雨の日 到着
「お姉さまとお呼びしていいですか!?」
ベルドナの声が馬車の中に響き渡った。
その一声で、エウス、フォルテ、ルルク、そしてビナの四人が彼女に注目していた。
ベルドナのビナへ向けられるキラキラした瞳に、ビナはかなり戸惑っていた。
「ビ、ビナでいいですよ、普通に…」
「分かりました、ビナ姉さま!」
「あ、あれ?」
ビナはちゃんと訂正したはずが、まったく直す気のない彼女に、困惑した。
「私、ルルクさんとビナ姉さまの試合を見て本当に感動しました」
「あ、ありがとう」
「ビナ姉さまみたいな強くてカワイイかたに出会えて本当に嬉しいです」
ベルドナは目線を合わせるため、前かがみになってビナの顔を覗き込んだ。
「え、あ、うん…」
ビナは、ほぼ初対面のベルドナと、どう接したらいいか分からず、オドオドしていると。
「いやー、ごめんなさいね、ベルドナさん、こいつ見ての通り人見知りなんですよ!」
エウスが雑にビナの頭をポンポン叩きながら言った。
「………」
ビナが目を細めてエウスの方を見た。
「しかもこいつ、慣れてくるとすぐ暴力振るって…」
メキメキ!
「ゴハァ!」
エウスの脇腹にビナの肘が食い込んだ。エウスはそのまま目を見開いて、必死に息を吸っていた。
「ほ、ほら…」
エウスはそのまま椅子から崩れ落ちていった。
一方、ビナは顔を膨れさせてそっぽを向いていた。
その光景を帝国の三人はおかしそうに笑っていた。その雰囲気にビナは少しだけ緊張が解けてエウスに心の中で感謝をした。
エウスは、ビナの隣でマヌケな顔をして伸びていた。
そんな彼の顔を見てビナは、より肩の力が抜けてリラックスできた。
「ビナさんに一つ聞きたかったのだけど」
ルルクが、目の前でぐったりしているエウスを横目に言った。
「はい?」
ビナが、ルルクの方を見た。
「ビナさんはドワーフの血が流れているのかな?」
その問いにビナは、固まってしまった。
「あ、すまない、答えたくないことだったら言わなくていいんだ」
ルルクは慌てて言った。
彼はビナと戦って気になっていたことを聞いたが、彼女の様子を見ると何か悪いことを聞いてしまったと思った。
「いえ、違うんです、そのことは、よく人に聞かれます、ただ…」
ビナの次の言葉にフォルテもベルドナも興味津々に耳を傾けていた。
「ただ…?」
「分からないんです…」
「分からない?」
「はい…」
帝国の三人の頭の中には疑問が湧いた。
「…ちなみに、ご両親は?」
「両親は二人とも元気で、普通の人族です、ただ、二人は生まれた時から魔獣孤児で、両親の顔を知らないそうなんです…」
「そういうことでしたか…」
ルルクは少し声のトーンを落として返事をした。
「はい、だから、もしかしたら、私にもドワーフの血が少し流れているのかもしれません」
ビナがそのように言うと、フォルテがその発言を聞いて一人で何か考え事をして呟き始めた。
「両親は……知らない?……ありえなくはないな…それに…か…この…お…」
「どうしたんですか?フォルテさん」
ベルドナが一人考え込んでいるフォルテに言った。
フォルテが考えこんでいる顔を少し上げてベルドナの顔を見た。
「…………」
「………な、なんでしょう?」
フォルテに見つめられるベルドナは、少し気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「いや、なんでもない、ベルドナいい友人ができたな」
「はい!」
その言葉にベルドナは嬉しそうに返事をした。
ビナも、フォルテとベルドナのその会話を聞いていた。
『や、やったー、また友達が増えてしまった、フフフ』
ビナも新しい友達ができて内心でとても喜んでいた。そして、そんな風にベルドナに言ってくれたフォルテの方を見た。
彼はまだ何か一人で考え込んでいる様子だった。
