道のり
ハル率いる部隊は古城アイビーに向けて軍を進めていた。
その部隊が向かう、古城アイビーはレイド王国とアスラ帝国の間にあり、昔はそこの所有権でレイド王国とアスラ帝国が常にもめていた。
古城アイビーが生きた国であったときは、戦火の火種が消えなかったことは想像にたやすい。それでも長い歴史の中残り続けていたのは、その立地と城の防御の堅さにあったのだろう。
入り組んだ小山に建てられ、城の後ろは堅い岩盤の断崖絶壁で難攻不落と言われた。
そのため、その立地はレイド王国、アスラ帝国どちらも軍事防衛のさいに、手が出るほど欲しかった。
現在の古城アイビーは、レイド王国が所有する要塞として、必要最低限の兵士たちで管理運営されている。
アイビーは貿易都市パースにあり、北の多くの国や都市と繋がる貿易の要ともなっていた。
パースは貿易中心のビジネス街となっており、主に輸送業者が馬車や使役魔獣を使って、絶え間なく荷のやりとりがされている。
このため、物資の補給に優れており、今回の神獣討伐の拠点として選ばれた。
本来、この都市への大規模な軍事力の集中は、アスラ帝国との取り決めで禁止されている。
しかし、アスラ帝国も近年の魔獣被害に、何度も苦渋を飲まされている状況が続いていたため、賛同の姿勢であり、許可が下りた。
パースを目指す、ハルたちの部隊は、パースに着く前にある、ダナフィルク地方の、ラーンムの町に到着していた。
辺りは、薄暗くなってきており、まとまりのある雲をオレンジ色に染めあげていた。
ハルたちの伝令が、町の門兵に言伝を告げると、兵士は馬でかけていった。
「ここレイゼン卿の住んでる、ビスラ砦がある場所だよな」
エウスが、馬をなでながら、独り言のようにつぶやく。
「そうです、武勇でも優れた名家の、ダナフィルク辺境伯の本家です。レイゼン卿に会えるのは騎士として光栄だぁ」
そういうビナはこの旅の道のりの中で、エウスにすっかり打ち解けていた。
エウスは誰にでも、その会話や気遣いや接しやすさを変える天才だ。エウスに心を開かない者は相違ないといわせるほど、エウスはどんな人とも楽し気に会話する。
そのおかげで、最初は緊張からか、物静かだったビナも、今じゃおしゃべりな方になった。
「そうだよな、パースが王国領土になる前は、ラーンムが帝国との最前線の町だったわけだからな」
「そうなんですよ、武勇で戦果を挙げていた、アルストロメリア家が代々ここの当主となって、ここら一帯の町や王都への道を守っていたんです。帝国戦力と同等の力を持っているといっても、過言ではありません」
鼻を高くして自慢げに語るビナは、心底、アルストロメリア家にご執心だった。それもそのはず、アルストロメリア家は剣聖を何代も輩出してきた名家だった。
「それは、はなし盛られすぎでしょ」
エウスが疑い深い口調で言う。実際にアルストロメリア家の武勇は尾ひれをつけて語られることはあった。それでも、王都でも噂になるほどには、武勇に関して優れているのは間違えなかった。
「そんなことありません、ハ、ハル団長もそう思いますよね」
「ん、ああ、そうだな、俺も知ってるよ。アルストロメリア家が一番多く剣聖を輩出したってのは覚えているよ」
急に訪れた騎士隊がラーンムの町に、どれくらい受け入れてもらえるか心中、心配している最中に、ビナの問いかけで一瞬、動揺して王国に住む人なら、誰もが知ってる知識を披露してしまう。
「ハル団長はさすがです」
ビナのキラキラした笑顔が眩しく光る。
「おいおい、俺だって、そんなことぐらい知っているぞ、ビナはハルに甘すぎだな」
「そ、そんなことないです」
「いいや、あまあまだね、やはり元剣聖様は特別かな?」
