雨の日 みんなでお帰り
リーナがドレスに囲まれた大きな鏡の前に立つ。
黒と青を基調としたドレスに身を包んだ自分がいて、彼女も満足げに小さく笑った。
「とても良くお似合いです」
大鏡に反射して見えるシロンも後ろから穏やかな優しい笑顔で彼女を褒めていた。
「ありがとう」
リーナは鏡に映る自分をいろいろな角度から見ていると、その鏡に戻ってきたライキルの姿が映った。
「ライキルお帰り」
「ただいま、リ、リーナ」
その恥ずかしそうに言うライキルに、リーナはご満悦な様子でいた。
『た、たまらん…』
ライキルの後ろにはハルとガルナの姿もあった。
「ハル、私はあまりこういう場所は得意ではない」
「大丈夫、一緒に見て回ろう」
ガルナは、オドオドして、ハルの腕につかまっていた。
「リーナ、そのドレスとても素敵ですね!」
「ありがとう、ライキルにそう言ってもらえると買ってしまおうかな」
「どうですかみなさんも試着してみませんか?」
その場にいたみんなにシロンは語り掛けた。
「それいいですね、私もみんなのドレス姿みたいです」
リーナがシロンの意見に賛同した。
そのとき、二階に賑やかな話し声が近づいてきた。
「二階はドレスコーナーらしいですよ、ビナ姉さま」
「私に合うドレスなんてあるのかな…」
「ありますよ、きっと、普通の服でも、いっぱいサイズがあったんですから」
ビナとベルドナが階段を上がって来るとその後ろからも声がした。
「フォルテは相変わらず派手な服ばっかり選んだな」
エウスがフォルテの持ってる服に視線を落としながら言った。
「当たり前だ、服とは目立つために着るものだろ」
「相変わらずフォルテは変わりませんね」
ルルクは呆れた顔で言った。
「そういうお前は地味な色の服ばっかだな」
フォルテがルルクに言った。
「落ち着いた色の服と言って欲しいですね、フォルテは口が悪いんですから」
「おい、ルルク、お前にだけは言われたくないぞ」
二人のやり取りにエウスは笑っていた。
「おや、皆さん全員そろったみたいですね、いいタイミングです、皆さんこちらですよ!」
シロンが呼びかけると、二階に上がってきた彼らも合流して、その場はよりいっそう賑やかになった。
そして、シロンの提案でみんながドレスや礼服を着ることになった。
「さあ、皆さん、好きなドレスや礼服を選んだら、女性は左に男性は右に専用の試着室があるのでそこで着替えてくださいね」
シロンがみんなに呼びかけて、みんながわいわい騒ぎながら服を選び始めた。
そこにシロンの前にライキルが駆け寄ってきた。
「あ、あの、シロンさん、ありがとうございました」
シロンは視線をライキルの方に下げた。
「いえ、私は何もしてません、あなたが素直に思いを伝えた結果が、今ここにあるだけです」
丁寧に礼を言う、ライキルに、シロンは優しい笑顔で応えた。
「でも、私、あなたが相談に乗ってくれなければずっと悩んでいたかもしれません」
「それはありませんよ」
そのライキルの言ったことにシロンは間髪入れずに答えた。
「え?」
シロンの顔には絶対的な自信が満ち溢れていた。
「周りの皆さんを見ていれば分かります、私が気づかなくても、必ずこの中の誰かが、困ってるあなたを見つけてくれたでしょう」
「………」
ライキルはシロンの顔を見て固まていた。
「そのことは、あなた自身もわかってると思いますが、これからも自分で解決できないことがあったら周りに相談してみてください」
「はい、そうします」
「そして…」
シロンはライキルの綺麗な黄色い瞳を見つめた。
「ライキルさんも、誰かが悲しんでいたら、手を差し伸べてあげてくださいね」
「はい、もちろんです!」
ライキルは自信に満ちた表情で答えた。
その返事に、シロンはゆっくり頷いて、静かに顔を上げて遠くを見た。
「さあ、皆さんの元に戻ってあげてください、あなたを待っていますよ」
シロンがそう言うと、ライキルはもう一度礼を言って、みんなのところに戻って行った。
