雨の日 みんなでお出かけ
お城の前にある噴水広場の上空にはぶ厚い雲が一面に広がっていた。
世界に銀色のふたをしたようなその曇り空からは、とても弱い雨がパースの街に降り注がれていた。
この日は風が強く吹き、時折、ぶ厚い雲の切れ目から小さな青空が見えた。
一面の曇り空に、青空を見つけると、雲の上はちゃんと晴れていることがわかる。
ビナがそんな雲の隙間に見える青色を見つけると。
「あ、青空見えましたよ」
といちいちハルに報告して彼の気を引いていた。
「本当だ、何かいいことあるかもね」
ハルも純粋に返していた。
そんな微笑ましい二人を見ていたエウスは、からかいたくなる衝動を抑えて、城の前の噴水のベンチに座って二人を見守っていた。
しばらく二人を見守っていると、ガルナがエントランスから飛び出してきた。
「あれ、エウスだけか?」
ベンチに座っているエウスにガルナが言った。
「ほら、あっちに二人がいるよ」
「本当だ!」
そう言うとガルナは、ハルとビナの方に飛び込んでいき、二人を一緒に抱きしめていた。
エウスがその平和な光景をしばらく眺めていると。
「遅くなりました」
そう言って城のエントランスから出てきたのはライキルだった。
彼女の上の服装は相変わらず露出度の高いへそがでる服に、短い短パンで、膝上まである絹でできた黒の二―ソックスを身に着けていた。
「お前が最後じゃないから大丈夫だぞ、それに馬車も来てない」
「そうでしたか」
エウスとライキルの見る先には、ハルの前でガルナがビナを抱え上げて高く上げるとビナがまんざらでもない顔で振り回されていた。
ザッザッ
エウスとライキルの後ろから足音がした。
「すまない、遅れたな」
後ろにいたのは、リーナだった。彼女は、エントランスからゆっくり階段を下りてエウスとライキルのもとまで来た。
「よっ、リーナ」
「こんにちは、リーナさん」
「こんにちは、二人とも、あら、馬車は?」
「まだ来てないっすよ」
エウスが答えた。
リーナは、全身黒色の服に身を包んでおり、彼女の雰囲気にとても似合っていた。
上の服には金色の刺繍が入っており、彼女を高貴に見せた。
リーナは挨拶を交わした後、ライキルの目の前に来ると、彼女の身だしなみを、なめるように上から下まで見回した。
ライキルはキョトンとしていた。
そして、リーナは一通りライキルを見終わると。
「ライキルの私服、相変わらず素敵です」
ときりっとした表情で言った。
しかし、落ち着いた感じに見える彼女の心の中は喜びではしゃいでいた。
『わあ、ライキルの私服だやったー!カワイイ!』
「ありがとうございます、リーナさんもその服とってもお似合いですよ」
ライキルは穏やかな表情で微笑んでいた。
「ありがとう…」
『ぎゃああ、カワイイ!ライキル、カワイイ!!』
リーナの顔は、冷静さを保っていたが、心の中は彼女のことで浮かれていた。
そのように会話をしている二人を横目に、エウスはベンチで大きなあくびを一つした。
エウスはこの日、下の街に行くための移動手段として二台の馬車を予約していた。
その馬車は最大で六人乗れる大きな馬車だった。
エウスは手の平を広げて、空を見た。
風に吹かれて、雲がせわしなく流れていた。
『早く来てくれると助かるんだけどな…』
傘や魔法を使わなくてもいいぐらい細く弱い雨が、強くならないように心配していたエウスのもとにハルとビナとガルナの三人が来た。
「リーナさん、こんにちは」
ハルが後から来たリーナ達にも挨拶をした。
「こんにちは、ハル団長」
「お似合いですね、その服」
「え!あ、ありがとう」
リーナは、ハルからも不意打ちで褒められたことで、一瞬動揺してしまった。
『ハッ、一瞬動揺してしまった、さすがはライキルを虜にするだけはある…クッ!』
リーナがそんな思考を頭の中に巡らせている最中に、ハルはライキルの前にも来た。
「やっぱりライキルにはその服装が似合うね」
「はい…」
ライキルは、このやり取りをハルと何回も繰り返してきていたが、それでも彼女は嬉しさから、その場に固まって顔を赤くしながら、ハルの顔をジッと見つめていた。
その二人のやり取りを見たリーナも固まっていた。
『ライキルが、恋する乙女の顔をしていらっしゃる!ハルめ、悔しいが、ありがたい!』
リーナは驚いたり、憎んだり、悔しがったり、喜んだりと、様々な感情が交互に現れ、それが顔にも出ていた。
「おい、リーナすごい顔になってるぞ…」
エウスがリーナに言うが、ライキルに夢中で全く聞こえていなかった。
そんな彼らを見ていたエウスは、やれやれといった感じで背もたれに寄りかかった。
「エウスの今日の服は高そうですね」
いつの間にかビナがエウスの隣にいて、服を引っ張っていた。
「ん?ああ、今日行くところは、エリー商会の系列の店じゃないからな、きちっとした服にしたんだ」
「へー、そうなんだ…」
ビナはエウスの高級そうなすべすべした生地の服を触っていた。
「それはそうと馬車はまだ来ないの?」
彼女が触るのをやめてベンチに座ると、ガルナもビナの隣に座った。
ガルナは空を見るためにベンチに寄りかかり退屈そうに上を向いていた。
「もう来てもいいはずなんだけどな…」
エウスの目の前では、ハルとライキルとリーナの三人が楽しそうに話し合っていた。
途中でライキルが、ハルに体を寄せるとリーナがハルを睨みつけていた。
ハルは、なぜリーナに睨まれているのかさっぱり分からないといった感じで、一生懸命、彼女をなだめていた。
エウスがそんな三人の会話を聞きながら、ベンチで風に当たっていると。
パカパカ!
城の鉄の正門の方から馬が駆けてくる音がした。
「お、来たんじゃないか」
エウスがベンチから腰を上げた。
六人の前に豪華で大きな馬車がやってきて、目の前に止まった。
馬車を引いている馬は、普通の馬より一回り大きく、筋肉質で魔獣との混血の馬であることが見て分かった。
「大丈夫か、遅かったけど」
「すみませんエウスさん、馬車の手入れに時間をかけてしまって、なんせエウスさんが乗るって聞いたもんで」
「別にそんなのいいのに」
エウスとエリー商会の御者が仲よさそうに話した後、エウスがみんなに声をかけて馬車に乗せた。
六人乗りの馬車だが、六人乗ると少し窮屈になるので少しゆとりを持って三人ずつに分かれた。
一番目の馬車には、ハル、ライキル、リーナの三人が乗った。
二番目の馬車には、エウス、ビナ、ガルナが乗った。
先頭の馬車が走り出し、もう一つの馬車も先頭の馬車に追従するように走り出した。
二つの馬車は、城の鉄の正門を抜けて、城壁内の街に走り出した。