婚儀乱戦 灰塵と化す
灰が舞い上がる。球状に覆った肉の壁を解く。瓦礫をかき分けて辺りを見渡す。爆発の直後、ドーム状の肉の中は爆風で何度も激しく揺さぶられ、転がり、元居た場所から何十メートルも離れていた。
足元には何とか守れたライキルたちが固まって、みんな気を失っていた。
『なんとか、守った…』
たが、エレメイ自身は全身が酷く焼け爛れていた。爆発の勢いに対して、生み出す肉が間に合わず、それでもエレメイはみんなの前に立ち身を呈して盾になって守り切っていた。
エレメイにとっても、ライキルやエウスは、憎むべき対象では決してなかった。ハルからも二人がどれだけ彼にとって大切な存在かも聞かされていた。助けなければと思った。それにこれ以上、エンキウたちに奪われるわけにもいかなかった。それは癪に障ることだった。
『さすがに治せないか…』
エンキウほどの魔女の一撃は当然白魔法も無効化されている。全身が燃えるように熱く、鋭い痛みでエレメイは吐き出してしまう。それでもまだ戦場に立っていた。
まだ爆煙が漂い視界が悪く辺りは霞んでいたが、それでも右側を見上げるとそこには半分以上が消し飛んだ王城フエンテの姿があった。
一瞬で教会と城の半分を消し飛ばす爆発を引き起こす。そして、それがエンキウにとっての通常の攻撃手段なのだから、ドミナスの魔女のいかれ具合がうかがえる。
『とにかく、ライキルたちはここでいい…』
エレメイは今も絶え間なく、ライキルたちがいる肉の球体を新しい肉で包み込んでいた。これで再び爆発が起きても彼女たちは怪我一つしない。
エレメイが左を見ると、遠くには相変わらずアシュカが無傷で目を瞑り座っていた。そして、彼女の周りには人型の〈紅い生命体〉が二体立っていた。おそらく爆発防ぐために姿を現したのだろう。それも精鋭の〈紅い生命体〉だ。消耗しきったエレメイではもうアシュカに近づくことすら敵わないだろう。
「凄いですね、その肉の出力。私の爆発を耐えるだけの質量をあんな一瞬で形成するなんて、相当研鑽を積んだんですね」
あの爆発で傷一つないエンキウがこちらに歩いて来ていた。
「じゃあ、二発目はどうですかね?」
エンキウが手のひらを差し出すとそこにはひとつの宝石があった。
美しい宝石だった。
光る。
直後、エレメイの目の前がその光に包まれていた。
二度目の爆発。
それも、エレメイが肉壁を創る時間も与えないほど一瞬で広がった。
吹き飛ばされるエレメイの身体が後方に何度も跳ねる。威力は一度目よりは弱かったが、その速さはエレメイでも反応できないほどの爆発で、そのため、先の爆発よりも肉体にはもろにその爆発を受けた。
吹き飛ばされたエレメイは王城の城壁に勢いよく叩きつけられた。
『まだ、次が来る…』
エレメイは身体に肉を纏い、下半身を蜘蛛のようにいくつも触手を生やし、その場から離脱した。
直後、エレメイがいた場所に、拳を全力で振りかぶったエンキウが着地した。
三度目の爆発。
その爆風に吹き飛ばされる最中、エレメイは見た。イゼキアの象徴でもあった水の都シーウェーブの王城フエンテが跡形もなく無くなっていた。
瓦礫となった戦場で、エレメイは自身の天性魔法で反撃に出る。守っているばかりだと、すでに負けを認めたようなものだった。時間を稼ぐためにも逃げながら足止めすることにした。
「我が身に宿る無限の肉よ、奴を叩き潰せ」
エレメイが、八本脚の触手で逃げながら、後方から駆けて追いかけて来るエンキウに、背中から這い出た一本の触手が、無数の触手に枝分かれし放たれた。無数の肉の塊が伸び、駆け出すドミナスの魔女に襲い掛かる。
しかし。
「そんな、浅い攻撃では足止めにもなりませんよ?忘れましたか?私たちがこうして飛べること」
気が付けば、エンキウがエレメイのすぐ隣にいた。
『瞬間移動!!!』
「まずっ」