ライキルが、みんなの輪の中に戻って行くと、彼女はその輪の中で楽しそうに笑っていた。
シロンは少し離れた場所で賑やかな彼らを見守っていた。
「やはり、私は、…様たちのことが忘れられません、いつまで経っても…」
シロンは悲しそうに静かに呟いた。
シロンは、遠い過去に目を向ける、そうしていると、今、目の前で楽しそうに騒いでるみんなが、一瞬、シロンの知る過去の友人たちと重なって見えた。
そして、その一人がシロンを呼んでいた。
「………!?」
その一瞬の光景に、シロンは目を疑ったが、それは現実ではなかった。
シロンはそのことに少し落ち込んだが。
「シロンさん!」
彼が顔を上げると、ライキルが手を振っていた。
「シロンさんもこっちに来てください!」
ライキルが、シロンに呼びかけると、周りにいたみんなも彼のことを呼んでいた。
「まったく、もの覚えの早い子だ…」
シロンが小さく誰にも聞こえないようにつぶやくと彼もその輪の中に入って行った。
そのあと、全員がドレスや礼服を選び終わると、試着室に行き、着替えて、大鏡の前に集まった。
みんな色とりどりのドレスや礼服を選び、みんなでお互いを褒め合っていた。
ライキルのドレス姿にリーナが相変わらずご執心していたり、ガルナのドレス姿をみんなが絶賛して彼女が照れていたリ、ベルドナとビナは、二人でペアの似たようなデザインの服を着ていた。
フォルテは、相変わらず派手な真っ赤な礼服を着ていたし、ルルクは落ち着いたデザインが良く似合っていた。エウスが着た礼服は、彼にとても良く似合っていて、シロンがとても良く褒めていた。
「お似合いですよ、エウスさん」
「いやー、ありがとうございます、お、ハルも来たな」
そう言うとシロンもハルの方を向いた。
そこには、青い礼服に身を包んでステッキを持ったハルの姿があった。
「やっぱり、ハルには青が良く似合うな、てか、なんでステッキなんか持ってんの?」
「いや、なんかあったから、なんとなく、かっこいいかなと思って」
「アハハハ、なんじゃそりゃ」
「いいだろ、ステッキかっこいいじゃん」
エウスがハルが話しているとき、シロンはただ茫然と青い礼服を着たハルの姿を見ていた。
「…………」
シロンのその視線にハルが気づき彼の顔を見るが、それでも彼は、ハルの姿を熱心に見ていた。
「どうかしましたか?何か変でしたか?」
ハルのその問いにシロンは我に返った。
「あ、いえ、すみません、私の古い知人に姿が似ていたもので…」
彼は、慌てて言った。
ハルは、そうなのかと思い、自分の選んだ服が決して変だったから、見られていたわけじゃないことに安心していた。
「ハルさん、とても似合っていますよ!」
「ありがとうございます!」
シロンの表情はそのとき一番明るく笑ったような気がした。
そして、みんながそれぞれドレスや礼服に満足すると、試着会は終わり、元の服に着替えたあと、自分たちの選んだ服を買った。馬車が迎えに来るまで少し時間があったので、一階でこれから行くレストランのことをみんなで話しながら時間を潰した。
店の外に馬車が来ると、みんなが外に出た。
雨や風は弱くなったがそれでもまだ、雨を防ぐ必要はあった。
フォルテが再び水魔法を展開してくれた。
「シロンさん今日は、ありがとうございました」
エウスがみんなを代表して言った。
「こちらこそ、楽しい時間を送らせてもらいました、感謝します」
エウスの後ろからもシロンに感謝の言葉が飛び交ていた。
「みなさん、ぜひ、また、この服屋【シリウス】にご来店することを心からお待ちしております」
みんなは、馬車に乗り込むと、馬車の窓からシロンに手を振った。
馬車が走りだし、シロンも馬車のいた通りに出て、みんなの馬車が見なくなるまで見送っていた。
その後、馬車は、下の街から城に向かう緩やかな坂道を上り、四階建てのレストラン【ブロード・ビア】で止まった。
馬車が、レストランの前で止まったときには、辺りは薄暗くなっていた。