そこでビナがフォルテを見ていると、彼と目が合った。
『あ、目が合っちゃった』
ビナは、ずっと盗み見るように彼を見ていたため、すぐに目をそらそうとした。
しかし。
フォルテは、目が合った一瞬とても優しい眼差しで、ビナのことを見て微笑んだ。
その優しい表情からビナは一人の青年を連想した。
『…ハル団長みたい』
ビナは、彼の優しいその灰色の瞳から目が離せないでいた。
「ビナ、そうだったんだな」
そこで、いつの間にか復活していたエウスに、声を掛けられたビナは、エウスの方を見た。
さっきのビナの話をエウスもしっかり聞いていたようだった。
「あ、うん、エウス達にはまだ話してなかった…」
「ああ、いや、当然だ、聞かなかったんだからな、そうか…」
エウスも感慨深くそのことについて思ってくれているようだった。ビナは彼のこういうところがあるから、多くの人に愛されているんだなと思うところはあった。
「………」
そして、ビナは、再びフォルテの方を見ると、彼はもう考え込むのをやめて窓の外を見ていた。
それから馬車の中では、いろんな話題で盛り上がった。
ビナがライラ騎士団にいた時のことを話したり、ルルクが自分とフォルテの昔の話しをしたり、ベルドナが自分の天性魔法について話して、エウスがこれから行く服屋の魅力を語ったりと、話題は尽きなかった。
そうこうしているうちに馬車はその動きを止めた。
「着いたみたいだな」
エウスが言うと馬車の扉を御者が開けてくれた。
「みなさんお待たせしました、ご到着です」
ベルドナとフォルテがいた方の扉が開いたため、そこからフォルテが先に降り、水魔法で大きな水のドームを展開して雨に濡れないようにした。
その水のドームは隣にいたハルたちの乗る馬車まで広がっていた。
そこで次々と馬車からみんなが降りてきた。
降りてきた人たちは、フォルテに感謝の言葉をいったあと目の前の大きな店に驚いていた。
その店の窓から見える、店内には、様々な種類の服や色鮮やかな服の数々が並んでいるのが見えた。
その大きな建物から、どの服屋よりも、豊富な品揃えに見えた。
「すごいですね…」
ライキルが馬車から降りるとお店の方に自然と足が動いた。
「見てください、ライキルあんなにたくさん服がありますよ」
リーナもライキルに続いた。
「ビナ姉さま服、選ばせてください!」
「え!うん、いいですよ」
ベルドナとビナも二人でお店に向かって歩いて行く。
「大きなお店ですね」
ルルクが建物を見ながら言った。
「ええ、ここの店大きいし、いろんな服がありますから、みんなに似合う服があると思いますよ」
エウスがルルクの隣で歩きながら言った。
「よさそうな店だな」
フォルテも目の前の店に満足している様子だった。
そのように話しながらエウス、ルルク、フォルテも続いて店に向かった。
ハルが馬車から降りるとみんなはもう先に行っていた。
「みんなせっかちだな………ん?」
彼が後ろを振り向いて馬車の中を見ると、足を組んで座って、窓から反対側の外の景色を眺めている、ガルナの姿があった。
「ガルナ?」
ハルが呼びかけると、彼女はしばらく、ハルの声が聞こえないかの様に窓の外を見続けていたが、遅れて彼女の耳がピクッと動くとこっちを向いてくれた。
「ん、どうした?ハル?」
「もう着いたよ、行こう」
「…おお、そうか、もう着いてたんだな」
「………」
馬車から降りてくる彼女にハルは手を貸してあげた。
「ガルナ、大丈夫か?」
「………ん、何が?」
「いや、ボーとしてたから…」
「大丈夫だぞ!」
ガルナはニコニコ笑顔で言った。
「そっか、それならいいんだけど…」
ハルは再び彼女の顔見るが、その屈託のない笑顔が崩れることはなく、いつもの彼女の姿だった。
「どうした?ハル?」
「いや、なんでもないよ、行こう、みんな待ってる」
「おう!」
ハルとガルナの二人もみんなの後を追った。




