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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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雨の日 馬車の中

 馬車が城壁内の街の中を駆けていく最中、さっきまで弱い雨が続いていたが、その雨脚が一気に強くなり、馬車の中に雨の音が聞こえてきた。

 ハルが後ろを向いて、馬車の中にある座席から前が見えるふたを少し開けて前方を見ると、雨で視界が悪くなっていた。前で馬を操る御者は、自身に水魔法を使い、降りしきる雨をしのいでいた。

 ハルがふたを閉めて体勢を戻して馬車を軽く見回した。

 馬車の中は快適で完全に小さな個室の様になっていた。両側に扉がついており、椅子の横には小さな窓がついていた。扉と窓には、赤いカーテンがついていた。席は六人分あり、三人ずつの二つに分かれて、その席はふわふわの綿で作られて座り心地がとても良かった。

 そして、ハルは、窓についてるカーテンをよけて外の雨の様子を見ていた。


 ハルの座っている反対の席には、ライキルとリーナがおしゃべりをしていた。二人はどんな服がお互いに似合うかについて話していた。


「ライキルは、スタイルがいいですから体の線が出るものがいいと思います、お店についたら私が服選んでもいいですか?」


「あー、えーと」


 そのリーナの問いに、ライキルはハルを横目で一瞥しながらあいまいに答えをぼかしていた。


「そのー…」


『あ、そうか、くうう、しかたない…』


 リーナは、言葉をぼかすライキルから何かを悟ったのか、悔しそうな顔を一瞬したあと言葉を投げかけた。


「あ、ライキルはやっぱりハル団長と一緒に服を選びたいのですか?」


「え!?」


 その言葉を聞いたライキルの顔がパッと明るくなると、ハルの方を見た。


「え?俺ですか、別にいいですけど、そんなにセンスは良くないですよ」


 ハルは窓から視線を外して二人に向き直った。


「フフ、ハル団長、お店に着いたらライキルと一緒に回ってあげてくれ…」


「俺で良ければ、もちろん」


 ハルのその返事に、ライキルは嬉しそうに笑っていた。

 それを見たリーナも幸せな気分になった。


『今、考えるべきは彼女の幸せだ…数週間後には彼女も戦場に行くんだから…』


 リーナがそのように考えるのと同時に、目の前にいるハルを見た。

 そこにいるのは、優しそうな背の高いただの青年に見えた。

 リーナは二人が楽しそうに会話しているのを見ると少し悲しくなった。軍に入り騎士であるからには死の危険はいつもつきまとう。この何気ない日常がどれほど彼らにとって大切なものかリーナも十分承知していた。


『でも、今回は、ハルの方が心配だ…』


 リーナは、王都で今回の神獣討伐作戦を聞かされたあと、大まかな情報を集め、古城アイビーに到着した際に、より詳細な作戦の情報を知ることができた。

 この作戦の内容を知ったとき、リーナはあまりにもハルの背負う危険度の比重が大きいと思った。

 しかし、彼女も、補給隊長という軍の要でもある部隊を任されている、精鋭騎士の一人であるため、ハルの底知れない実力があることも知っていた。

 そのため、今回のこの作戦が一番被害が少なく、成功の確率が高いやり方だということも、認めざる負えなかった。

 それでも、彼女は霧の森という特別危険区域に一人で彼を突貫させることは、今でも間違っていると思っていた。


『間違ってるよ…』


 しかし、リーナは、あの日の夜のハルの言葉が忘れられない。


【大丈夫だよ、俺は神獣には、殺されないさ…】


 リーナは二人に気づかれないように少し俯いた。


『きっと、ハルの周りの人たちは、みんな止めたはずだ…ライキルも、エウスも…』


 リーナの目の前では、いつの間にかハルの隣に、ライキルが移動していて、楽しそうに二人で会話していた。


『それでもハル…君はみんなのためにやるんだね…』


 幸せそうな男女二人を見つめるリーナの目には少し涙がにじんでいた。


『辛いな…』


 リーナがしばらく二人を微笑ましく眺めていると、馬車が止まった。


「おや、もうついたのかい?」


 リーナがそういうとハルが答えた。


「多分、帝国軍の泊まるホテルに着いたんだと思います」


「ああ、帝国の人たちも来ると言ってたね」


 そのように話していると、扉が開いてエウスが顔を出してハルたちを呼んだ。

 ハルたちが馬車を降りると、帝国のフォルテ、ベルドナ、ルルクがいて、ビナとガルナも馬車から降りていた。

 フォルテの水魔法で大きな水のドームが出来上がっており、みんなはその中に入っていたため、水に濡れずにすんでいた。


「今日は呼んでいただきありがとうございます!」


 ベルドナが元気いっぱいに言った。

 今日の彼女は全身鎧を着ておらず、その長い黒い髪をふたつ結びにして紫の髪飾りで止留めていた。

 服の上は白い半袖を着ていて、下には灰色のスカートをはいていた。

 他の帝国の二人も私服で来ていた。

 ルルクは落ち着いた深い藍色の服を着ており、フォルテも金ぴかの鎧はつけておらず、シンプルな赤い服を着ていた。




「ビナさん、こんにちは」


 みんなで挨拶しているなか、ルルクはビナを見つけて彼女に声をかけた。


「ひゃい!」


 突然声をかけられたビナは、変な声を出して、ルルクの方を向いた。


「ケガは大丈夫でしたか?」


 ルルクが心配そうに尋ねた。


「あ、は、はい、もうどこも痛くありません!」


「それは良かったです」


 ルルクがその言葉を聞いて安心した顔をした。


「ルルクさんも大丈夫でしたか?」


 ビナも、彼のことは心配していたため聞き返した。


「ええ、もちろんです、さすがは白魔法と言ったところです」


「よし、みんな、そろそろ馬車に乗ってくれ、帝国の皆さんは後ろの馬車を使ってくれ」


 みんなが挨拶をしているとエウスが言った。

 それを聞いたルルクはビナに提案した。


「ビナさんもしよろしければ馬車の中でもっと話しませんか?フォルテとベルドナの二人もあなたに興味があるようなので」


「ええ!私にですか!?」


 それを聞いたビナは少し驚いた。彼女は、自分が注目されるとは思ってもいなかった。


「はい、どうでしょうか?」


 ビナは、少し迷ったが断わる理由も特になかったので、一緒の馬車に乗ることにした。


「わ、わかりました…」


「ありがとうございます」


 しかし、ルルクが彼女の顔を見ると、少し不安そうな顔をしていた。


「……少し待っていてください」


 彼がビナにそう言うとエウスの方に歩いて行った。


「エウスさん」


 ルルクの呼びかけに、エウスは彼の方を向いた。


「ルルクさん、どうしました?」


「ビナさんとお話がしたいので、こちらの馬車に乗せてもいいですか?」


「ええ、ビナがいいなら構いませんよ」


「あと、エウスさんもこちらに乗ってくれませんか?」


 エウスはルルクのその誘いの真意を素早く読み取った。


「ああ、いいですよ、俺もそっちに乗りましょう」


 エウスが小さく笑った。


「ありがとうございます」


 一つ目の馬車に、ハル、ライキル、ガルナ、リーナの四人が乗り込み。

 二つ目の馬車には、エウス、ビナ、フォルテ、ベルドナ、ルルクの五人が乗り込んだ。

 雨が降る中、みんなを乗せた二台の馬車は、目的の店に向けて、再び走り出した。




















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