みんなが馬車から降りて、店に入ると、エウスが店長と話して、みんなは四階に向かった。
その最中にエウスは一人で店長と話していた。
四階のバルコニーは、雨で立ち入ることができなかったので、部屋の中で食べることになった。
みんなは、大いに食事と会話を楽しみ、有意義な時間を過ごした。
そして、お店を出る際にみんなの会計は先にエウスが済ませてくれていた。
帝国のルルクとベルドナは、すまなそうに感謝していたが、レイドのみんなとフォルテだけは、気持ちよくエウスに感謝を述べていた。
「エウス、でも、いつ払ってくれたんだ?」
ハルが尋ねた。
「最初に店に入ったときだ、この前ここで食べたとき、指輪忘れてな」
「ああ、あのエリー商会の指輪ね」
「そう、エリー商会の幹部は、この指輪で払ってる」
エウスの指には平べったい模様が入った金属が埋め込まれた指輪がはめられており、それがインクで赤くなっていた。
それはハンコのような役割をするものに見えた。
「あ、そうだ、エウス、エリー商会副会長のサンドラさんとは、ちゃんと連絡とか取ってるのか?」
「もちろん、取ってるよ、定期的に伝鳥で商会の報告書が届いてるんだ」
「そっか、当たり前か、エウス会長だもんな…」
「ハル、変なこと言ってないで、そろそろ行くぞ、みんな外で待ってる」
「そうだった」
みんなは、帰りの馬車に乗る前に、別れの挨拶をしていた。
アスラ帝国の人たちの泊まる宿は、ハルたちがいる古城アイビーから離れた、城壁門の近くに建っているため、この店の前でお別れということだった。
みんなが、別れの挨拶を済ませると、アスラとレイドで、それぞれ、分かれて二つの馬車に乗り込んだ。
アスラ帝国の方は広くスペースが空いていたが、レイドの方はお互いに距離が近く、ぎゅうぎゅうだった。
みんなを乗せた馬車が走り出し、それぞれ帰る場所に向けて走りだした。馬車の中はどちらも、今日の思い出を話し合うことで、話題は尽きなかった。
馬車は緩やかな坂を上ると、城壁内の街に続く、大きな橋を渡り、城壁門をくぐって、城壁内の街に入った。
そこで、アスラ帝国の乗る馬車は左に曲がり、レイド王国の乗る馬車はそのまま直進した。
「ここで大丈夫だ」
ハルたちが乗るレイド王国の馬車が、城の正門の前につくとエウスが馬車を止めた。
「ここでいいんですか?」
「ああ、今日一日、ありがとな」
「いえいえ、エウスさん、いつでもお呼びください、今度はすぐに駆けつけます」
エウスと御者が楽しそうに話している間に、みんなも馬車から降りて外の空気を吸った。
外はまだ雨が降っていたが明日には止みそうな弱さだった。
だが、買ってきた服が濡れないように、ライキルが水魔法でドームを作っていた。
みんなが御者に挨拶すると、御者が馬車を出して、夜の街に帰って行った。
帰ってきた六人は、門番たちに挨拶して、正門をくぐる。
「はー、今日は楽しかった」
ビナが無邪気に言った。
「いろいろありましたけどね」
リーナが一言添えて言うと、ライキルがリーナの背中をバシバシ叩いて、彼女は、それを幸せそうな笑顔で受け止めていた。
「私の今日はモテる日だったな、明日も頼む、アッハッハー」
「え?どういうこと?」
エウスがガルナに聞くが、彼女はただ一人で満足そうに笑っていた。
「アハハハ…」
ハルは、ガルナの発言に小さく苦笑いしていた。
みんなが城の庭園の中を歩いている中、ハルだけが、一人あることに気づいた。
『あれ、あそこの花園、明かりがついてる』
ハルが庭園の隅にある、レンガに囲まれた花園見ると、ほんのり明かりがついていた。前からあの花園に行ってみたかったハルはエウスに尋ねた。
「なあ、エウス」
「なんだ?」
「あそこの花園って入ってもいいのかな?」
「大丈夫だぞ、俺も前に入ったことあるから、綺麗な場所だったぞ」
「そっか…」
ハルは少し立ち止まって遠くにある花園を眺めた。
「明日、行ってみようかな…」