雨の日 思いを伝える
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時は少し遡って、ハルとライキルが二階から一階に降りたあと、入れ違いで、ルフシロン・アイオラートことシロンとリーナの二人は二階のドレスコーナに向かっていた。
エウスはフォルテやルルクたちのいる方に行くと、二人に言って階段の手前で分かれた。
リーナとシロンが二階のドレスコーナーに着くと、リーナは、その人の目を奪うドレスたちに感動していた。
「…すごい綺麗なドレスですね」
リーナが周囲にある、美しいドレスたちを見回しながら言った。
「ありがとうございます、この店自慢のスペースでございます、良かったら試着していただいてもよろしいですよ」
「ほ、本当ですか…」
「ええ、もちろんです、様々なサイズのドレスがあるので、あなたにぴったりのものがあると思いますよ」
「…じゃあ、一回着て見てもいいですか、せっかくの機会なので」
「はい、どれにしますか」
リーナが色とりどりのドレスの中から自分に似合いそうなドレスを一つ選んでシロンに言った。
「これにします」
リーナは青と黒色のドレスを選んだ。
「かしこまりました」
「ところでこのドレスちょっと大きく見えるんだけど私に合うサイズはあるんでしょうか?」
「はい、私の店の自慢は服の種類と種族に合ったサイズの服の多さです、表には一着づつしか置いてませんが裏には、表の服に対応した種族別の服が大量にストックしてあります」
「す、すごい…」
リーナも服を見るのは大好きで良くいくがそんなに徹底されているお店はここが初めてだった。
「ええ、この店を立ち上げた、最初の主人がとても徹底したお方で…」
「シロンさんが立ち上げたお店じゃないんですか?」
「このお店はそうなのですが…そうですね…いろいろあって、ここだけになってしまいましたね…」
そう言ったシロンの目はどこか遠い目をしていた。
リーナがシロンの顔を覗き込むと彼は我に返った。
「ああ、すみません、ボーっとしてしまって、サイズ図らせていただいても?」
「あ、はい、お願いします」
「失礼します」
シロンがサイズを測ろうと道具を取り出そうとしたとき。
「あ、あれ、道具、店のカウンターに置きっぱなしに…すみません、すぐに取ってきます!」
「フフ、分かりました、私、ここで待ってますね」
「すみません」
シロンは急いで道具を取りにカウンターに向かうため一階に降りて行った。
「私としたことが仕事道具を置き忘れるとは…」
シロンが小走りで服の森の中を進んでいる途中に、一人の女性を見つけた。
その女性は、綺麗な長い金色の髪に、なかなか、街では見ない格好の女性がいたが彼女にはとても良く似合って見えた。
しかし、シロンが彼女を見て足を止めた理由は服屋見た目ではなかった。
その女性はとても暗い顔をして落ち込んでいる様に見えた。
「…………」
シロンは心配になり彼女に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
シロンが声をかけると彼女は彼の方に振り向いた。
「あ、シロンさんですか…?」
彼女は暗い顔を隠すようにシロンに尋ねた。
「はい、この店の主人のシロンです、すみません、お名前を伺っても?」
「あ、はい、ライキルです。ライキル・ストライクと申します」
「これはどうも、ところでお一人ですか?」
「………」
シロンのその質問に彼女は答えたくない様子だった。
「何か、ございましたか?」
シロンは優しく尋ねた。
「………いえ、なんでもないです…」
しかし、シロンの長年の生きてきた感から彼女が落ち込んでいるのは目に見えていた。
彼はそんな彼女を放っておくこともできた、だが、シロンはある人物の言葉を思いだしていた。
それはシロンにとって一番大切な人の言葉だった。
『シロン、俺は、せめて、ここでは、悲しんでる人たちを出したくないんだ…』
シロンは遠い過去に思いをはせる、ふと、後ろを振り向いたら、その教えを言った人が立っているのではないかと今でも思ってしまうが、シロンが後ろを振り向くことは無い。
「ここでは、悲しんでいる人を出さない…」
シロンは、自分に言い聞かせるように小声で言い聞かせた。
ライキルは服を選んでるようなそぶりをしていたが、全く彼女の中には服を選ぶ意思も感じられなった。
ただ、時間をつぶしてるようだった。
「ライキルさん」
「………」
ライキルはゆっくりシロンの方を見た。彼の顔は優しくライキルに微笑かけていた。
「ほぼ初対面のわたくしごとで恐縮ですが何か悩みをお持ちでいらっしゃる、そうではないですか?」
「………え?」
「分かるんです、こう見えても私はかなり長く生きています、その中で多くの人に出会ってきました、その積み重ねでしょうか、落ち込んでいる人は簡単に分かるんです」
「………」
「もしよかったらあなたの悩み話してくれませんか?」
ライキルが彼の薄い緑色の目を見つめた。彼の目からも真剣さが伝わってきて、なにか必死さのようなものも感じた。なぜそこまで初対面の自分を気にかけてくれのかは分からなったが、ライキルはそこまでしてくれる彼の好意を裏切ることはできなかった。
「…私、いろんな友人に自分勝手ふるまってしまったんです、それに他にも友人を放っておいて、自分だけ楽しんで…だから、私の自業自得なんです」
シロンは、彼女が自分の行いに嫌気がさして、自分を憎んでいるのが手に取る様に分かった。
『なるほど、対人関係ですか…』
「その友人たちは、今日このお店に来ているんですか?」
「は、はい…」
「それは誰ですか?」
「リーナとガルナって人です…」
「リーナさんは、リーナ・シェーンハイトさんですか?」
「そ、そうです…」
ライキルはシロンが彼女の名前を知っていることに少し驚いた。
