルノクスが黒剣を振りかざす。黒い魔力が形となって身体から解き放たれる。全身全霊の一撃を振り下ろす。


「はああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 エルノクスが見えない壁の先でひたすら白く輝く空にしか興味ない白き者を睨みつける。


「越えろ!!!!」


 見えない壁に突き刺さる黒剣。全力を捧げる刺突の際に、黒い魔力が排出される。すべては愛する人を傷つけた罰を受けさせるためだった。だが、そこでようやく、エルノクスが彼女の存在に気付いた。怒りでただただ周りが見えていなかった。


 アシュカが、白き者の傍に侍っていた。


「アシュカ、お前、どうして、そこにいる……」


 その問いに答えることなく、アシュカは白き者に絡みつくように抱き着いていた。


「彼女に何をした?」


 その時、白き者は弱き者の言葉に耳を傾けることもなく空を仰いでは、白き光をこの世に降ろすために手を広げていた。だが、そこに邪魔するように、高身長のアシュカが屈んで、白き者の頬を両手で支えた。


「おい、待て…何してる……やめろ!!!」


 そして、アシュカが、空を見上げる白き者の唇に、強引に自分の唇を重ねていた。見せつけるように、エルノクスの前で白き者の唇を吸いつくしていた。


「愛しい我が子よ、愛しています…フフッ」


 アシュカが白き者に操られているそうとしか思えなかった。それ以外の考えが再び仲間を奪われた怒りから考えられなくなっていた。


 エルノクスは、再び、黒剣で、見えない壁に今度は今までとは比較にならない力で突きを放った。黒い魔力が彗星のように突いた剣の先から溢れて後ろに流れていく。


「貴様あああああああ!!!!」


 怒りが頂点に達した時、背後から声がした。しかし、それは頭の中に直接流れて来るものだった。


『我、神の意思。貴様に力を与える。すぐにそこにいる白き者の首を刎ねよ』


「なんだ…」


 エルノクスが、見えない壁に向かって黒剣を突き立てている間に、その声は突然現れた。


『時間がない、あの白光がこの世に降り注げば、我々、神もろとも消滅が免れない。急ぎ、この世を救え』


「何勝手なこと言ってやがる、あいつは私の愛する人を傷つけ、大切な仲間を弄んでいるんだぞ!!!」


『落ち着け、そこにいる女の四肢は失われたわけではないし、向こうにいるお前の仲間のエルフは心の底からあの白き者に惚れている』


「適当なこと言ってると、お前から斬るぞ」


『すべて本当のことだ。そこの女の四肢は斬られ失ったのではなく、強力な神威で存在を隠されているだけだ。お前さんの神威でしっかりと彼女の手足を認識してやれば、存在してるという証明が利くし、あれは時間が経てば元に戻る』


「なに…」


 そこでエルノクスが、剣を突き立てながら後ろを振り返り、エンキウのことを神威を宿した瞳でよく見た。そこには、確かに彼女の手足がうっすらと透明に存在していた。


『そして、向こうにいる、お前の仲間のエルフの女。あいつは単純にあの白き者という異物に対して、女として恋している大バカ者だ。おそらく、何か得体の知れない力か何かに魅せられたのだろう。ただ、洗脳はされてない。彼女の意思で奴を好いている、いうなれば、ただの異常者だ』