「わ、わたしはただ剣聖のハル団長の……その」
「ハルがぁ?どうした?」
「うう、んんん」
唸り声のような声をだしながらビナが、ライキルに助けを求めるように目線を向ける。
この旅の道中でビナはすっかりライキルになついており、遠くから見てそれは大型動物と小動物のように微笑ましい関係に見えた。
そんな二人のやり取りをライキルはただ微笑し、静観していた。さながら、母親のようにただ慈愛の目で眺めていた。
「ライキルのばかあああぁ!」
そんなライキルが助けてくれないことを知るビナの顔は真っ赤になって、馬から降りて、隠れてしまう。
ビナ、エウス、ライキルが、そのようなじゃれあいをしながら待つこと、一時間たち、あたりは完全に日が落ちて暗くなった。
兵士たちは、たいまつに明かりをつけて、町の外で待機を続ける。
みんな馬や馬車から降りて、馬の世話や、軽食を受け取ったり、談笑など時間をつぶしていた。
その間もハルの不安も増していく、町の外で野宿をするために、簡易テントを張ればよかったかなど、部隊のみんなに自分のこういうところの判断の鈍さを恨んだ。
しかし、この部隊を見渡すとそれは楽しそうな声があちこちで飛び交っている。
まだ、王都内で魔獣も全然でないが、それでもいささか、こんな楽しそうな雰囲気を作ってもいいのかと、ハルは考えてしまう。
それは、カイ・オルフェリアの規律のとれた騎士団のことを思い出してしまうからだった。
どうしても王国の騎士たちと現在の寄せ集めの騎士で構成されたこの騎士団と、ハル自身の指導者としての能力とカイの指導者の能力の高さを比べてしまった。
「………」
「ハル、大丈夫かどこか具合でも悪いのか」
そう声をかけてくれたのはエウスだった。
「いや、体調は万全だよ」
「だよな、お前とあって風引いた、なんて聞いたことなぜ」
「いや、いや俺でも風は引くぞ」
「本当かよ、あやしいな、ハルは体が強いのが取り柄だからな」
「そうかもな」
エウスはハルの肩を強くたたき、肩を組む。
「上手くいかないなんて誰にでもある。神様だってきっと失敗したこと、何個か隠してるもんだぜ」
その言葉にハルの心は安堵する。ハルはこのエウスの超人的な気遣いと不器用なフォローに何度も支えられてきた。
彼と最初に出会い、ともにこの人生を旅している自分は、改めて恵まれているとハルは感じた。
「ほら、ハル、みんな待ってる間も楽しそうだろ、なぜかわかるか?」
「いや、わからない」
こういうとき、ハルは素直に答える。そして素直に聞く。
「俺たちは伝説の中にいるんだよ。その中でハル、お前が一番の主役なんだよ」
エウスは、熱く語る。
「この旅できっと犠牲者も死人も出る。それでもな、俺たちは剣聖ハルが必ず、神獣を討伐してくれると信じてるし、それを期待してるし、疑ってない。お前が見せた王都での活躍は、強烈で眩しかったんだよ、その光にみんな集まった。だからお前はただ神獣を狩ることだけ考えればいい、それだけだ」
エウスはハルの肩を組みながら、頭を下に向けて、語りかけていた。
ハルがこの騎士団を見渡す、月明かりと暗闇に目がなれて、みんなの顔が見える。
みんなが希望を持っているように見えた。今はただ見えるだけで全く確信は持てなかったが、それでもこの雰囲気が希望ということに気づいたハルの心は軽くなった。
「…ありがとう、目が覚めたよエウス」
「そいつはよかった、俺たちはただ、お前をサポートするだけだ」
ハルの背中をバシバシたたき、エウスも賑やかな部隊を見渡す。
「伝説に導くよ、必ず」
「期待してるぜ、歴代最強の剣聖さん」
町の方から、明かりが近づいてきた。