爆発にばかり気を取られており、忘れていた。
これが一部のドミナスの者たちに許された特権。予備動作無しでの瞬間的に空間を移動する魔法。エレメイがどれだけその魔法の際現に挑戦しても実現が敵わなかった超技巧の魔法。
「〈宝石の爆撃〉」
エンキウの拳がエレメイの腹に直撃する。
「ごほっ」
そこから当然のようにエレメイの腹部で彼女の拳が爆発した。
意識が飛んだ。
*
目を覚ますと、エレメイはまた元の位置に戻って来ていた。王城の教会跡地。しかし、辺りは瓦礫の山でしかなく、唯一、アシュカがまだそこにいることが何よりも証拠だった。
あとはすべて爆発で消し飛んでいた。
「お目覚めですか?」
隣にはエンキウが余裕の笑みで立っていた。
「お前…」
「もう動かない方がいいですよ、まだ、気づいてないようだから伝えてあげますけど、エレメイさん、あなたの下半身はもうありませんよ?」
「!?」
そこでエレメイが頭を地面に擦りながらうつぶせに寝転がる自分の後ろを見ると、そこには確かに自分の下半身が無く、とめどなく流れる自分の血だけが淀みなく流れていた。
「どうでしたか?エレメイさんは、自分の人生を全うできたと思いますか?」
エンキウが頭の上から言った。
「………」
エレメイは口をつぐんでいた。
「人生ってどうなるか分からないものですよね。さっきまで幸せそうにあの壇上に立っていたあなたが今では下半身を失って地面に這いつくばっている。幸せの絶頂から地の底へ真っ逆さまって感じですね」
エンキウがその大きな体をかがめた。
「エレメイさん、これが私たちドミナスに逆らった結末なんです。私たちは支配者であなた達は奴隷なんです。分かりますか?奴隷では王を殺せない。可能性はゼロです。どれだけ足掻こうとすべては私たちの手のひらの上なんです。だから、あなた達のやって来たことはすべて無駄なんです。これは何回も言ったことで聞き飽きましたよね」
エレメイは、自身の下半身に肉を回して再生しようとしていたが、エンキウが何か魔法を掛けたのか、思うように下半身に肉が集まらなかった。
エンキウが続ける。
「それとさっき奴隷と表現はしましたが、その奴隷という与えられた役目の中でもちゃんと自分の人生を生きて幸せに暮らしている人たちもちゃんといます。あなた達が私たちに歯向かうたびに、そんな人々の平穏や幸せを踏みにじっているということを少しは考えたことがありますか?」
どの口が言っていると思ったが、エレメイは無言を貫き、今できる止血を最優先にしていた。時間は無い、意識も酷く揺らぎ始めていた。
「まあ、どうでもいいことですね、リベルスの芽もあなたで最後ということで、今回で綺麗に幕引きです。あなたのお友達と同じところに送ってあげます」
エレメイの背中にエンキウの足がそっと乗る。
「痛くはしません、一瞬で逝かせてあげます、フフッ」
エレメイのぼやける視界の先には、瓦礫と眠りに着くアシュカの姿しかなかった。
『最悪の景色だ…』
死に際の最後に思うことはそれだけだった。
あれから生き残った自分が何かできたかと言われたら、こうして、ドミナスの魔女と再び再戦し、そして、反旗を翻すことも無くあっけなく殺されるだけだった。バーストを結成したがこれもただ自分の居場所を隠すためだけの隠れ蓑で、ドミナスという組織に対抗できるほどの力はつかなかった。
逃げていたのかもしれない。戦いが終わり生き残った後、独りになった恐怖が上回って、自分を守る盾をたくさん用意していただけ、今に思えばそうだった。
恐かった。
みんなで戦って勝てなかった組織にひとりで立ち向かわなきゃならない。
そして、何より、赤翼の団を失ってしまった喪失感が、いつまでも、エレメイの強がる心に見えない傷をつけて致命傷を与えていた。
