雨の日 優しい人たち 救い
ハルが店の外に出たとき、雨の勢いが来たときよりも増していた。
その大雨は強風に吹かれて店の前に付いている屋根の下にも少し入ってきていた。
「ガルナ!………って何やってんの?」
ハルが店の扉を開けて横を見るとそこにはガルナがいた。
「おほぉ、ハウ、どほした?」
そこには、店の柵に寄りかかり、屋根の下から外に顔だして、仰向けになって、降ってくる雨を飲んでるガルナがいた。
ガルナがその変な体勢から勢いよく起き上がると、彼女の前に水しぶきが飛んだ。彼女の上半身はびしょ濡れで、髪や顔からは水滴が滴り、彼女を少し色っぽく見せた。しかし、彼女がそのようなことをしたのは単純に喉が渇いたからで、他に理由なんてないのはガルナらしいところでもあった。
ハルは自分のベルトについている小さいなポーチからハンカチを取り出し、ガルナの顔や髪を拭いてあげた。
ガルナはそれを気持ちよさそうに目を閉じて堪能していた。
ハルが、ガルナについていた水滴をある程度拭き終わると、彼女が目を開けて、燃えるような真っ赤な瞳にハル自身の姿が映った。
「ありがとな、ハル、私を拭くのが上手くなったな!」
「アハハハ、なにそれ…」
ガルナの無邪気なその笑顔が、ハルの堅かった表情を少しほころばせた。
ハルから見てもガルナは元気いっぱいでいつもと変わらないように思えた。
二階からハルが一階を見渡したとき、ガルナの姿だけなかった。
ガルナと一緒に回ってくれそうな人も、みんな、それぞれ、ガルナとあまり話したことのない人たちがいて、ガルナは近寄れなかったこともあった。
そして、ハルとライキルもすぐに服屋の奥に行ってしまったことが、彼女を完全に孤独にした。
「ごめん、ガルナ、一人にして…」
ハルは顔を俯かせて言った。
「………」
ガルナはしばらくハルのその言葉の意味を考えていたのか、ジッとハルのことを見ていたが、そのあと、嬉しそうにほほ笑んだ。
「顔を上げてハル」
ガルナの優しい声がハルの耳に届いた。その声は彼女のいつものイメージとは全く異なった雰囲気を含んでいた。
ハルが顔を上げると、ガルナの顔が近づいていた。彼女の表情は真剣そのもので、普段、見せないその表情にハルは釘付けになった。
そして、彼女は、とびっきりの笑顔で笑った。
「私、一人じゃないよ、ハルがいつも隣にいてくれるから、ほら、今も!」
ガルナはハルの頬を両手で優しく包み込んで言った。
「…………!?」
ガルナの言葉を聞いた瞬間、ハルの頭の中に誰かの声が響き渡った。
『私、一人なんかじゃないよ、ハルがいつも隣にいてくれるもん、ほら、今だってそうでしょ』
その誰かの声は、ハルにとって、懐かしくて、愛おしくてたまらなかった。
最初、その声が誰の声なのか分からなかったが、ハルは気づいた。
その声が夢に出てくる顔の見えない女性の声と同じ声だということに…。
「!?」
ガルナは気づいたらハルにギュッと抱きしめられていた。
「え…あ……ハ、ハル?」
ガルナも急なことに、びっくりして顔を赤くしたまま、ハルの腕の中で縮こまってしまった。
「ハル……私は嬉しいんだが…その…」
「…………」
ガルナが恥ずかしそうに言うが、ハルが離してくれる様子はなかった。
「………ッグ」
「…ハル?」
そこでガルナは、ハルの身体が震えているのと、ハルが声を押さえて泣いてるのが伝わった。
ガルナはそれを知って優しくハルのことを抱きしめ返した。
「…………ッ…」
「大丈夫、何も怖くないよ…」
しばらく、ガルナが抱きしめていると、ゆっくりと自分を抱きしめてくれていたハルの腕の力が解けていくのが分かった。
ガルナは、ずっと抱きしめられていて見えなかったハルの顔も見ることができた。
彼の顔に涙はどこにも見えなかったが、目の周りが赤くなっていた。
「ごめん、ガルナ、俺…急にごめん…」
ハルは、ガルナからそっと離れながら言った。
「なんで謝る!?私は嬉しかったぞ!!」
ハルが、ガルナの顔を見ると、ニコニコ笑っていた。
「俺はガルナとその…別の人が重なって…それで…」
「構わん!そんなこと!ハルは私が嫌いか?」
ガルナの綺麗な赤い瞳がハルの顔を覗き込む。
「……好きだよ、大切な人達の一人だ…」
ハルは、このあいまいで、ぼかした言い方しかできない自分が情けないと思ったが、ガルナがそんな思いを打ち消すようにすぐに言葉を続けた。
「なら別にいいんだ!ハルが私のことをどんな形でも好きならいいんだ、私もハルのことが好きだからな!それにな、友が悲しんでいるときに、胸を貸さない友がいるか!」
ガルナがハルの手をがっしり掴んで言った。
「ガルナ…」
「あとな、悲しいことがあったら声に出して泣いてもいいんだ、私たちは騎士や剣聖である前に、人間なんだぞ…」
「ああ…」
ハルは、そこで何も言えなくなって、彼の頬から一筋の涙が流れていった。
「うん、大丈夫だ、ハル…」
最後にガルナが優しく笑って言った。
ハルは、ガルナが一人で悲しんでいると思って彼女の元に来たが、いつの間にかハルは彼女に救われていた。
人の気持ちは、本当に、本人にしか分からない、悲しんでいる様に見えても、本人はなんともなかったり、元気そうに見える人が、誰もいない場所で泣いてたりする。
そんな単純だけど複雑な世界で、ハルは深く息を吸って自分を落ち着かせた。
バン!
突然店の扉が開いて誰かが外に出てきた。
店から出てきたのは、ライキルだった。
彼女はガルナに駆け寄ってきて、思いっきり彼女のことを抱きしめて言った。
「ごめんなさい、ガルナ!あなたのこと放っておいてしまって!本当にごめんなさい…私ガルナのことも大好きなのに!!」
ガルナは急に飛び込んできたライキルにビックリしたが、すぐに彼女を抱きしめ返した。
「今日の私はモテモテじゃあ!」
そう言ったガルナは、ハルとライキルを一緒に抱きしめた。
『二人は本当に優しくて大好きだ…』
ガルナは心の中で思った。
ガルナが二人を抱きしめていると、雨も風もいつの間にかとても弱くなっていることに気づいた。
彼女の見上げる空の雨雲の隙間から小さな青空が見えていた。