 エルノクスが、再び前を向き、白き者を溺れるように見つめているアシュカの顔を見る。そこには確かに今まで見たことのない幸せそうな彼女の顔があった。


「嘘だ…」


 そこで、エルノクスの手が止まった。黒い魔力が霧散する。


『落ち着いたところでお前さんには、我々と契約を交わす機会を与えてやる』


「アシュカは私の妹のような存在だ、それがあんな、化け物に……」


『聞いているのか、人の子よ。世界の危機なのだ。お前さんはなかなかの器をしている。だから、我が神々の意思にそなたの身体を譲り奴の首を刎ね…』


 頭の中で鳴り響く神の声とやらを無視して、エルノクスは白き空に向かって手を掲げた。


「夜よ、時も場所も関係なく、我が天上に集え」


 空に異変が起こる。

 白い光で満ちていた空の半分が突然夜に切り替わった。しかし、それでも半分だけだった。残りの半分はギラギラと輝く白い光で満ちていた。


『ありえない、これは人の域を出てる魔法だぞ…』


「神に頼るものか、消えろ、これは私の戦いだ」


 神の意思が、エルノクスの頭の中から追い出される。


 その時、ようやく、白き者が、首を動かしてエルノクスの方を向いた。何も見ていないような白い瞳が、確かにエルノクスを捉える。


「……………」


 背中がゾクッとおぞましい感覚に包まれる。エルノクスですら白き者と怒りを忘れて正対すると、最初に抱く感情は恐怖であり、そんな重い感情に支配された身体が震えていた。

 だが、それも武者震いだと自分に言い聞かせたエルノクスが言う。


「ようやく、こっちを向きましたね……」


 白き者がエルノクスに手を翳す。


「ッ!!?」


 何もかもが遅すぎた。決定的な勘違いは誰もが何かできると思っていたことだった。エルノクスも神の意思も等しく間違っていた。白き者には誰も勝てない。そこに勝ち負けはすでにない。認識された時点でエルノクスの負けは決まっていた。


 エルノクスが膝から崩れ落ち、倒れる。神でも防ぎきれない神威を飛ばされたことで、あっさりとエルノクスの意識は刈り取られていた。あっけない幕引き。それも当然。激闘など無い。そんなもの白き者の前ではありえるはずがなかった。そんな低レベルな争いが起こるはずがなかった。


「何勝手に人の男にキスしてんだ!!!」


「黙れ、殺すぞ!!!つうか、我が子にチューして何が悪い!!!」


「お前、マジで、どんな思考してんだよ、この異常者がぁ!!!」


 エレメイとアシュカが掴み合って言い争っていた。

 白き者はそんな二人の恐ろしいほどに程度の低い争いを無視して、再び空に両手を掲げると、空の半分に広がっていた夜を、白い光で消し去った。

 そして、天が白い光で満ちると、その時はやって来た。


『この世を満たせ』


 それは白き光がすべての人間に等しく平等に降り注ぐことを意味していた。ハルの愛する人ではないかぎりその白い光は、人の、神の、ありとあらゆる存在を焼き殺す裁きの光であった。

 生命の大量絶滅。

 たったひとりの神を越えた青年によるこの世の終焉。


 それは神々ですら予知できなかった結末。


 すべてが終わる。


 この存在しうるほぼすべての生ある者たちが死滅する。


 誰も助からない。


 空から白光が降りては、みんなの頭上に降り注ぐ。


 死の光。


 そこには、人も神も関係なく等しく平等に、ハルの愛する者たちの命を脅かすものが死滅する、無慈悲な光だった。ハルに愛されない人がみんな死ぬ光。だから、ライキル、エウス、キャミル、ガルナ、ビナ、ルナやフレイ、レイド王国の人たちならほとんどが生き残るだろう。


 他の者たちはいくらハルと関りがあろうと死の光によって消滅する。


 だが、忘れてはならない。


 その光が殺す対象を。


 彼、自身はどうか?ということを。


 ハルは誰よりも自分を愛してはいない。


 そんなハルの頭上にもまた、白光があった。


 例外はない。


 たとえ、それが、自分自身だったとしても…。


「ハル」    


 声がした。


 懐かしい声だ。


 聞き覚えのある声だ。


 だが、とても悲しそうな声だった。


「ハル」


 二度、名前を呼ばれた。


 見つめる先には、ライキルが立っていた。


「ハル」


 三度目の声を聞いた時には、もう、白き者の動きは完全に止まっていた。


 足を引きずったライキルが、近づいて来る。


 そして、白き者の前に立つと、彼女は言った。


「もう、いいよ」と。

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