『ああ、そうだ、今になってやっと分かった、私、寂しかったんだ…みんな死んで、独りになって、私、寂しかったんだ…』
瞳からは涙が流れていた。
何百年ぶりの噓偽りない涙だろうか。
とうに枯れてしまったと思った。
「みん…な……」
みんなに。
あの頃、意味もなく馬鹿騒ぎしたり、くだらないことで喧嘩したり、次の日には何事もなかったかのように仲直りしたり、それでも互いが苦しい時は助け合ったり、辛いことも多かったけど、楽しい旅だった。
旅の中、確かにみんなと繋がっていると感じていた。
それが今はないから。
「逢い…た…い……」
あの日のみんなに。
あの日の自分で。
「お疲れ様、エレメイさん」
エンキウの足元が光りを放つ。
エレメイの視界も白く染まっていく。
「たす…」
*** *** ***
『あんたってなんで、そこまで人に頼らないわけ?』
『はぁ、なに?』
『だから、なんであんたはひとに頼らないのって言ったの』
『なんだよ、急に喧嘩売ってるの?』
『さっき、飯作ってる時、ジョンに手伝ってもらえば良かっただろ、あいつ戦闘はからきしだが、雑用は得意なんだ。料理の手際もいい』
『別に私には私のやり方があるから、邪魔して欲しくなかっただけ、うるさいし、あっちいっててよ』
『そうか、あんた、なんだか他の人と関わるのを避けているように見えたからさ』
『あのさ、今あんたたちが使った食器洗ってるんだから、邪魔しないでくれますか?』
『だから、そこなのよ、エレメイ』
『なにが?』
『手伝ってあげる』
『………』
『あんた、戦場でもピンチの時、全然助け呼ばないじゃない?あれ止めて欲しいのよね』
『はあ?そんなことないんだけど、というか、私があんたのピンチを救ってあげてるんじゃない、今日だって、そうだったでしょ?』
『そう、だから私は今こうしてここであんたと話しながら、食器を洗ってる』
『そうよ、感謝しなさい、今日私が助けに入らなかったらあんた死んでたかもしれないんだからね?』
『感謝してる。とても感謝してる』
『感情がこもってないように聞こえるんだけど』
『エレメイ』
『なによ』
『困った時は必ず助けを呼べ、そしたら、私が絶対にお前の元に駆け付ける、何があってもだ』
『当然よ、食器洗いを手伝った程度で命を救った恩を忘れるんじゃないわよ』
『ああ、だから、お前も絶対にたすけてって情けない声で叫べよ?力いっぱいな、そうじゃないと戦場の華である私の耳には届かないからね』
『はいはい、わかりましたよ』
『約束だからな』
*** *** ***
「たすけて!!!」
エレメイは真っ白に染まる世界を前に力の限り叫んだ。
気が付くと、エレメイの前にはひとりの少女が立っていた。
その少女は、手入れの行き届いていない赤いくせっけの髪をなびかせ、お堅い軍服を着ていた。まだあどけなさが残る顔で、不釣り合いに思えるが、それでも、彼女にはどこか大人びた威厳のようなものを纏っており、不思議とよく似合っていた。そして、なによりもそんな彼女のことをエレメイはよく知っていた。
何度も思い出していた、また逢いたいと思っていた人だったから、その少女が誰なのかはすぐに分かった。分からないわけがなかった。
『ルジャルカ!!!』
彼女はただそこで微笑んでいた。
そして、ゆっくりと、彼女が道を開けるように、エレメイが見つめる先を指さすと、そこから現れる。
救いを求める者たちの声に呼応する。
かつてはルジャルカがそうだったが、今、この時代の英雄が姿を現す。
紅い門をこじ開け、英雄が…。
英雄?
眩い光。
それは白い光に包まれながら、アシュカの身体から現れる。
真っ白い髪。
真っ白い肌。
真っ白い瞳。
真っ白い衣。
すべてが抜け落ちたような数字のゼロのような白き姿には、まるで神が宿ったかのような…。
いや、そこにいるのは紛れもなく、神そのものだった。
現世に埒外の神降臨する。