「ふむ、ガルナさんはどこにいるか分かりますか?」
「はい、お店の外にいました」
「そうですか」
シロンはそれだけ聞くと一言いった。
「それでは行きますよ」
「え?」
ライキルにはシロンが何を言っているの分からなかった。
「どこにですか?」
「まずはリーナさんのところです」
シロンは淡々と話していく。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ライキルは突然のことで慌てふためいていた。
「いえ、待ちません、行きますよ!」
シロンは、ライキルの腕を取って、そのまま、二階のドレスコーナを目指して歩き始めた。
「………」
ライキルは腕を引かれて歩いてる間に、彼の後ろ姿から少し昔のことを思い出した。
小さいとき、道場の育ての親に手を引かれて、森を散歩してくれた時のことを。
シロンとライキルが二階のドレスコーナーに着くとそこにはリーナがいた。
「リーナさん」
リーナがシロンの声で振り向くと、そこにはライキルを連れたシロンの姿があり、びっくりしすぎて一瞬言葉を失った。
あまりに唐突な組み合わせにリーナが戸惑っていると、シロンがライキルをリーナの胸の中に押し出した。
「え、ちょっとシロンさん!ライキルに何…するんで……」
リーナは最初、怒って言葉を発しようとしたが、シロンの顔を見たら言葉の語気がだんだん弱くなっていった。
彼は、さっきまでの優しい雰囲気とは異なり、全く別の空気を身にまとっていた。
しかし、そこから感じるのは敵意ではなく、善からくるものの様に感じた。それは我が子を叱る父親のようなそんな顔に見えた。
「リーナさん、彼女があなたに言いたいことがあるそうなんです、聞いてもらえますか?」
リーナは自分の胸の中で、小さく縮こまるライキルを見た。
「ごめんなさい、わたし、リーナとも一緒に回ればよかったのに、馬車でリーナのこと断って自分だけ…ごめんなさい」
ライキルは今にも泣きだしそうな声を絞りだして言った。
『なんだ、そんなことか…別に私のことはいいのに…』
腕の中のライキルは小動物の様に震えていた。
『真面目だし、優しすぎるよ…でも、そっか、少し嬉しいな…』
リーナはライキルを両腕で優しく包み込んだ。
「いいんだ、ライキル、私は全然気にしてないよ、それに私はライキルが幸せならそれでいいんだ」
「………」
「それにライキル、やっと呼び捨てで呼んでくれたね、何度言っても聞かなかったのに」
「あ、ごめんなさい」
「もう、直しちゃだめだからね、じゃないと許さない!」
リーナは意地悪そうに笑った。
ライキルは何も言えなくなって、リーナを抱きしめ返した。
しばらく二人でお互いの温かさを交換した後ライキルが言った。
「…ごめんなさい、リーナ、私まだ謝らなきゃいけない人がいるの」
「そうか、行ってきな」
「うん…」
リーナがライキルの身体を離すと、彼女はもう一度リーナの顔を名残惜しそうに見て走って行ってしまった。
「………」
リーナがその場に立ち尽くしていると、物陰からシロンが顔を出した。
「彼女行きましたか?」
「ええ、行きました、それよりどういうことなんですか?」
リーナは当然の質問をした。
「彼女の悩みを聞いただけですよ」
シロンは周りにあるドレスを一個一個愛おしそうに見て回りながら言った。
「ライキル何を悩んでいたんですか?」
「自分が友人に悪いことをしてしまったということからの自己嫌悪に悩んでました」
「そんなことないのに…」
「人の悩みなんて本人以外からしたら、大したことないと感じるのは当たり前です、それは本人にしか分からないことですからね」
「たしかに、そうでした…」
リーナもシロンの言ったことが正しいと思った。
「でも、シロンさんのやり方、少し強引だったんのではないですか?私、驚きました」
「確かに、それはそうでした。私も反省しております、ただ…」
シロンは一度言葉を区切って、一呼吸入れて言った。
「私は、あのやり方が、正しいと思いました、特に誰かのことで悩んでいるなら、その人に直接思いを伝えるべきなんです」
「それはそうだと思いますが…」
リーナは、そのまっすぐすぎる意見に少し頭を悩ませたが。
「リーナさんも軍にいるなら、より理解できるはずです、だって、明日、思いを伝えたい人が生きている保証なんてどこにもないんですから…」
「あ…」
リーナはその言葉にただジッとシロンの背中を見ることしかできなかった。
今まさにそのような状況が自分の身の周りに迫っていることをこの幸せな時間で忘れそうになっていた。
ハルもライキルもエウスも、いや、ここにいるリーナ以外のみんなは、霧の森という危険な場所に行くのだ。
「生きているときだけです、思いを伝えられるのは…」
しかし、シロンの声色から、彼にはすでに辛い別れがあったことがリーナには想像できた。
「………」
シロンの表情は一切リーナには見えなかったが、彼が悲しい表情をしているのも予測はついた。エルフは他の種族よりも長命なため、人を見送ることの方が多いからだった。
「えっと…」
リーナがどんな言葉をかけていいか分からないでいると、突然シロンは大きな息を吐いた。
「はあああ、すみません、暗い雰囲気にしてしまって、要するに、みんなさんには後悔しないように生きて欲しい、それだけです」
シロンはリーナに振り向いて素敵な笑顔を見せた。
その一瞬、リーナはシロンの飾らない彼の姿を見れた気がした。
「さあ、リーナさん、サイズを測りましょう!」
「あ、はい、お願いします」
そう言ったシロンが、いつも身に着けている仕事道具を入れるポーチに、手を伸ばすがその手は空を切った。
「あれ?」
「どうしました?」
「道具、取って来るの忘れてました」
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